第44話 公爵家邸宅へ
謁見の間を出ると、グリフィス公爵ウォルフが話しかけてきた。
「ミーリア嬢、叙勲おめでとう」
娘を見るような、優しい視線を送ってくれる。
アリアの面影がある整った顔立ちに、中年らしい皺が刻まれていた。イケオジ好きの女子が一目惚れしそうな、気品と信念がウォルフからにじみ出ている。
ミーリアはアリアの父ということもあり、心強く思った。
「ありがとうございます。こんなことになるとはまったく思っていなかったので、びっくりしてますけど……」
「ミーリア嬢なら遅かれ早かれ叙勲していたさ。それが少し早かっただけだ」
謁見の間で見た魔法がウォルフの脳裏にチラついている。
あれを見せられて、ミーリアが超一流魔法使いでないと否定する気にはなれない。
「クロエ嬢も、誠におめでとう。魔法使いでない騎士爵家の子が貴族になるのは初めてのことだ」
一番の幸運者はクロエだ。
ミーリアの提示した条件のおかげで叙勲できた。
もちろん提出した論文の効果もあったが、少なくとも通常の流れで叙勲するなら、実績を残してからだ。それをクロエ本人も十分に理解できているため、謙虚でいようと思っている。
ミーリア、天然なファインプレーだった。
「ありがたきお言葉感謝いたします」
隣にいたクロエが流麗な動作で一礼した。
着こなしている商業科の制服のおかげで、クロエは高貴な生まれの人間に見える。
ウォルフはクロエを間近で見て感心した。
「月夜に咲くローズマリアのように美しいレディだ。ミーリア嬢のことは私にまかせなさい」
「もったいないお言葉です。大変心強く思います」
貴族流の褒め言葉にもクロエは難なく答える。
実はクロエ、学院の外で未婚の男性に誘われまくっており、この手の言葉には耐性があった。黒髪美少女で二年連続商業科一位、品行方正、ど田舎であるが騎士爵家子女。一般人から貴族の跡取り息子まで、宝石のごとく輝く優良物件な女性だ。
だが、クロエはまったく興味がないのでほとんど無視している。百人ぐらいの坊っちゃんが、枕を涙で濡らしていた。
「クロエ嬢は将来男泣かせなレディになりそうだ」
「そうでしょうか? いつも丁寧にお断りしているので、泣いている方などいないと思いますよ」
クロエが視線を斜めに上げ、断ってきた男たちを思い返して言った。
皆、笑顔だったように思う。
「ああ、これは本物みたいだ……」
「お姉ちゃんズバッと言うからなぁ。想像できるよ」
ウォルフとミーリアが目を合わせた。
クロエは「んん?」と首をかしげている。どれくらい自分が一刀両断してきたかわかっていないらしい。
気を取り直し、ウォルフが大人の笑みを浮かべて、ミーリアを見た。
「アリアがミーリア嬢に会いたがっていてね。これから公爵家の屋敷に来てはもらえないか?」
「行きます!」
ミーリアが即答した。
「手土産など持っておりませんが、よろしいのですか?」
クロエがすかさず聞いた。
「構わないよ。それ以上のものをミーリア嬢にはもらっているからね。学院には授業を休むと私から伝えておこう」
そう言って、ウォルフがミーリアとクロエを促した。
ウォルフに連れられて公爵家の馬車に乗り込んだ。
ガタゴトと馬車が発車し、王城が遠ざかっていく。ふかふかな椅子を堪能しながら、ミーリアはぼんやり窓の外を眺めた。
レンガや木造の建物が流れていく。王都だけあって、どれも凝った造りの建物ばかりだ。
(私が貴族……男爵芋かぁ……あっ、焼き肉のサイドメニューにポテトサラダもいいねぇ……)
マイペースなミーリアだ。
不安は二秒で終わった。
「グリフィス公爵さま、質問があるのですがよろしいでしょうか」
クロエがウォルフに聞いた。
「ああ、構わないよ」
「叙勲パーティーは私も開催したほうがいいのでしょうか?」
「そうだね。ミーリア嬢と合同でいいだろう。君たちは学院生だ。あまり派手じゃなくていいな」
ウォルフがミーリアへと視線を移した。
「ミーリア嬢、大金をもらって驚いただろう? あれはね、すぐになくなるよ」
その言葉にミーリアが驚いた。
(金貨十三万枚――百三十億円がなくなる……?)
「すぐになくなるんですか?」
「勲章は名誉だけどね、その分、金がかかる。貴族になったからには義務からは逃れられないよ。ミーリア嬢がパーティーを開催したら王国中の貴族が参加したがるだろう。皆がドラゴンスレイヤーと知己になりたがるからね」
「げっ、王国中……」
「賓客を歓待するには金がかかる。男爵ともなれば孤児院、教会、王宮魔法騎士団にも寄付が必要だ。こうやって貴族は金をばらまく必要が出てくるんだよ。君は最初から金持ちだから余裕はだいぶあるがね」
ウォルフが真面目な顔で言った。
横でクロエがうなずいている。
「クロエ嬢は後見人のグリモワール伯爵に手助けしてもらうのがいいだろう。資金はミーリア嬢から借りるといい。もっとも、法衣貴族だから体裁を整えるだけでいいよ」
「承知いたしました」
クロエが神妙にうなずく。
「じゃあお姉ちゃんに金貨半分あげるね?」
「何を言ってるのミーリア。そんな大金もらえないわ」
「私はまた稼ぐからいいよ。こうなったら開き直ってバンバン魔物狩りに行っちゃうよ」
金貨十三万枚で感覚が麻痺してきたミーリア。
(バジリスク一匹で十万枚……千匹で金貨一億枚か……いっとく?)
その前にアドラスヘルム王国が破産する。やめい、と言いたい。
「ああ、ああ、ミーリア。お願いだから無茶だけはやめてちょうだい。どれだけお姉ちゃんが心配したと思ってるの? いい子だからしばらくは大人しくしてほしいわ」
クロエがミーリアを抱きしめ、頭をなでくりなでくりした。
効率よくミーリアのふわっとしたラベンダー色の髪をなでていく。クロエプロの手付きだ。
ミーリアが一瞬で大人しくなった。
「そうだね。私がお金を持ってても何に使っていいかわからないし、管理はクロエお姉ちゃんにまかせるよ」
「そうしてちょうだい。運用して増やしておくからね」
満面の笑みを浮かべるクロエ。十倍ぐらいにしそうである。
◯
王都にある公爵家に到着した。
さすが公爵家だけあって敷地面積が広く、屋敷も大きい。
石化の件もあり、公爵は領地に帰らず、しばらく王都に残るそうだ。
(豪邸だよ、豪邸……メイドさんもいるし。金持ちすごっ)
ミーリアはバロック様式のお洒落な屋敷を見上げて唸った。
大きな門をくぐるとお茶会の準備がされていて、庭に人が集まっていた。
「ミーリアさん!」
ミーリアとクロエに気づいたアリアが早歩きでこちらにやってきた。
銀髪ツインテールを揺らし、白いワンピースを着ているアリアは美しい公爵令嬢だ。駆け出したい気持ちを抑えて、令嬢らしく歩いている。
「アリアさん!」
ミーリアが弾かれたように走り出した。
学院の地下迷宮に潜ってから、落ち着いて話ができていない。アリアと会えることが嬉しかった。
公爵家の手入れが行き届いた庭の真ん中で、二人は止まった。
本当はお互い抱き合いたいぐらいだったのだが、なんとなくそれはできなくて、ミーリアもアリアも急停止したあと、顔を見合わせた。
「ミーリアさん……またお会いできて嬉しいです」
アリアが気恥ずかしそうに頬を赤らめた。家族の前で友人と話すのが、照れくさいらしい。
「私もです。色々話したいことがあるんですよっ」
ミーリアは気にせずにこりと笑みを浮かべた。
「あの、ミーリアさん。おばあさまがいるんです。ぜひ、会ってくださいませんか?」
「もちろんです! よかったね、アリアさん」
「はい……!」
アリアが笑顔でうなずく。
ミーリアの飾らない、心からの言葉が嬉しくて、なんだか気を抜くと泣きそうだった。
アリアは自分の感情を悟られまいとミーリアの手へ腕を伸ばしたが、了承を得ずに握るのは礼儀しらずかと思い、恥ずかしくなって引っ込めてしまった。
「アリアさん?」
「あの、ミーリアさん。行きましょう。おばあさまを紹介いたしますわ」
アリアが意を決してミーリアの手を取った。
ミーリアは初のお友達に手を繋がれて、あたたかい気持ちがじんわり広がった。
(アリアさん……本当によかったね……。おばあさんのために勉強も魔法も頑張ってきたんだもんね……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます