第45話 バジリスクの首肉


 ミーリアとアリアは照れながらテーブル席へと進む。


 手を繋いで歩いてくる二人を見て、アリアの母、姉ディアナ、後ろからついてきていたクロエとウォルフが微笑ましく目を細めた。


「おばあさま、こちらのお方がミーリア・ド・ラ・アトウッド嬢でございます」


 アリアが祖母を紹介した。


(すっごい美人なおばあさんだよ。威厳がパないよ。女王さまと同じ感じがするね)


 ソファ席に座る女性は五十代前半に見え、銀髪に黄金の瞳をしている。


 高名な魔法使いと聞いていたが、やはりただならぬ人なのか、ぶれない芯が一本通っている人物に見えた。あと、おばあさんと呼ぶには見た目が若すぎた。


「エリザベート・ド・ラ・リュゼ・グリフィスです。あなたがミーリア嬢ね。私の石化を解いていただき感謝申し上げます」


 心に染みるような上品な笑みを向けられ、ミーリアはどきりとした。


「あ、はい! アリアさんは大切な友達です。友達を助けるのは当然です」

「そうなのね……アリア」


 エリザベートがアリアへ目を向けた。


「はい、おばあさま」

「ミーリア嬢は二人といない稀有なお人です。家訓を忘れず、関係を大切になさい」

「はい。承知いたしました」


 エリザベートは可愛い孫へ笑顔を送ると、再びミーリアを見た。


「ミーリア嬢、座ったままで申し訳ありませんね。石化が長かったせいか、まだ手足がゆっくりとしか動かせないのです」

「いえいえ、座ったままで大丈夫ですよ」


 それからミーリアとアリアは席につき、エリザベートと話をした。


 気づけばお茶会が始まっていて、クロエとディアナが商業の話で議論を交わしている。

 その後ろで、公爵夫妻が話に補足を入れていた。


 一方で、ミーリアは出されたスコーンをすべて平らげた。


(異世界のスコーンうまし。侮れんぞぅ……こっちのオサレなクラッカーに海鮮が乗ってるやつも美味しい。紅茶も香り高いね。格安賞味期限切れギリギリの紅茶とは雲泥の差だよ……)


 ミーリアの食べっぷりにアリアもエリザベートも笑っている。


(エリザベートさんは高名な魔法使いなんだね。閃光の異名を持っているんだっけ)


 エリザベートが魔力操作について語ってくれた。


 限りある魔力をいかに効率良く運用するか。魔法使いの醍醐味はそこにあると言う。


 膨大な魔力と想像力で不可能を可能にする誰かとは趣向が違う。


(魔力操作ねぇ……私も頑張らないと!)


 とは言っても、ミーリアも魔力操作はかなり上手い。魔力が膨大にありすぎて制御難易度が高くなっているだけだ。それを含めてティターニアが「まだ完璧じゃない」と言っている。


 ミーリアが何となく考えていると、アリアが心から楽しげにエリザベートと話をしている姿が横目に映った。


(アリアさんの笑顔が金貨百億万枚だよ。美少女の笑顔って素敵だよねぇ)


 ほっこりした笑みを浮かべ、ミーリアは紅茶をすする。

 ついでにメイドを呼んでスコーンをおかわりした。


(あ、そうだ!)


 ミーリア、すっかり忘れていた大事なことを思い出した。


「アリアさん、エリザベートさま。私からお土産があるのですが、いいですか?」

「なんでしょう?」

「バジリスクの首肉を食べてみませんか? とっても美味しいらしいんです」


 ミーリアの提案に、意外にもエリザベートがうなずいた。


「厚かましいかもしれませんけれど、ぜひ食べたいわ。若い頃、一度食べたことがあるのですが、頬が落ちそうなほど美味しいお肉でしたわ」

「まあ、いいのでしょうか?」


 アリアが両手を胸に置いて、小首をかしげた。


「もちろんです。ちょっと準備しますので待っててください。あ、小さな火を起こしても大丈夫ですか?」

「コックにやらせますよ?」

「いいんですアリアさん。自分でやりたいんです。炭火焼きですよ、炭火焼き」

「炭火焼き?」


 肉を食う。

 そう決めたらウキウキが止まらなくなってきた。


(へいへい! お肉の蒲焼きだよぉ! イヤッホォォゥ!)


 この人、公爵家のシャレオツな庭で炭火焼きを繰り広げるつもりらしい。誰か嘘だと言ってほしい。


(まずは魔法袋からバジリスクの首肉を出して――)


 収納していた輪切りでサーモンピンクの肉を取り出し、重力魔法で浮かせる。


(いい感じの大きさにカットしてと……風魔法風刃――オーケー。おっきい肉は収納!)


 ミーリアの手元には人数分の肉が残った。

 新鮮な肉は陽の光を反射させてテラテラと光り、手にはずっしりした重みを感じる。


 ミーリアはさらに風魔法で蒲焼きのサイズにカット。カットした肉を重力魔法で浮かせたまま、魔法袋から七輪と丸網を取り出し、赤くなっている炭を七輪に放り込んだ。


 いつでもすぐに焼けるよう、熱した炭を魔法袋に入れておいたらしい。

 焼き肉関連になると異常なまでの効率を重視するミーリアに、周囲の声は聞こえていない。


「見たこともない調理機具ばかりです……」

「面白い子だわ」


 アリアとエリザベートが宙に浮いたサーモンピンクの肉を見上げている。


「ミーリア……こうなるとダメだわ……ああ……」


 止めることをあきらめたクロエが、ミーリアの背後で頭を押さえている。


「あなたがこの子を心配する気持ちがわかった気がするわ」


 ディアナがクロエの隣に立って、ぼそりとつぶやいた。


(あとはカットしたお肉に串を刺してっと――)


 魔法袋から串を三十本出し、肉一枚につき三本、魔法で浮かせて刺していく。

 宙に浮いた肉に、勝手に串が刺さっていく光景はどう表現していいのかわからない。

 華麗な魔力操作に公爵家一同が驚いた。


(やっぱ手始めは醤油味だよね。師匠も言ってたし)


 ティターニアに醤油が合うわね、と助言をもらっていたのだ。

 自家製醤油の入った壺と大皿を魔法袋から出し、これまた魔法で醤油を大皿へと移していく。


(醤油にひたして……みりん、酒、砂糖があればなぁ……砂糖だけだとタレっぽくならないかな? あとで試してみよっかな)


 ひとまず、串の刺さった肉たちを魔法で操作して、醤油に浸した。


「これでよし。さぁ、焼きますね!」


 ミーリアが笑顔で振り返った。


 公爵家の面々と使用人が集まってきている。クロエが「人のお家の庭で何やってるの?!」という顔をしていた。


(あ、お姉ちゃんが呆れてる……まあ、いいか。美味しければオッケーだよ)


 ここまできたら開き直りの境地だ。


 ミーリアは小さな手で串の部分を持ち、七輪に肉を置いた。

 じゅわ、と醤油が七輪に垂れて香ばしい匂いが立ち込めた。


(肉っ。肉〜〜〜〜っ!)


 もう目の前の肉にまっしぐらである。


 じゅわじゅわと音を響かせ、サーモンピンクのバジリスク首肉が焼き上がっていく。熱で身が少し小さくなり、ひっくり返せばこんがりと網の形に焼き色がついていた。


(くぅっ。くううううっ! こいつぁ殺人的な匂いです奥さん! ジョジョ園のお肉よりヤバいかもしれない!)


 バジリスクの首肉からなんとも言えない芳醇な香りが立ち込め、周囲に広がっていく。チェリーピーチを好物としているせいか、甘い香りも混ざっている。


 念のため、もう一度ひっくり返し、焼けているか確認する。両面にしっかり焼き色が入っていた。辛抱たまらん肉と醤油のおこげが見える。


(YES焼き肉! YES焼き肉! NO焼き肉NOライフ!)


 テンション爆上げ。脳内で連呼するミーリア。

 両手で両側の串を持ってゆっくりと持ち上げた。


(これがバジリスクの首肉ですか……美味しそう……)


 網のあと、醤油の焦げ、炭火であぶられて白身っぽい色に変わった肉。


「いただきまーす」


 ミーリアはふうふうと息を吹きかけてかじりついた。

 シャクリ、という肉らしくない音が響く。


(こ、これは……!!!!!!!!)


 ミーリアは両目を見開いた。


 デフォルメされたバジリスクがチェリーピーチを食べながら、プールサイドで醤油を塗って日光浴している姿を幻視した。


 固唾をのんで見守っていた面々がミーリアの表情を覗き込む。


「ベリィィィおいしい〜〜〜〜! 表面がサクサクで中がしっとりしてて、ジューシーで甘くてお醤油の味が絶妙にマッチしてる! 新感覚のお肉だよ!」


 ミーリアが串を持ったまま、その場でバタバタと足踏みをした。


 口の中に醤油と肉の味が広がって、後からバジリスクの甘みが突き抜けてくる。王都でも食べられない、幻の食材と言われるだけあった。


「一回食べたら……はむっ……止まらない……はむっ……最高に美味しい……もふっ」


 一心不乱に食べるミーリア。

 もはや周りに誰かいるとか忘れ、一枚目を食べ終わり、「ふう」と一息ついて、二枚目を焼き始めた。


(こいつぁ止まらないね。満腹になるまで食べるよ)


 小さな背中を全員に向けて二枚目を焼き始めてしまい、アリアがこっそりと話しかけた。


「あの、ミーリアさん? お味はどうでしたか?」

「ハッ――。アリアさん! 美味しかったです! そうだそうだ、皆さんにも焼きますね!」


 話しかけられて思い出し、パアッと笑みを浮かべるミーリア。


「ミーリアさんったら」


 アリアがくすりと笑い、ウォルフ、夫人、ディアナもおかしそうに笑う。

 クロエはミーリアが喜んでいるのを見て、微笑みを浮かべてミーリアの頭をなでた。


「お姉ちゃんの分もあるよ!」

「ありがとう。よかったわね、ミーリア」

「うん! バジリスクの首肉は殿堂入りだよ! 私、もっと色んなお肉を集めるから期待しててね!」


 ミーリアが口の横に醤油をつけたまま、にかりと笑った。

 この世界にきて一番の笑顔であった。


(あれ? 何かを忘れている気が……ま、いいか!)


 このあと皆で食べたバジリスクの首肉は大好評だった。

 公爵家の庭から、おしとやかな笑い声が絶えることはなかった。



       ◯



 アトウッド家領地、北の森――


「ミーリア! 最初に私のところへ持ってきてくれるんじゃなかったの?! あの子忘れてるわね! なんて美味しそうなの! ズルいわよ!」


 その頃、エルフのティターニアが千里眼で肉を食べるミーリアを見て、一人で地団駄を踏んでいた。エルフは樹の実しか食べないイメージがあるが、美味しいものに目がない種族だ。 


 翌日、ミーリアは師匠の存在を思い出し、ティターニアともバジリスク首肉パーティーを開催した。ティターニアはぷりぷり怒っていたが、肉を食べた瞬間、上機嫌になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る