第28話 世界樹に一泊


 その後、ミーリアはリーフの家に招かれ、世界樹の葉と世界樹の朝露を分けてもらった。


 世界樹の葉は魔法袋から出した野菜用の箱に入れ、世界樹の朝露は小瓶でもらう。


(思わぬ収穫があったよ……ふふふ、最強の焼き肉計画がまた一歩前進……)


 世界樹のサンチュ……いや、世界樹の葉をゲットしたミーリアはでへでへとだらしない笑みをこぼして箱を撫でる。


(世界樹の朝露もゲットできたし!)


 朝露の入った瓶を持って、揺らしてみる。


(ジャスミン姉さま待っててね!)


 音はしない。目薬の容器ほどの大きさで、中身が少ないようだ。希少価値の高いものなのだろうか。


「ミーリア、朝露は三日以内に使って」


 テーブルを挟んで椅子に座ったリーフが無表情に言った。


 肌が白く、人形のように顔が整っている。目もとが眠そうなせいで何を考えているのかわからないが、美味いものをくれた今となっては何も気にならなった。


「うん、わかった」


 ミーリアはうなずいた。


「私の姉も喜ぶよ。本当にありがとね」

「構わない」


 リーフが平坦な声色で言った。


 何となく出逢ったときよりも態度に温かみを感じる。


 彼女は黙って立ち上がると、世界樹の大量の枯れ葉を魔法袋から出して、部屋の隅に敷き始めた。


「何してるの?」

「……」

「おーい」


(行動がまったく読めない……)


 器用な魔力操作で人が二人ほど眠れそうな正方形の大きさに枯れ葉を広げ、リーフはうんとうなずいた。世界樹の枯れ葉は一枚が大きく、ミーリアの半分ほどある。座ったらふかふかしていそうだ。


「どっちがいい?」


 リーフがつぶらな瞳をミーリアへ向けた。


「どっちとは?」

「右か左」

「えっと……何が?」

「ミーリアが寝る場所」


 さも当然とリーフが枯れ葉を指差している。


「はい?」


(いやいや、どゆことですかね?!)


 説明もなく結果だけ示してくるリーフに面食らい、脳内のツッコミが止まらないミーリア。


「ミーリアは今日泊まっていく」

「そうなの? もう決定なの?」

「違うの?」


(逆に疑問で返されてしまった……恐ろしい子……!)


 無垢な子どものように、リーフが首をかしげている。

 ドライアドの常識をパンフレットでほしいと切に願うミーリア。


(よし、こういうときは師匠に聞こう)


「あ、ちょっと待ってね」


 リーフに断りを入れ、色々あってすっかり忘れていたティターニアへ魔法電話をつなぐ。


 数秒で会話がオンラインになった。


『ミーリア! 無事なの?!』

「師匠すみません、無事です! それよりもよくわからないことになってですね……」

『よかったわ……ドライアドとの魔法合戦に負けると魔力を吸われて外へ放り出されるからね……』

「そんなデンジャラスだったんですね」


 敗北後の罰ゲームは結構重めである。


「あ、それでですね。ドライアドの家に泊まることになったんですけど、これってどういう状態なんですかね? 取扱説明書がなくて困ってます」

『ドライアドの家に泊まり?!』


 ティターニアが魔法電話越しに素っ頓狂な声を上げた。

 ミーリアは声が大きかったので片目をつぶって耳に手を当てた。


「そ、そうなんですけど」

『そんなの聞いたことないわよ! ドライアドって生態が謎に包まれてるの。エルフの生物学者が何度か宿泊をお願いしたらしいけど、一度として認めてもらえなかったわ』

「要するに、何もわからないと。そういうわけですね?」

『そうよ……ミーリア、後で教えなさいね。詳しく』

「了解です……!」

『あまり変なことしちゃダメよ。危険だと思ったら逃げてきなさいね』

「承知っ」


(何もわからずじまい……。とりあえず、リーフは悪い子じゃなさそうだし、のんびりと楽しむしかないかな? 滅多にできない経験みたいだし)


 魔法電話を切り、ふうとため息をついて振り返ると、至近距離にリーフがいた。


「ひゃあっ!」


 驚いて飛び上がってしまった。


「……」


 つぶらな瞳でじいっと見上げられると困る。


「……あのー、何かな?」

「今、誰と話してた? 話す魔法?」

「あ、うん。エルフの師匠と話してたんだよ。魔法電話っていう魔法で遠くの人と話せる……」

「――教えて」


 リーフがかぶせ気味に言い、おでこをくっつける勢いで一歩前へ出てきた。


 思わず一歩下がると、リーフが一歩出てくる。

 ぐいぐい来られて部屋の壁へと追い込まれた。


「サンチュと朝露をもらったからお礼しなきゃって思ってたんだよ。教えるのはいいけど、ペンダントがないとできないかもしれない――」

「ペンダント?」

「オーケーオーケー、リーフ、落ち着いて座って話そう」


 がしりとリーフの肩を持ち、部屋の椅子へと誘導した。自分も向かい側に座る。

 彼女は大人しく従ってくれた。



      ○



 魔法電話を教えていると、日が暮れて夜になった。


 リーフの部屋には屋根がない。


 ドライアドたちが光源魔法を使っているのか、ふわふわと光の玉がそこかしこに浮いているのが見えた。世界樹を覆っている大きな葉が照らされ、太い枝が血管のように走っている。


(……綺麗だな。あ、ドライアドさん浮いてる。なんかご飯を運んでるっぽいね)


 ミーリアは旅行ってこんな感じなのかな、と思った。

 前世でダメ親父と外出したことはほぼない。旅行などもってのほかだ。


 いつもと違う場所へ行き、宿泊する。

 自分の状況を冷静に考えるとわくわくしてきた。


(プチ旅行だね。いつか師匠とクロエお姉ちゃんとアリアさんと来たいな……ジャスミン姉さまも)


 一緒にお出かけができる家族と友達がいる。

 その事実に嬉しくなって、ミーリアは自然と頬が緩んだ。


「ミーリア、顔がだらしない。どうしたの」


 リーフが作業を止めて顔を上げた。彼女は木で彫ったペンダントを作り、ミーリア指導のもと魔法電話を試行錯誤していた。手もとで魔法陣が輝いている。


「ううん。なんか、楽しいなって思ってね」

「私も楽しい」

「そうなの? リーフは表情が変わらないから、よくわかんないんだよなぁ」


 数時間一緒にいてリーフの言動に慣れてきたミーリアは正直な言葉を使った。


 ドライアドは嘘を嫌うとリーフ本人からも教わったので、素直な気持ちで話している。


「ミーリアが来てくれてよかった。ありがとう」

「あ……うん。こちらこそありがとう」


 曇りのない目で見つめられ、ミーリアはむずがゆくなって口の端をむにむにと動かした。


「今日はできそうもない。ご飯にする」


 リーフが広げていた魔法陣を切って立ち上がった。

 毎度毎度、唐突である。


 ミーリアは食事の予感にぴくりと鼻を動かした。


「ご飯! そうだね。お腹空いたよ」

「ちょっと待ってて」


 木彫りのペンダントを自分の魔法袋へ戻し、リーフが家から出て、数分で戻ってきた。


 手に持った木皿には色とりどりの果実と世界樹の葉が乗っていた。


「美味しそう! ドライアドは果物を食べるの?」

「そう。野菜と果物」


 リーフがテーブルへ木皿を置き、ミーリアに世界樹の葉を差し出した。


「巻いて食べる」


 そう言って、彼女は一口サイズの葡萄っぽい果実の実を取り、世界樹の葉を適当なサイズにちぎって巻いて食べた。


(果物のサンチュ巻きとな……興味深いでござる)


 ミーリアもリーフと同じく葡萄らしき果実をもいで、サンチュ――世界樹の葉を巻いて口に放り込んだ。


 葉のシャクシャクとした歯ごたえを感じ、葡萄を噛むとぷちりと甘味が弾けた。


「む――っ!」


 甘味が溶けていき、世界樹の葉と融合していつの間にか喉を通過。飲み込んだことに気づかず、ミーリアは思わず眉を寄せてしまった。口の中から忽然と葉と実が消えているのだ。


(とっても美味しいイリュージョン?)


 ミーリアはたまらずおかわりをした。

 イリュージョンを繰り返していると果実があっという間になくなってしまった。


(なんてこった……気づけば完食していたでござる……)


「寝る」


 食べ終わると、リーフが言って敷き詰めた世界樹の枯れ葉にもぐりこんだ。


(リーフはいつも予告編なしの映画って感じだね。いきなり本編が始まるという……)


 一度だけ行った映画館を思い出し、ミーリアはリーフを見た。

 彼女は早く来いと手招きをしている。

 白い手を枯れ葉の隙間から出して、ちょいちょいと動かしているのが可愛い。


「着替えたら行くね」


 ミーリアはまず歯石取り魔法と歯ブラシ魔法で口内を洗浄し、魔法袋から寝巻を出して着替えた。お泊り会気分でなかなかに楽しい。


「リーフ。これ、コツとかある?」


 こんもりした世界樹の枯れ葉の前に立ってミーリアが言った。

 リーフが「ん」と考えてから、重力魔法を使って枯れ葉の上部を持ちあげた。


「寝て。私がかける」

「あ、うん。ありがとう」


 どんな寝心地なのかとミーリアは枯れ葉の上に身体を横たわらせた。


(これはっ……低反発でありながら包まれる感覚! 意外と寝心地よきよき!)


 身体が引っ張られるような、押されるような、不可思議な当たり心地だ。世界樹には新感覚体験が詰まっているらしい。


「かける」


 リーフが指を回すと浮いていた枯れ葉がミーリアの上へふわりと乗っていく。全身を包まれるようにして、ミーリアはすっぽりと枯れ葉の布団をかけられた。顔だけ出している状態だ。


(軽いけどこれも意外といいね。あったかい。あと、魔力を感じる)


 世界樹の枯れ葉には微弱ながら魔力が宿っているようで、体内で循環させている魔力を補助する役割を果たしているのか、いつもより気分がよかった。


「寝る」

「うん。おやすみ」

「……」

「リーフ、いろんなものをくれてありがとね。今度またお礼をしに来るよ。何かほしい物ってある?」


 横を見るとリーフは寝息を立てていた。


「寝るの早っ!」


 ミーリアは脳内メモにドライアドは寝るのが早いと記載して、自分も眠ることにした。


 目を閉じるとまどろみがすぐにやってくる。

 世界樹の枯れ葉のやわらかい匂いが眠気を誘った。


 気づけば、ミーリアも夢の世界に旅立っていた。


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