第11話 万能な魔力?


「クロエお姉ちゃん! 魔法が使えたよ!」

「……なんてこと……なんてことなの……」


 クロエは感動で打ち震え、光の輪っかに手を伸ばした。


「すごいわ……ミーリアが魔法使いになれるのね……! よかった……よかったわ……魔法を練習すればアドラスヘルム王国女学院にも入れる……」

「クロエお姉ちゃん?」

「私は心配していたの……可愛いミーリアが私のいないあいだにどこかの間抜けに娶られて、つらく苦しい生活をするんじゃなかって……よかった、よかったわ……あなたが魔法を使えて!」

「クロエお姉――ぐえっ」


 クロエに思い切り抱きしめられた。


 自分以上に喜んでくれるクロエが姉でよかったと心から思う。

 プロの手つきでクロエがミーリアの髪を撫で回し、しばらくしてから身を離した。


「これで今後の方針が決まったわ。私は十二歳になる二年後、学院へ入学するわ。合格すれば王都の騎士様が学院へ連れて行ってくれる……。ミーリアは私がいる間の二年間で、魔法の練習をひたすらしなさい。他のことはぼんやりミーリアを演じてすべてサボるのよ。魔法がうまくなればなるほど、あなたがここアトウッド家から脱出できる確率が上がるわ。ただし、お父様とロビンお姉さまに見つかってはダメ」

「うん。わかった」

「私がいなくなった二年後、あなたは十二歳になるわ。学院の入学試験をこっそり受けるのよ。教会の神父様に銅貨二百枚を渡しておけば、ラベンダーの蕾がなる頃に試験を受けさせてもらえるわ。試験官は王都から早馬で来てくれるの。どんな辺鄙な場所でも受験はできるのよ。アトウッド領から正式な手続きで抜け出すにはこれしかないわ!」

「うん!」

「どのレベルまで魔法がうまくなるか経過観察をして……私のいない二年間を乗り切るか考えないと……ああっ! 心配だわ! 二年間もミーリアをこんな世界の果てに置いていくなんて……!」

「どうにかするよ。大丈夫、大丈夫」


 ミーリアは取り乱すクロエを見ていたら冷静になってきた。


 魔法。魔法だ。

 ファンタジーにしか出てこない魔法使いになれるのだ。


(浮かれちゃいけない。まだどれくらい上達するかわからないもんね。それに……)


「クロエお姉ちゃん?」

「どうしたの、私の可愛い魔法使いさん?」

「あのね、やっぱり気になるんだ。このペンダントが呼んでるのがね……」

「まさかミーリア、北側の森に行くなんて――」

「行ってみようと思う」

「ああ、ああ、お願いだからやめてちょうだい。あなたに何かあったらお姉ちゃん、一生立ち直れないわ。考え直してくれない?」

「魔法がうまくなったら……途中までついてきてくれる?」

「……」


 クロエはミーリアの提案を聞いて腕を組んだ。

 熟考すること五分、ミーリアが眠気で頭をふらふらさせていると、クロエがぽんと手を叩いた。


「自衛できる程度の魔法が使えるようになったら一緒に行きましょう。もちろん安全を確かめながら。それにラベンダー摘みもあるわ。うまくごまかさないとね」

「クロエお姉ちゃんありがとう!」


 眠気も飛んで、ミーリアはクロエに飛びついた。



      ◯



 ――それから一ヶ月


 ミーリアは母親エラ、次女ロビンに見つからないよう家を抜け出し、ラベンダー畑で魔法訓練に取り組んだ。


 村人たちは、賢い姉がぼんやりした妹の面倒を見ているように見えていた。クロエが計算したことである。

 クロエが本を暗記していることも幸いして、風を刃にして飛ばす魔法を覚えた。


(魔法ってなんでもできるんじゃないのかな? 私って風魔法にしか適性がないとか……?)


 水を出す魔法、火を出す魔法など、初歩的なことは一通りできる。


 しかし、風魔法以外、応用が利かない。

 お湯を出したりなどできないし、この場に無い物を生産したりもできない。

 光源魔法は何度やっても蛍光灯の形になる。


(魔力の制御、難しいよ)


 ペンダントなしで魔法を使えないのが難点だ。

 クロエと相談し、当面は風魔法一本でやっていくことした。まずは自衛能力だ。


(我が魔法、【風刃】と名付けよう……風の刃……風ヤバイ……ふっ……)


 完全にノリノリのミーリア。


 ついさっき、ロビンに捕まってほっぺたをつねられたところだ。

 彼女のアホさはストレスが溜まっているせいだと思いたい。


「ああ、心配だわ……!」


 一方、クロエは不安な表情だった。

 万が一ペンダントを失ったら魔法が発動できなくなってしまう。それが決定的な弱点になることを危惧していた。


(ゆけ! 風ヤバイ!)


 名付けと違う魔法名になっているが、風の刃が飛んでいく。

 ぷちり、と音がして、ワサラの樹から果実が落ちてきた。


(風よ、クッションになーれ)


 果実を風魔法で受け止める。

 ワサラの果実は大人でも採取の難しい一品だ。

 高さ二十メートルの樹のてっぺんに実がなっている。


「栄養源ゲット!」


 周囲に村人がいないことを確認し、風で浮かせている果実を引き寄せた。


(ヤシの実に似ているくせに表皮が柔らかいっていうね)


「クロエお姉ちゃん食べる?」

「ありがとう。いただくわ」


 ミーリアがポケットから木製スプーンを取り出した。

 風刃で果実を二つに割って、片方をクロエに渡し、スプーンも差し出す。


(めちゃくちゃ美味しいってわけじゃないんだけど、くせになる味〜)


 ワサラの果実は真ん中にある大きな種を取って、白い実をスプーンで食べる。味はバナナの甘味をなくしたような、不思議なものだ。栄養価が高く、欲しがる村人は多い。


 ミーリアはこれを食べ出してからからすこぶる体調が良かった。


(むむ……クロエお姉ちゃんのお胸が成長している気が……)


 ラベンダーのかごを脇に置き、お上品に岩に腰掛けているクロエの胸部に注目する。

 たしかに、ほんのり胸が膨らんでいた。


(クロエお姉ちゃんがクロエロスお姉ちゃんに……)


 魔法の練習がてら、ワサラの果実を採取してから三週間――

 姉にも栄養が行き渡っているようだった。

 子どもの成長は早いものだ。

 二人は揺れるラベンダー畑の前で仲良く果実を食べた。


「お腹が膨れると体調がよくなるものね」

「そうだね!」


 黒髪美少女のクロエが微笑んでいる。

 ミーリアはそれだけで幸せになれた。


「――ミーリア」


 クロエが声を上げた。

 ラベンダー畑の遥か向こうから村人がこちらに歩いてくる。

 ミーリアとクロエは岩のかげに果実を隠し、互いの口元に食べかすが残っていないか確認した。


「クロエお嬢様、ミーリアお嬢様、こんにちは」

「ごきげんよう」

「……」


 村のお婆が大量のラベンダーを抱えて通過していった。


(腰が曲がるまで働いてるんだよなァ)


 アトウッド家の闇を見たような気がして、ミーリアは領主アーロンの経営がどうにかならないのか腕を組んだ。


(私が考えても意味のないことか)


 クロエがお婆の背が消えるまで見届け、ワサラの実を再び食べ始めた。


「ミーリアの魔法もだいぶ上達したわね」

「そうかな?」

「ええ、きっとまだ初歩の初歩だと思うけど……」

「じゃあ村の北側に行ってもいい?」

「そうね……魔物が出ても追い払うくらいはできそうかしら」


 クロエも魔物の脅威については具体的な知識がなく、憶測になってしまう。

 読書部屋に魔物の対処法が記されている本もあるが、どれもこれも逃げる方法しか載っていない。魔法での対処法など皆無だ。


 ミーリアが魔法使いとしてどのレベルにいるか正直不明だった。


「このまま北の森に行って大丈夫かしら……?」


 クロエの心配もうなずける。


 ただ、【風刃】は自衛には十分すぎる魔法だった。

 飛んでいる鳥を撃ち落とす精度。

 大木も両断できる威力。


 ミーリアもクロエも気づいていなかった。

 八歳にして、女学院上級生並の魔法を習得していることに……。


 さらに数日が経ち、ラベンダーの花摘が最終段階になる頃、二人は村の北側へと足を踏み入れた。

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