第41話 決着――王都へ


 振り返ると、魔古龍とばっちり視線が合った。


(目が合ってる気がするけどぉ?!)


 ミーリアは走りながら焦る。

 ジルニトラが身体を発光させ、大きな口を開けた。特大の魔法陣が宙に展開される。


「ミーリアッ!」


 アムネシアが叫ぶと同時に、ジルニトラの口から重力波が発射された。


 ミーリアは靴底でブレーキをかけて身体を反転させ、ジルニトラに向き直る。素早く魔法を展開した。


(猫型魔力防衛陣――魔力充填……カウンター魔法発動……!)


 膨大な魔力によって、ミーリアの前面に猫の顔をした巨大魔法陣が現れた。

 猫の顔に複雑な図形が現れる。

 可愛いのかスタイリッシュなのか、判断のつかない魔法陣だ。


「ミーリアッ、よしなさい!」


 アムネシアが白馬から飛び降りてミーリアを守ろうと走る。女騎士二人も飛び降りた。


(ここで防御しないと全員が……巻き込まれるよ!)


 ジルニトラの重力波がミーリアへ一直線に進む。

 莫大な魔力を集約させた重力波は周囲の木々をなぎ払い、粉々にし、地面をえぐり返して、猫型魔力防衛陣に直撃した。


(ううっ……!)


 魔古龍ジルニトラとミーリアの魔力がぶつかり合い、ミーリアの背後以外の地面が半円状にめくれ上がった。高密度な金属が断続的にこすれるような耳障りな音が響く。


(負けない……! 魔力をもっと充填!)


 ミーリアが猫型魔力防衛陣に魔力を注ぎ込む。

 重力波を一気に押し返した。


(カウンター!)


 ミーリアが強くイメージすると、重力波が鏡に反射する光のように、ジルニトラへ方向を変えた。さらに黒い重力波はデフォルメした猫の姿に変わった。


「――?!」


 魔古龍ジルニトラは絶対的な自信があったのか、瞳をぎょろりと回転させた。

 猫型魔力防衛陣によるカウンターを避けられない。


 デフォルメされた黒猫は「ニャアン」と鳴きながら、ジルニトラの顔面へ猫パンチをお見舞いした。


 首がすっぽ抜けそうな勢いで魔古龍の巨躯が浮き上がり、メキメキと木々を巻き添えにして倒れた。


「猫ちゃんナイス! 飛翔魔法、フライ!」


 ミーリアはすかさず飛び上がった。


(魔古龍おっきすぎでしょ!)


 空中から見下ろせば、三十メートルの巨体の全貌が見えた。

 黒い鱗に、宝石のような魔石がこびりついている。黒い瘴気も漂っていた。


(これは退治しないとまずいね)


 放置しておいたら、アトウッド領が巻き込まれるかもしれない。


 ティターニアに何かあったらとミーリアは思った。


(禁止されていたけど……ここはアレしかないね……)


「ミーリア! 今の猫は何なの?! 危険よ! 逃げましょう!」


 アムネシアが下で叫んでいる。

 彼女の疑問は当然であった。

 魔古龍を殴る魔法など聞いたことがなかった。常識外れも甚だしい。


「アムネシアさん! 今から爆裂火炎魔法を使います! 爆発のベクトルを魔古龍の首元へ集中させますけど、危ないかもしれません!」

「全っ然意味がわからないわ! ミーリア! クロエに約束したのよ! あなたを無事に王都へ送り届けるって!」

「やるだけやらせてください! ダメなら逃げます! 防御結界――発射!」


 ミーリアはアムネシアに向かって魔法を行使する。


 アムネシア、女騎士二人、馬三頭が半球の結界に守られた。


「そこから出ないでくださいねぇ!」


 魔古龍ジルニトラは脳髄に衝撃を受けて立ち上がれない。

 十分な時間があると確認してミーリアは呼吸を整えた。


(集中して……魔力を火炎――爆発に変換――)


 アムネシアがまだ叫んでいるが、ミーリアは集中している。聞こえない。


(魔力充填……完了……爆裂火炎魔法――――発射!)


 魔古龍ジルニトラの長い首に強烈な光が集約されていく。ジルニトラは尋常でない魔力に気づき、あわてて魔法を使おうとするが、時すでに遅し。魔力が大爆発した。


 真っ赤な爆炎が大きく膨れ上がり、不自然な逆再生のようにジルニトラの首へ集まっていく。数秒すると、激しく弾け、地獄の使者が絶叫するような爆裂音が空気を切り裂いた。


 物理法則を無視した爆裂火炎魔法の常軌を逸した一撃に、ジルニトラは対応できない。


 もくもくとジルニトラから黒煙が上がる。


(どう……?!)


 ミーリアは風魔法で煙を飛ばした。

 ジルニトラは魔力耐性が高い生物だ。まだ、生きていた。


(結構な魔力を込めたんだけどね……あっ、首の鱗がなくなってる!)


 ミーリアは即断で風刃を撃った。


 吸い込まれるようにして風刃がジルニトラの首に直撃。

 ジルニトラは寂しげな断末魔とともに、息絶えた。


ミーリア、魔古龍に完勝であった。


「あー怖かったぁ〜。師匠と対魔法戦の練習をしておいてよかったよ! 次も魔古龍が出てきたらこうやって倒せばオッケーだね」


 気楽な調子でミーリアが拳をむんと握った。

 小銭を親からもらった少女にしか見えない。


「そうだ。魔力袋ちゃ〜ん、回収ね」


 ミーリアは魔古龍に近づいて首と胴体をゲットした。


 ひょっとしたら、美味しいお肉かもしれない。ミーリアはたくましく成長していた。


「アムネシアさぁん! 倒しましたぁ!」


 眼下に呼びかける。

 アムネシアは思考停止した顔でミーリアを見上げていた。


「アムネシアさぁん?」


 ミーリアが空中で首をかしげる。


「あ、そうか、防御結界――解除!」


 アムネシアたちを守る結界が消えた。

 それでも、アムネシアは茫然自失としている。


 ミーリアは地面に着地して、たたたと走ってアムネシアの前で止まった。


「あの、アムネシアさん。大丈夫ですか?」

「……ええ、なんとか……」

「よかったです!」

「クロエが言っていた意味がようやくわかったわ。ミーリアが非常識だってことね……これは報告せざるを得ないわね。私たちの命を守ってくれたんだもの」

「強い魔物でしたね。ドキドキしました」

「……ミーリア。古龍を単独で退治できる魔法使いは、この国にいないわ」

「え? そうなんですか?」

「無自覚なところが恐ろしいわね……」

「うーん……私、魔力操作はまだ下手なんですけどね……」


 真剣に悩み始めるミーリア。


(きっとアムネシアさんが気を使ってくれたんだろうな。師匠なら速攻で倒しちゃうだろうし)


 魔古龍ジルニトラはティターニアでも討伐に数十分はかかる相手だ。


「伝説でも私が倒せるぐらいですから、そんなに強くない感じですね! 龍はみんなおじいちゃんになったんですよ! あ、おばあちゃんかな?」


 にかりと笑うミーリア。


 アムネシアはめくれ上がった地面や爆心地から上がる煙を眺め、目の前にいるラベンダー色の髪をした少女を見つめた。少女に、純粋さを失ってほしくないと切に祈る。


 アムネシアは何も言わず、ミーリアを抱きしめて頭を撫でた。


「ミーリアありがとう。あなたがいなければ、私たちはどうなっていたかわからないわ。王都で報告すれば……そうね、きっと素敵なご褒美がもらえるわ」

「わあ! 嬉しいなぁ」

「魔古龍ジルニトラは災害魔獣よ。野放しにしておくと被害甚大になるわ。それを退治したんだから、当然でしょう」

「魔法使いのいない土地だと倒すのは大変そうですね」

「……王都に行ったら忙しくなりそうね」

「金貨もらえるかなぁ? もらったらクロエお姉ちゃんにあげよう」

「……そ、それがいいわね」


 アムネシアは気づいていた。

 金貨一枚どころの騒ぎではない褒美をもらえることに……。


 クロエの困惑する顔が、手に取るように思い浮かんだ。




      ◯




 ――二ヶ月後


 ミーリアは王都中心部にある王宮に来ていた。

 荘厳な謁見の間で、玉座に座る女王陛下がミーリアを見下ろしていた。


「アトウッド家七女、ミーリア・ド・ラ・アトウッド、前へ」


(ほっ?)


「ミーリア……前に……」


 隣にいるアムネシアが、緊張した顔つきで囁いた。


(ほっ?)


 脳内にはてなマークが飛び交う。

 絶賛混乱中のミーリア。


 ミーリアは、アドラスヘルム王国最高権力者であるクシャナ・ジェルメーヌ・ド・ラ・リュゼ・アドラスヘルム女王との謁見を余儀なくされていた。




–第1章 終わり–




――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!

応援、本当に感謝です。とても励みになりました!


第1章はこれにて終幕。

第2章から女学院編が始まります。(やっとだよ・ω・)


果たしてミーリアはクロエと無事再会できるのか。

のんびり焼き肉お大尽になることができるのか。

可愛いお友達は・・・いつ・・・?


ミーリアの活躍を皆さんで見守っていただけると幸いです。


執筆頑張ります。

応援のほど、よろしくお願い致します・・・!

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