第27話 魔法合戦の勝敗


 ミーリアの前には防御魔法を展開したドライアド。


 周囲にはドライアドのギャラリーが集まっている。

 皆、少女のような見た目であり、無表情なのがちょっと怖い。


(周りは気にしないようにしよう……集中できないから魔法電話も切ってと)


 ミーリアは貫通魔光線マジックレイの準備に入った。


 胸を魔力タンクに見立てて膨大な魔力を集約させ、さらに自らの手のひらへと魔力エネルギーを移行していく。


(両手への魔力連結……成功……)


 キイィィィン、と不可思議な音を響かせてミーリアの胸部に光が集まる。


 ギャラリーのドライアドたちが、頭に生えている大きな葉を揺らし始めた。ミーリアの膨大な魔力に興奮しているのか怖がっているのかはわからない。


 葉の魔法盾リーフシールドを多重展開しているドライアドもこの不穏な魔力を感じたのか、さらに魔法盾を増やした。


(充填率――――百パーセント)


「本当にいっちゃいますよ! いいですね?!」

「きて」


 ドライアドの意思はゆるがない。


「わかりました! 世界樹に当たらないようにします!」


 ミーリアは弾道を意識し、右手を突き出した。


「いきますっ! ――貫通魔光線マジックレイ!」


 ドンッ、という射出音がし、ミーリアの右手が跳ね上がる。


 黄色にも青色にも見える貫通魔光線マジックレイが魔法盾をバリバリと貫通し、ドライアドの頬をかすめ、世界樹の幹にぶつかる瞬間に軌道を変えて飛竜渓谷方面へと消えていった。


 空の見回りをしていたチェインバードにたまたま直撃したのだが、それは誰も気づかない。

 勤務中の事故。労災保険が下りるか不安である。


(……なんとか当てずに済んだ……)


 ミーリアはぶはぁと息を吐き出した。


 ドライアド、世界樹、枝の回廊を傷つけずに軌道を変えるのに、かなりの集中力を要した。


 葉の魔法盾リーフシールドがばらばらと枝の回廊に落ちていき、効果がなくなって消えた。


 ざわついていたドライアドたちがしんと静まり返る。


 戦っていたドライアドの少女は両手を突き出したまま、完全に固まっていた。

 目が点である。


「……あのぉ……ケガはないですか? あっ、ちょっと頬に当たってる!」


 ミーリアはすぐに駆け寄ってヒーリング魔法を使った。

 ドライアドの頬が回復し、綺麗な肌に戻る。


「女の子ですからね。傷が残ると大変です」


 ミーリアが言うと、両手を突き出したままのドライアドが目だけをミーリアへと向けた。


「……すごかった」

「何がです?」

「……ミーリアの魔法」

「そうですかね? あの……それで、魔法合戦は終わりでいいですか?」


 ドライアドは腕を下ろし、こくりとうなずいた。


「いい。終わり」


 そう言って、じいっとミーリアの瞳を覗き込んでくる。

 心なしか会ったときよりもキラキラとしている気がしないでもない。


(なんか言ってほしいよ……気まずさが……)


 前世で友達のいなかったミーリアは、こんなとき気の利いたことを言えない。

 沈黙だとつい気まずい気持ちになってしまう。

 もっとも、相手が相手な気もするが。


「きて」


 ドライアドがくるりと踵を返し、世界樹の中心部へと歩き出した。

 ミーリアも後に続く。


 なぜかギャラリーのドライアドたちもぞろぞろとついてきた。


(あとで全員に怒られたりしないよね? よね?)


「あのぉ~、ドライアドさん、怒ってます?」


 ワンテンポ遅れて、彼女が振り返った。


「私はドライアド。名前はリーフ。覚えて」

「リーフさん」

「――リーフ。さんはいらない。敬語もいらない」

「えっと、はい。リーフ……?」


 食い気味に言われ、ミーリアは困惑しながら首をかしげた。


「うん。それでいい」


 リーフというドライアドの少女は無表情にうなずくと、回廊の途中にあった家の前で止まった。


 木で作ったにしては継ぎ目がまったくない、つるりとした外壁だ。大きな年輪の模様が走っている。「入って」


(ドアも天井もないんだね……家っていうよりは塀で囲った庭って感じ?)


「お邪魔しまーす」


 ミーリアが中へ入ると、ギャラリーは入らず外から様子を見ることにしたようだ。


 中には瑞々しい世界樹の若葉が生えていた。

 一面が緑の海だ。


「うわぁ……でっかい家庭菜園みたい」

「世界樹の葉っぱ、美味しそう?」

「あ、最初の質問だよね? うーん……」


 曇りのない瞳で見つめられ、ミーリアは嘘をついちゃいけないと、世界樹の葉へと近づく。

 そして「あっ」と口の中で思わず叫んだ。


(これ、サンチュっぽいね……どこからどう見てもサンチュだよ!)


 手に取らなくてもわかるほど、瑞々しい輝きを放っている世界樹の葉。

 決してサンチュではない。


(ジョジョ園でもサンチュが出たよね! 焼き肉を巻いたらすんごい美味しそう……!)


「どう? 美味しそう?」


 リーフが聞いてくる。

 ミーリアは笑顔でうなずいた。


「うん! とっても美味しそう!」

「わかった」


 リーフは無表情を崩さずにこくりとうなずき、世界樹の葉を一枚ちぎってミーリアに渡した。


「ミーリアだけ、特別」

「いいの?」

「食べてみて」


 サンチュ――もとい、世界樹の葉を受け取るミーリア。

 ハマヌーレや王都で見た野菜とは一線を画す存在感と輝きに、胸が高鳴った。


「いただきます」


 世界樹の葉を一口食べた。

 シャクリと弾ける音がし、口の中に爽やかな甘味が広がっていく。


(ナニコレぇ! うまっ! うまぁっ!)


 ミーリアは止まらず、シャクシャクと世界樹の葉を頬張る。


 食感、のど越しも絶妙で、飲み込むとすーっと引っ掛からずに消えていくのだ。これが一般的な野菜であれば飲み込むのに喉の力を多少必要とするが、世界樹の葉は身体に融合していくように通過していく。新感覚であった。


(なんかすごい! このサンチュすごい!)


 ぺろりと世界樹の葉を一枚食べたミーリアはリーフの肩へ手を置いた。


「ねえリーフ! これ超絶美味しいよ! ミシュラン星一億個だよ! 世界樹のサンチュやばいよ!」

「よかった」


 リーフが無表情ながらも嬉しそうな声色で言った。


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