第40話 魔古龍ジルニトラ
白馬に揺られ、ミーリアは街道を進む。
教会で騒ぎを聞きつけた村人数十名が、白馬に乗るミーリアを見て、鬼気迫る笑顔で泣きながら見送ってくれた。
「ミーリアお嬢様!」「ぼんやりしているけど頑張ってください!」「この村の未来をぉぉ!」「お嬢様ぁっ!」
村人はアトウッド領の閉塞した、出口のない現実に危機感を抱いている。
貯蓄のない暮らし。
商隊が来なければ飢える現状。
生きるだけで精一杯な日々。
そんな状況を打破する何かを、村人は求めていた。ミーリアが魔法使いクラスに合格した、という噂は人力によって最速で村の隅々へと伝播された。
かぽ、かぽ、と馬の蹄が街道を蹴っている。
村を出てからは静かなものだ。
左右に魔物領域の森が延々と続いているだけである。
(困るんだよなぁ……)
村人の声援を受け、ミーリアは複雑な思いであった。
(クロエお姉ちゃんのときもそうだったけど、別に村のために出たわけじゃないし。ましてやアトウッド家に貢献するとか……あんな別れ方をしたからちょっとね……)
ちなみに、ロビンへ放ったお口にチャック魔法と、金縛り魔法はまだ解けていない。
ミーリアはすっかり忘れていた。
そのうち解けるであろう。
(よし! クロエお姉ちゃんと相談しよう!)
ひとまずミーリアは、村人のことは考えないと決めた。
左右を見ると、アムネシアの白馬を挟むようにして、女騎士二人が馬に乗っている。
(道がちゃんと整備されている不思議)
街道は、意外にも劣化していなかった。ミーリアは田舎道を想像していた。
(そういえば……師匠が劣化防止の魔法をかけたって言っていたような……。あの面倒くさがりの師匠が何百キロの街道に魔法をかけるなんて……ちょっと信じられない)
初代アトウッドはティターニアによほどの貸しを作ったのだろうか。
妄想が膨らむミーリア。
「ミーリア、揺れが気になる?」
背後で手綱を操っているアムネシアが顔をのぞきこんできた。
彼女から、甘くて落ち着く香りがする。ミーリアはお姉さんの匂いだと、心の中で思った。
「あ、大丈夫ですよ? 街道が綺麗だなと思ったんです」
「ああ、そのことね」
アムネシアは手綱を握り直して、ミーリアを自分の胸に寄りかからせた。
(極楽だぁ……)
背中が痛いだろうとの配慮で、アムネシアは胸部を守るハーフプレートを外している。
やわらかくて温かい。ミーリアは眠くなってきた。
(クロエお姉ちゃんとはまた違う安心感だよ……。こんなふうにやさしくしてもらえるなんて……異世界に来てよかったな……)
現世では友達もおらず、父親にこき使われる毎日だった。高校生になり、唯一の味方だった祖母も寝たきりになって、親戚に邪魔されて会えなかった。
ミーリアは人のやさしさと孤独には人一倍敏感だった。
「最果ての街道はね、とある魔法使いが魔法をかけて作ったと言われているのよ」
「最果ての街道?」
「知らなかった? この街道の呼び名よ?」
「アトウッド家だと南の街道って呼んでましたよ」
「自領地の街道を最果てなんて呼ばないものね。これは失礼したわ」
「アハハ……どこに住んでいるかで、ものの見方って変わるんですね……」
(アトウッド家に住んでいたら、ハマヌーレに続く南の街道。他の領地に住んでる人は、誰も利用しない最果ての街道……。そういうことか)
ミーリアはまた一つ賢くなった。
「眠そうね? このまま寝ていいわよ。先は長いわ」
「……いいですか?」
手綱を片手に持ち替え、アムネシアがミーリアの頭を撫でた。
「昨日は遅くまで試験をしていたからね。眠いでしょう」
「実はかなり……あふ……」
「もっと寄りかかって。ほら、遠慮しないで……そうよ。おやすみなさい」
細身のミーリアはアムネシアにすっぽりと収まった。
背中がやわらかくて夢見心地だ。
(……ねむく……なってきた……)
遠慮せず体重を預けたら、眠気が一気に襲ってきた。
気づけば、ミーリアは意識を手放していた。
◯
ミーリアは夢を見ていた。
焼き肉屋ジョジョ園でクロエ、ティターニア、アムネシアと楽しく食事をしている夢だ。
ティターニアが網奉行になってテキパキと肉を焼いている。
半焼けで食べようとすると、容赦のない叱責が飛んだ。ミーリアは仕切り屋のティターニアを見て、笑みがこぼれてくる。クロエとアムネシアがお淑やかに笑っていた。どこか懐かしいような、それでいて胸が切なくなる光景に、ミーリアは言いようのない焦燥感を覚えた。
ズシン、と地面が揺れた。
箸でつまんでいた焼き肉がこぼれ落ちる。
ジョジョ園は消え、クロエ、ティターニア、アムネシアもいなくなった。
(何か……来る……?!)
ミーリアはこれが夢だと気づいて、目を開けた。
「―――リア。――ミーリア! 起きなさい! ミーリア!」
目の前には余裕のない表情をしたアムネシアの顔があった。
周囲を見ると、テントらしき低い天井が見える。身体が毛布にくるまっていた。
「……アムネシアさん? あれ、馬は?」
アムネシアはミーリアが目を覚まして安堵し、落ち着きを取り戻した。
「驚かないで聞いて。ここは野営地よ。あなたは夜まで寝ていたの。ここから離れるわ。機敏に行動して」
「野営地? なんで機敏に――」
ミーリアが言い終わる前に、ズシン、と地面が揺れた。
巨大な鉄球が上空から落ちたような重みのある音が響く。
「ひゃあ」
(夢じゃなかった! 何かがいる!)
即座に探索魔法を行使する。魔力を練り上げてソナーとして打ち出した。北側、数十メートルの場所から特大の魔力反応があった。
(魔物!? すごく大きい……!)
「ミーリア、近くに……魔古龍ジルニトラがいる。この場から離れるわ。ついてきなさい」
「魔古龍ジルニトラ?」
「歩きながら話すわ。急いで」
アムネシアが有無を言わさぬ口調でミーリアの手を引いた。
(なんかすんごい危険な魔物っぽいよ! ドラゴンってこと!?)
ミーリアは真面目な顔で立ち上がる。
二人はテントから出た。
木々の切れ目から、真っ黒な龍の頭が月明かりに照らされていた。
魔古龍ジルニトラ――かつて魔法使い数百人で封印されたと言われる、伝説の古龍である。その魔力量と狡猾さから、災害魔獣として魔物辞典に記録されていた。現在では伝説上の龍として認識されている。なぜアドラスヘルム王国最西端の森にいるのかはわからない。
(あれは……ヤバ谷園……!)
「――最果ての森で眠っている伝説は本当だったのよ……!」
「偶然に起きちゃったんですか?」
「わからない。馬が怯えてる。急いでっ」
すでに女騎士二人が馬に騎乗していた。
二人が使っていたテントも放置されている。このまま逃走するつもりだ。
アムネシアが先を走る。
ミーリアは立ち止まってポケットに手を入れた。
「回収します……!」
(よし、魔力袋……収集!)
テント類が、一瞬でミーリアの袋に吸い込まれた。
「助かるわ! さ、こっちに! 早く!」
「了解です!」
アムネシアが白馬に駆け寄り、飛び乗ると、ミーリアに手を出した。
そのときだった。
森の木々から頭を出していた魔古龍ジルニトラがぐるりと首を反転させ、ミーリアを睨みつけた。
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