第32話 クロエとジャスミンの再会


 魔改造ハイヒールを完成させたミーリアはティターニアに空飛ぶ絨毯を貸してもらい、アトウッド家北の森から飛び立った。


(空飛ぶ絨毯って言われたけど、重力魔法ごり押しで飛ばしてるだけな件)


 絨毯には特に何の効果もない。

 単に、ティターニアが誰かを運ぶときに愛用しているものであった。


(でも絨毯で飛ぶのはオシャレだね。アラビアンライト的な?)


 アラベスク調の絨毯を撫で、ミーリアは後ろを見た。


「姉さま、大丈夫ですか? 怖くないですか?」

「うん……大丈夫よ」


 四女の姉は見るものすべてが珍しいのか、流れる景色を眺めていた。


 ジャスミンが落ちないよう、ミーリアは絨毯の周囲にかけている防護魔法を重ねがけしておいた。不可視の透明な膜を絨毯に巡らせているため、外に手を伸ばすと押し返される。


「見てミーリア。シープの群れがいるわ」


 ジャスミンが振り返って笑みを浮かべた。


 前髪で目を隠し、暗い表情しかしていなかった姉の笑顔に、ミーリアも顔をほころばせてうなずいた。


(家から出たとき、私もこんな顔してたのかな?)


 ミーリアは王都の方向へと首を動かした。


(クロエお姉ちゃん、心配してるかな?)


 最長で二泊と言ってあるので問題ないかとミーリアは思い直す。


 ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵による男爵芋パーティーは四日後だ。ジャスミンのドレスなどの準備を考えると、急いで帰るべきであった。


「ジャスミン姉さま、速度上げますね」

「ええ。ありがとう、ミーリア」


 ジャスミンはアトウッド家から出られたことが心底嬉しいのか、よく「ありがとう」と返事をしてくれる。可憐な微笑みつきだ。感謝を全身で感じてミーリアは気恥ずかしい気持ちになる。


 飛びながらGPSを設置するのも忘れない。

 ティターニアが魔法電話で指示してくれ、現在半分が設置済みだ。


 暗くなるまで飛び、ちょうど人気のない草原があったので着陸して野営をすることにした。


 結界魔法を張れば魔物に襲われる心配もない。


「星が綺麗……。ああ、夢みたいだわ、ミーリア。とっても楽しい」

「お姉ちゃんが楽しそうで私も楽しいよ」


 ミーリアはジャスミンと今までアトウッド家で感じたことや、あのときどんな気持ちだった? など、聞きたかったことをお互いに話した。


 七輪で焼いたバジリスクの首肉と世界樹のサンチュ巻きは最高で、野外で助け出した姉ジャスミンと食べるシチュエーションも相まってミーリアはもりもり肉を食べた。夜はあっという間にふけていく。


 翌日、朝日で目を覚まして歯ブラシ草で歯を磨き、歯石取り魔法を自分とジャスミンにかけ、バジリスク首肉と世界樹のサンチュを挟んだパンを食べて出発した。


 ジャスミンもその美味しさには頬を緩ませている。


(バジリスクと世界樹サンチュのコンボヤバいね。気づいたら胃袋へと消えてるんだよね。イリュージョン……)


 GPSを設置しつつ、ミーリアは午後三時に王都へ到着した。



      ○



 女王から贈与された屋敷に戻り、メイドに紅茶を淹れてもらってジャスミンと一息ついていると、クロエが帰ってきた。


 クロエもミーリアと同じく学院を一週間休学している。

 よそゆきの服装に身を包んだクロエはリビングにいるミーリアとジャスミンを見て、安堵の微笑みを浮かべた。


「おかえりなさいミーリア。無事に姉さまを脱出させたのね。よかったわ」

「うん! 色々あったけどね」


(脳筋と変態に絡まれたり、ドライアドになったり……)


「あとで聞かせてちょうだい」


 爽やかに笑いながら、クロエはジャスミンに近づいた。


「ジャスミン姉さま、また会えて嬉しいです」


 クロエは四女の姉が無事かどうか確認するため頭からつま先まで観察したが、すぐ変化に気づいたのか、はたと動きを止めた。


「姉さま、ひょっとして目が……?」


 黒髪の六女が驚く姿を見て、ジャスミンは嬉しそうにミーリアと目を合わせ、クロエへと向き直った。


「ミーリアが世界樹の朝露という貴重な物を使ってくれたの。私、世界がこんなにも美しいと初めて知ったわ……」


 ジャスミンが立ち上がり、ゆっくりとクロエの手を取った。

 鳶色の瞳とクロエの深紫色の瞳が重なりあう。


「……ジャスミン姉さま」

「クロエ……あなたが美人だって……みんなが言っていたけど、本当だったのね。黒髪も素敵……」


 今まで見たくても見られなかった妹の姿を見て、ジャスミンは瞳に涙がたまっていく。


 クロエはジャスミンの様子に驚いたのか、言葉を失った。


(ジャスミン姉さまはずっと前からクロエお姉ちゃんと仲良くしたかったみたい……)


 ミーリアは二人を見守っている。


「クロエ……あなたとこうしてゆっくり話すのは初めてね?」

「……そうですね」

「私はずっとあなたがうらやましかったわ……」


 ジャスミンはぽつりとつぶやいて、クロエの手を引き、ソファへ腰を下ろした。クロエも素直に隣へ座った。向かいに座っていたミーリアもクロエの隣に座って、肩に手を乗せてジャスミンを見る。


「私より三つも年下なのに、領地を抜け出そうと努力していたわ。王国女学院の試験に合格したと聞いたとき、本当に嬉しかったの……。私にできないことをしたあなたが、私は、自分のことのように誇らしかった……」

「姉さま……」


 ジャスミンはアトウッド家の中で、用事がない限りクロエへ話しかけないことを心掛けていた。


 自分と仲良くすればロビンが黙っていない。クロエが的にされ、攻撃が過激化する。


 自分はまだしも、妹のクロエがロビンの攻撃対象にされるのはいやだった。


 一方、クロエもそれを察していた。

 クロエとしてはロビンからジャスミンをさりげなく守りつつ、自分の言いたいことを言って撃退し、注意を分散させる努力をしてきた。


 クロエがジャスミンを保護しようとするとロビンの攻撃は激化するであろうと容易に想像できたし、何もしなければジャスミンに矛先が向きやすくなる。適度にロビンを論破して感情を自分へ向けさせる調整をしていたのだ。


 四女ジャスミン、六女クロエ、七女ミーリアの間には奇妙な連帯感があり、お互いの存在が支えになっていた部分は大いにあった。


 皆が自分の立場を理解して、暗黙のルールで動いていた。


「また会えて嬉しい……これからは、色んなことをお話したいわ……」


 ジャスミンの頬に涙が伝うのを見て、クロエはぎゅっと下唇を噛んだ。


「……本当は……ジャスミン姉さまとミーリアの三人で、一緒に領地を出る方法を探していたんです。でも、どう考えても三人で抜け出すすべは思いつきませんでした……」


 クロエは握られている手を握り返した。


「私だけ領地を抜けてごめんなさい……」

「……クロエ……あなたは本当に正義感の強い子なのね。あのロビン姉さまに、何度も、何度も、意見を言っていて……あなたに言い負かされている姉さまを見て、私は気持ちが軽くなったわ……」


 ジャスミンがふわりと口角を上げた。


「気に病むことなんかないの。私は、助けを求めるだけの存在だもの……ミーリアにはいつか役に立つなんて言ったけど……私なんかが、あなたたちの役に立てることなんてないわ……」


 寂しげにうつむき、ジャスミンがクロエから手を離した。


「だから、謝らないでね、クロエ。気にかけてくれて本当にありがとう」


 ジャスミンはハンカチを出し、涙を拭いた。


 助けてもらったのは嬉しいが、どうやって恩を返していけばいいのだろうかと、ジャスミンは王都に来る間ずっと考えていた。


 できることといえば決まった図柄の刺繡をするぐらいだ。


 何度も繰り返しやらされ、覚えさせられた、目が悪くてもできる程度のクオリティである。自分の手先が器用なのはなんとなくわかっていたが、細かい部分が見えないため手探りでの針仕事になってしまい、完成度を上げることはできなかった。


「……」


 クロエが何も言えずに姉の手を見つめていると、ミーリアが勢いよく立ち上がった。


「ジャスミン姉さまはここにいるだけで役に立ってるよ! 役に立ちまくりだよ! 私にとっては、もう、すごくっ!」


 大声で言うミーリアを見て、ジャスミンとクロエはあっけにとられた。


「だってジャスミン姉さまと私とクロエお姉ちゃんはいつも一緒だったもん。一緒って言ってもずっと一緒にいたとかそういうんじゃないけど……」


 ジャスミンとクロエはその言葉を聞いて何度もまばたきをする。


(って私は何を言ってるんだあぁぁああぁ!)


 二人の反応を見てミーリアは脳内でじたばたともがいた。


 家族と真剣な会話などしたことがなく、誰かを励ましたこともない。自分の言いたいことがうまく表現できずにやきもきしてしまい、あわてて両手を広げた。


「私、家族が増えたのが本当に嬉しいんだよ! あ、もちろん家族は家族だったんだけど……何というか、本当の家族じゃなかったみたいな……ああっ! こんな言い方するとジャスミン姉さまが今まで家族じゃないっぽく聞こえてしまってそれは違うというか!」


 混乱してきて身振り手振りが奇妙な踊りになっているミーリア。


「とにかくジャスミン姉さまはここにいていいんだし、役に立たないとか言わないでほしいんだよ! 屋敷の部屋はあまってもったいないし、ここに住んでやりたいことを見つければいいと思うんだよ、きっと! 婚約も気に入らなければ破棄しちゃっていいし!」


(私は何を口走ってるんだろうか……ッ!)


 必死になっているミーリアを見て、クロエとジャスミンは顔を見合わせ、ふっと優しく微笑んだ。


「ミーリアの言う通りね。ジャスミン姉さまはいるだけで役に立っているわ」


 クロエがうなずき、ミーリアは助け船に飛び乗った。


「そ、そうだよね! うんうん」


 続いてジャスミンが微笑みながら、ミーリアを見上げた。


「あなたは本当に優しい子ね。あなたが妹でよかったわ……ありがとう、ミーリア」

「そうかなぁ――」


 えへへと笑おうとすると、クロエが高速で首肯して口を開いた。


「ええ、ええ、ジャスミン姉さま、そうなのです。ミーリアはとても優しくて可愛くて人の気持ちがわかるいい子なのです。私が領地でラベンダーを摘んでいるときも私の手が荒れないかいつも気にして魔法をかけてくれたり、お腹が空いていないか心配してくれてワサラの実をわざわざ取ってきて魔法で割って私に食べさせてくれたりと、それはもう優しくて可愛くて、目に入れても痛くないとはよくいいますけど、ええ、ええ、その通りなのですよジャスミン姉さま」

「まあ」

「もはや目に入れても痛くないというか、とにかくどこからでもいいから私の中に入ってらっしゃいという気持ちです」


 ミーリアは素早い動きでクロエに捕獲され、頭をなでくりされた。


「アハハ……なんかよくわかんないよ、クロエお姉ちゃん」


 そんな調子のクロエを見て、ジャスミンは胸の前で小さく拍手をした。


「クロエはミーリアが好きなのね。素敵だわ」


 初めて見るクロエの態度に驚き、感動しているジャスミン。


(クロエお姉ちゃんの怒涛の攻めを軽くスルーするとは……ジャスミン姉さま、やりますな)


 ミーリアはジャスミンがいい意味で純粋なことに感心した。


 一方、クロエは面と向かってはっきり言われ、少し頬を赤くし、ミーリアを撫でる手を止めた。


「……そうですね、ミーリアを好きという事実は疑いようもありません」


 仕切り直しとクロエがミーリアを解放し、ジャスミンを見つめた。


「これから姉さまには、大事なお話がございます。ミーリアにもね」

「え? 私も? ロビン姉さまのことを話すんじゃないの?」

「そうなのだけど……ひとまず座って落ち着いて話ましょう」


 クロエがソファに座り、ミーリアも席についた。三人で横並びになる。


「簡潔に言うと、ジャスミン姉さまはミーリアの養子になってもらうわ」

「え……どゆこと?」


(養子? 私がジャスミン姉さまのマミィになるってこと? はいぃっ?)


 まったく理解できず、ミーリアは首をかしげた。



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