第31話 王都の次女
ティターニアが魔法袋から魔改造したハイヒールを取り出し、テーブルに置いた。
テーブルは野外に設置してあるため、魔石が二十個ついたハイヒールは陽光を受けて煌めいていた。どの角度から見ても非の打ち所がない高級品に見える。
「おおお、すごいクオリティ! 師匠さすが!」
「でしょ? 私を誰だと思ってるの」
「最強美人エルフ魔法使いです!」
「ふふん。よくわかってるじゃない」
ドヤ顔を決めてみせるティターニア。そんな表情もエルフの美貌で様になっている。
ジャスミンは良好な視界が楽しいのか、「素敵です」と胸の前で小さく拍手をしていた。
(なぜだろう。ジャスミン姉さまが尊い……)
そんな感想を脳内で言いつつ、ミーリアはハイヒールへ顔を近づけた。
がめついロビンのことだ。
このハイヒールを添えてパーティーの招待状を送れば、間違いなく履いて登場するだろう。
(男爵芋パーティーの準備も進めなきゃね。アリアさんにまかせっきりだし)
ちなみに、ミーリアに託されたミッションは以下の通りだ。
・ジャスミンを王都へ脱出させる
・ロビンの強制輸送方法を準備する
この二点である。
二つともミーリアの魔法がなければ膨大に時間がかかるため、クロエが的確に割り振った。
発案者であるクロエはアトウッド家へお灸を据えるべく、貴族への根回しをし、浮気相手への連絡を行い、アリアは公爵家の人脈を使ってパーティーの準備を進めている。公爵家がミーリアの後ろ盾になっているため家を上げての支援である。
クロエの誤算としては、これから完成を迎える凶悪魔道具“対地雷女ロビン用・自動操縦ハイヒールジェットロケット”の存在を知らないことだ。
クロエはミーリアが魔法で直接ロビンを輸送するか、魔法でかなしばりにし、介護者を同伴させて馬車で移動させるのだろうと予想している。まさかロケット輸送するとは夢にも思っていない。好きな方法でいいからね、と妹に言ったのが間違いの始まりではなかろうか。
「それじゃあジェットロケット魔法を付与していきますね」
小さな魔法使いはお気楽な調子で言った。
魔法の実験はいつやっても楽しい。
(魔力循環……イメージ構築……魔石一つ一つにジェットロケットを付与して……)
ミーリアは両手をかざし、真剣な表情を作る。
魔法を発動させると手がまばゆい輝きを放ち、魔石の色がやや濃くなっていく。まだ王都からアトウッド家へ飛ばす空路にGPSポイントを設置していないため、GPS追跡機能と自動切り離し機能は後で付与することにした。ひとまず純粋なジェットロケット魔法の付与に集中する。
魔石の魔力量を計測し、ジェットロケット魔法の出力を計算しなければならないため、思っている以上に繊細な作業となった。
(……結構難しい……なかなかイメージ通りに魔法が入っていかないね……)
巨大な魔法陣を足元でビカビカさせながら、ミーリアはむうと唸った。
一つ付与するのに、十分強かかってしまった。
「ふう……これは全部で三、四時間かかりそうですよ」
「そうね」
ティターニアがハイヒールを持ち上げ、目を細めて付与の出来栄えを確認する。
「うん、しっかり付与できてるわ。繰り返せば慣れるわよ。どんどんいっちゃいましょう」
「わかりました!」
いい返事をして、ミーリアはふと思い出したことがあり、魔法袋へ手を伸ばした。
「時間かかっちゃうので、世界樹のサンチュを食べて待っててください。あ、果物も添えておきます」
そう言いながら、流れるような魔力操作で木皿の上に世界樹の葉と赤い果実を置き、ハイヒールへと向き直った。
「ではいきます――!」
「なっ……!? これ……世界樹の若葉じゃないの……!」
集中を開始したミーリアの耳にティターニアの声は届かない。
ジャスミンは椅子に座って魔法陣へ視線を飛ばし、瞳を輝かせている。
(よし……もう一度さっきの要領で……魔力循環――イメージ構築――)
魔法陣が光り輝いて魔力が魔石へと注入されていく。
ミーリアの後ろでは「美味しい! 気づいたら葉っぱが口から消えているわ!? 幻惑魔法なの……?! おかわりちょうだいよ!」という食いしん坊エルフの声が聞こえた気がしないでもないが、ミーリアは集中を切らさずに作業を続けた。
○
自分専用のハイヒールが作られているとはつゆ知らず、アトウッド家次女ロビンは、王都中心部に居を構える高級宿の一室にいた。
下着姿でベッドに寝転がり、サイドテーブルに置かれた手紙の束へ手を伸ばした。
「この男爵次男はダメね、背が低い。こっちは金がなさそうだからナシ」
手紙の束は王都へ来てからロビン――ロビリア宛に送られた書状だ。
ぜひジャスミン・ド・ラ・アトウッド嬢とともに婚約をしてほしい、という内容がほとんどである。
ロビンが偽の親戚ロビリアであると露見していないのは数々の偶然が重なってのことであるが、本人は自分の知力で今の状況を生み出したと思い込んでいた。
ロビンは両手に持ったダメ男認定した手紙を、ぽいと絨毯へ投げた。
「ルーツ子爵の次男も悪くないけど顔が好みじゃあないわ」
現在、ロビンは人生至上最高に気分がよかった。
自分の望むまま、意のままに事が運び、内心で高笑いが止まらない。
“婚約書状”と“ミーリアの名前”があればどの店でも商品を買い放題。ジャスミンの目の悪さを利用してお涙頂戴の作り話をすると、男は簡単に情にほだされる。
すべてはバカな妹、七女ミーリアがドラゴンスレイヤーになってくれたおかげであった。
どんな手品を使ったかは知らないが、大方、クロエの入れ知恵だろうとロビンは考えている。六女の妹は無駄に頭が回って小賢しい。
ロビンはサイドテーブルに置かれたワイングラスへ手を伸ばし、寝転んだまま飲んだ。
王都の酒は美味い。
アトウッド家のワインは水で薄められ、ひどい味だった。飲むと父親であるアーロンが「おまえは月一回だけ」とか「商隊が来るまで待て」とか、口うるさいのも癪に障る。粗悪品の酒を大事そうにちびちび飲んでいる姿を見ると背中を蹴り飛ばしてやりたくもなった。思い出すだけで腹立たしい。
ロビンはワイングラスを回して差し込んだ光に当てた。
「ああ、自由っていいわね」
そんなお門違いな言葉を吐き、ロビンはむくりと起き上がって瓶からさらにワインを注ぎ、ぐいと一気に飲み干した。酸味と甘みがバランスよく効いている王都で人気のワインだ。何本飲んでも飲み足りなかった。
「ちょっとぉ! ワインを持ってきなさぁい! 今すぐ!」
いきなり大声を張り上げて、レディの嗜みなどどこかへ置き忘れたのか、何度も手を叩いてメイドを呼びつける。
しばらくすると、静々とメイドが入室した。
彼女は下着姿のロビン、散らばった手紙、部屋のそこかしこに広げられたドレス、乱雑に積み上げられた貴金属などを見てぴくりと眉を動かしたが、それ以上の表情変化をサービスのスペシャリストとして押しとどめた。
「ワインを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました。銘柄はいかがなさいますか?」
「一番高いやつ」
「承知いたしました。ではブルーファン領で収穫されたスルベニール品種の赤ワインを――」
「ごちゃごちゃうるさいわね! 早く持ってきなさい!」
「……失礼いたしました」
メイドは頭を下げて、静かに退室した。
ワインの銘柄を覚えて比較するのも上品な愉しみであるのに、ロビンには届かない。
しばらく待つとメイドが入室してコルク栓を開け、新しいグラスに注いで部屋を出ていった。
「ったく、グズなんだから。私が言ったらすぐに持ってこい」
去り際のメイドにそんな悪態をつき、ロビンはワインをあおった。
「あーあー、私が婚約させないと言ったときのジャスミンの顔――傑作だったわね。何もできないお荷物のくせに結婚できるとでも思ってたのかしら。きゃははは! きゃははははははっ!」
急に思い出したのか高笑いを始めるロビン。
四女ジャスミンの絶望した顔といったらなかった。
自分宛の婚約書状を奪われる気持ちはどんなものだろうか。笑いが止まらない。
「ペガサスに乗った騎士が助けてくれるとかまだ信じていそうね。あの子、くだらない物語を村の婆たちから聞いていたもの。あの掃き溜めみたいな家にまだいると思うと……今頃、アレックスに……くくく」
また可笑しくなってきたのかロビンは腹を押さえ、きひきひと浅く呼吸をした。
しばらく笑うと、ロビンはパーティー会場で見たミーリアの姿を思い出し、唾を吐きたくなった。
「ミーリア……気に食わないわね……。せいぜい私のために働いてもらうわ。ぼんやり女の分際でこの私を小馬鹿にした罰を与えてやる」
ロビンはベッドから下りてふらりと立ち上がり、乱暴にワイングラスをサイドテーブルに置いて、部屋の隅にある小さめのトランクの前へしゃがみこんだ。近場にあった鍵を使ってトランクを開ける。
中には宝石類と革袋が入っていた。
おもむろに革袋を逆さにする。
金のこすれる高い音が響き、王国貨幣――金貨が次々に絨毯へ滑り落ちた。
「んふふふふ……」
絨毯の上にあぐらをかき、金貨を並べて数え始めるロビン。
「私のために金を稼いでね……ミーリア……」
すべて高価な絵画や宝石を質屋で売って換金したものだ。元をたどれば、ミーリアが人助けのためにドラゴン退治をした報奨金だと言える。
金貨を数え終えると、ロビンは満足したのか革袋へ入れてトランクに放り込み、ベッドへダイブした。
「一番は……公爵家のクリスさまね……」
うわごとのようにつぶやいた。
「手紙、もらえないかしらね……」
こともあろうにロビンはアリアの兄である、クリス・ド・ラ・リュゼ・グリフィスに懸想していた。
独身貴族パーティーで出逢って以来、ずっとその姿を探している。
誰もが振り返る美男子ぶり。線の細さと身のこなしがまさに洗練された王都の男らしくて、ロビンの琴線に触れた。何より家柄が最上位だ。
昨日、乗馬会で出逢うとこができ、この宿に泊まっていることは伝えてある。
「公爵家の妻……公爵家の妻……」
ロビンはそんなつぶやきを何度もし、仰向けになって目を閉じた。
明日も明後日もパーティー三昧だ。
こんな最高の毎日がこれからもずっと続く。
自分の結婚も思いのまま――。
ロビンはそう信じて疑わず、クリスの流麗な横顔を思い出してにやにやと笑うのであった。
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