第29話 ドライアドと家族
翌朝、木の実をつぶして焼いたクッキーと世界樹の葉を食べ、出発することにした。
ティターニアにも連絡済みだ。
聞けばジャスミンは目を覚ましているみたいで、一緒に朝食を取ったらしい。ジャスミンには魔法の才能がないとティターニアは残念がっていた。エルフ式の魔力鑑定をしたようだ。
(一晩だけだったけど世界樹宿泊は楽しかった)
ミーリアは朝日のこぼれる世界樹を見上げた。
(ふっ……また来ることもあるだろうよ。主にサンチュのために……。次来たら物々交換してもらおう)
欲望満載の捨て台詞を残し、ミーリアは見送りに来たリーフへと向き直った。
「リーフ、色々とありがとう。ご飯も美味しかったよ」
「うん」
「それじゃあ行くね」
「腕を出して」
「ん? 腕?」
リーフが相変わらずの無表情で言う。
枝の回廊にはまたしてもドライアドのギャラリーが集まっていた。
「袖をまくって」
「あ、はい」
「もっと」
「わかったよ。あ、そういえばさ、ドライアドって女の子しかいないの?」
ミーリアは腕まくりしながら聞いてみる。
リーフがミーリアの右手を取り、じっと見つめながら口を開いた。
「人間の見た目に当てはめると女しかいない。ただ、ドライアドに性別はない」
枝の回廊に集まっているドライアドたちは見た目が若い。中には少年のような顔立ちのドライアドもいるので、リーフの説明を聞いてもピンとこなかった。
「そうなんだ。前からずっとそうなの?」
「ん――」
リーフは問いに答えず、まだミーリアの腕を見つめている。
(とりあえず不思議な生態ということで……)
さらに説明を求めるのはやめることにした。聞いておいてあれだが、別に気にならない。
すると、彼女の長い髪が手で握ったぐらいの束になり、ひとりでに動いた。
ミーリアの顔までするすると髪が持ち上がる。
「髪が動いてるね? これって――」
ミーリアは触手のように動いている髪を目で追う。
腕まくりしたけど何をするつもりなんだろうと思った瞬間、髪の先が注射器のように変形し、ぶすりとミーリアの腕に突き刺さった。
「はうあっ」
(ぎゃああああああああっ!)
ミーリアは目玉が飛び出そうになった。
思わず腕を振り払おうとしたが、リーフががっちりつかんで離さない。
腕にずっぷりと髪の毛の先が刺さっている。
「痛ぁぁ、くはない?! 痛くない?!」
痛くはないが混乱が混乱を呼ぶ。
「ちょっとリーフぅ! 何してるの?!」
「静かに。落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!? 腕に髪が刺さってるよ! ヤヴァイぐらいにぃぃ!」
ビシビシとミーリアは空いている左手で腕を指差すが、リーフはどこ吹く風である。
数秒で髪は抜けた。
ミーリアはあわてて腕を検分する。
(なぜこんなことを……!)
「ミーリア。これであなたもドライアド」
「……はい?」
「これであなたもドライアド」
「どゆこと?」
「仲間。私と家族」
「……ちょっと待ってちょっと待って。意味がサンラータン麺なんだけど」
混乱しすぎて食べてみたかった麺系ランキング一位の商品を言ってしまう。
「ミーリアは優秀な魔法使い。それに優しい。だから家族になりたかった」
瞳をキラキラと輝かせるリーフに見つめられる。
「……そうなのね」
「うん」
「いつからそう思ったの?」
「一緒に世界樹の葉を食べたとき」
「そっか」
「うん」
(まぶしいっ。リーフの瞳の輝きがまぶしい!)
「ミーリア。頭の毛、見て」
「頭?」
リーフに言われ、ミーリアは魔法袋から手鏡を出して自分の頭部へと視線をずらした。
そして衝撃を受けた。
頭のてっぺんにぴょんと毛が生えていて、しかも先端にカイワレ大根の葉みたいなものがくっついていた。
「ああああっ! 私のアホ毛がカイワレに!!!!」
手に持っている鏡の角度を変え、ためつすがめつしてみるも、髪の先端がカイワレ大根の先っちょに変化している。
「カイワレ? ミーリアはドライアド」
「リーフ、これ、一生このままなの? 引っ込めることはできないの?」
「できる。お腹に力入れて」
「んんんん」
ミーリアが必死にカイワレ引っ込めと念じると、音もなく葉が消え、ただのアホ毛へと戻った。
「よかった……いつも頭から飛び出てる頑固な毛が一生カイワレ大根だったら……あかん」
「これであなたもドライアド」
「リーフ、私もドライアドってどういう意味?」
「意味はない。そのまま」
「私は人間だよね? それがドライアドになったってこと?」
「ミーリアは人間。ドライアドの仲間になった」
「何か不都合はある? できればいきなりじゃなくて選ばせてほしかったんだけど……」
「問題ない。特に不都合はない」
「あはは……大ありな気がするんだけどさ……」
手鏡を魔法袋へ戻して髪の毛を刺された腕をさすりながら、恨めし気な視線をリーフへ送る。
一言説明がほしかったのは正直な感想だ。
「なぜ? ドライアドだからミーリアはいつでも世界樹に来られる。世界樹の葉っぱも食べ放題。何枚取っても問題ない」
「ドライアド最高っ! 感謝感激焼肉定食!」
世界最速の手のひら返しを決めたミーリア選手。
(世界樹のサンチュが取り放題なら文句ナッシング! 身体が変になってないなら全然いいでしょ!)
ミーリアは爽やかな笑顔とともに、親指を立ててみせた。
「ありがとね、リーフ!」
「私が家族になりたかっただけ。問題ない」
「えっと、これでリーフと私は家族なの?」
「そう」
リーフがこくりとうなずいた。
「私の血とドライアドの魔力が体内に入った。だから、家族」
「うせやん」
ミーリアは瞳に魔力を込めて、自分自身の体内に流れる魔力を視る。
特に変化は見られず、ほっとため息をついた。
今はリーフの言う「問題ない」という言葉を信じるほかない。
「家族。嬉しい」
驚きはしたが、彼女の言葉を聞くと満更でもなかった。
ミーリアは家族と言われ、クロエ、ジャスミン、そして地雷女ロビンを思い浮かべた。
「そっか……家族か」
ロビンはともかく、クロエは今頃王都で貴族と面会しているのだろうかと思いを馳せる。クロエの計略が予定通り進行していれば、ロビンの浮気相手と会っているはずだ。
思考を飛ばしていると、リーフに袖を引かれて我に返った。
「伝えておくことがある」
「なに?」
「ミーリアのほうが、魔法がうまい。だからミーリアがお姉ちゃん」
「私がお姉ちゃん……?」
「そう。お姉ちゃん」
リーフが口の端をちょっぴり上げて微笑んだ。
色白で儚げなリーフの微笑みは、淡い青春の一ページを思い出させた。
小学校の頃、本が好きだったクラスメイトの笑みに似ている。あまり仲がいいとは言えなかったが、ミーリアにとって彼女の微笑みは大切な思い出だ。
リーフの初めて見せた笑みに、ミーリアはトゥンクという胸の鼓動を聞いた気がした。
「ミーリアがお姉ちゃん」
「Oh……なんかあれだね、新鮮すぎて背筋に電流が走ったよ」
人生初の妹誕生にミーリアは心に得体の知れない感情が渦巻いた。
これがお姉ちゃんと言われるエモさかと、ミーリアは震撼した。
「それじゃミーリアお姉ちゃん。またね」
リーフが一歩下がって手を振った。
周囲にいるギャラリーも手を振っている。
別れの挨拶への切り替えが早い。
(去り際の余韻とか全然ないねぇ……)
ミーリアは苦笑し、うんと笑顔でうなずいた。
「また来るよ! 世界樹の朝露、ありがとう!」
ミーリアも手を振り、飛翔魔法で飛び上がる。
リーフが魔法袋からペンダントを出して、見せるように掲げた。
「魔法電話ができるようになったら会いに行く」
「わかった! 私は王都のアドラスヘルム王国女学院にいるからね!」
「覚えた――それと――」
「またね~!」
「――――」
リーフがうなずくのを見て、ミーリアは高度を上げて世界樹の結界から抜けだし、そのまま転移魔法でティターニアの家へと帰還した。
ミーリアの耳に、リーフが最後に言った言葉は入っていなかった。
○
人類史上稀に見る濃いお泊り会を終え、ティターニアの家に帰ってきた。
時間はまだ午前八時だ。
「ただいまー」
転移魔法を三回使って到着した。
ティターニアとジャスミンが家の前にテーブルを出して日光浴している。
「おかえりミーリア」
ティターニアが言い、横にいるジャスミンが笑みを浮かべた。
「ミーリア。無事でよかったわ。昨日は起きていようと思ったんだけど、寝てしまって……ごめんなさいね」
ジャスミンが顔を赤くしてうつむいた。
「いいよいいよ。安心して眠れたでしょ?」
ミーリアが駆け寄って、ジャスミンの手を取った。
「うん……あの人が、家にいないからね」
ジャスミンが小動物のように怯えた表情を一瞬だけ作った。
長い前髪がなくなったので、ジャスミンの顔がよく見える。五つ上の姉は意外にも表情がよく変わるようだった。
「変態アレックスね……よし、わさび魔法飛ばしとこう」
ミーリアはジャスミンから手を離し、自動追尾機能付きのわさび魔法を空に向けて撃った。
隣であふあふとあくびをしていたティターニアが千里眼を使い、「大当たり!」と指を鳴らして笑った。どうやら直撃したらしい。
わさび魔法の持続時間は三十分ほどだ。
(すべてはおぬしの身から出たわさび……いや、何も言うまい)
脳内でキメ顔を作っておく。
「ミーリア、座りなさい。紅茶を淹れてあげるわ」
「はぁい」
着席すると、ティターニアがだらしなく背もたれに背中を預けたまま、魔法で紅茶を淹れてくれた。
「大変だったみたいね。変なことされなかった?」
ティターニアがあくびを噛み殺し、顔だけを向けた。起きたばかりでシャツははだけているし、髪は寝ぐせで大変なことになっている。
「師匠~、聞いてくださいよ~。なんか髪の毛でぶすりと刺されてドライアドにされました」
「……は?」
眠たげな目を向けて、ティターニアが首をかしげる。
「血と魔力を入れられてドライアドになっちゃったみたいなんですよ、私」
「意味がわからないわ」
紅茶をカップへ入れつつミーリアへ顔を伸ばすティターニア。
「頭を見ててください」
ミーリアは「んんん」と下っ腹に力を込める。
数秒して、飛び出している髪の先端にカイワレ大根っぽい葉が現れた。
「ドライアドの仲間になってしまいました」
「ちょっ……これ、ドライアドの魔力じゃないの!」
眠気を飛ばす勢いで、ティターニアが魔力感知の魔法を行使する。
ティターニアの目には、ミーリアの魔力が九割とドライアドの魔力が一割ほど混ざって見えた。
しかも昨日よりも魔力最大値が増えている。
「ドライアドから魔力継承? 継承というより譲渡に近いのかしら? そんなことできるの……?」
紅茶を飲みながら、しばし考察タイムへと突入した。
結論から言うと、リーフの言うまま、ドライアドの魔力をミーリアがもらって人間でありながらドライアドになった、という話で落ち着いた。考えたところで説明のしようがない。
リーフからもらった魔力を使い切ったらゼロになる、というわけでもないらしい。使えば減った分はもとに戻る仕様のようだ。
これもドライアドという謎の種族がなせる技なのだろうか?
ひとまず魔力が増えてラッキー、世界樹のサンチュが取り放題、と思うことにし、ミーリアは頭のカイワレを引っ込め、本題である世界樹の朝露を魔法袋から取り出した。
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