第38話 剥がれていく偽りの仮面


 ジャスミンがスカイブルーの爽やかなドレスに身を包み、会場に登場した。


「……!」


 会場中から注目されているため、緊張して頬が赤くなっている。


 ジャスミンはミーリアとよく似たラベンダー色の髪を下ろし、陶器のような白い肌に控えめなアクセサリーをつけていた。


(可憐なお嬢様ですなぁ〜……)


 ミーリアはにこにこ顔でうなずき、千里眼魔法で視界を拡大してロビンの方向へと目を向けた。ついでに集音魔法で音声も入力する。


 男たちに囲まれて有頂天だったロビンは、王都にいるはずのないジャスミンを見て、持っていたワイングラスを落としそうになった。


『な……なんであの子がここに……』


 そうつぶやくと、顔を急旋回させてミーリアとクロエを睨みつけた。


(怒ってますねぇ……)


 ミーリアは冷静にロビンを眺める。


(ジャスミン姉さまの目に気づいてほしいところだけどね)


 そう思っていたら、隣にいたクロエが自分の両目を大げさに指でさしてみせた。

 さすがのロビンもそれに気づき、首を高速で動かしてジャスミンを見る。


『目が……見えてる……?』


 ロビンのつぶやきに、周囲にいた男性陣から「目が良くなったのですね」「ロビリア嬢、きっとドラゴンスレイヤー殿の魔法ですな」などと嬉しそうに言っている。


 男たちはまだロビンをロビリアと信じ、彼女が献身的にジャスミンの世話をしていたと疑っていない。


 これにはロビンも引きつる顔を強引に笑顔にし、


『そうですわね。ええ、ええ、本当によかったですわ……』と、どうにか受け答えをした。


 ジャスミンの視力がよくなったとなれば、ロビンの演じているロビリアの価値は下がる。


 男たちは会場の中央へと進んで来るジャスミンを注視し始めた。


「なんと儚げなレディだ」

「初心な雰囲気が可憐ですね……」

「ラベンダー色の髪にドレスが似合っておりますな」

「奥ゆかしい女性なのだろうか……?」


 ドレスを着たジャスミンは美少女と言っていい見た目をしている。

 奥ゆかしさを求める男にとっては、魅力的に映っていた。


『あの子もまあ、なかなかに可愛らしいですわね! 少し肉付きがないところが残念ですけれど!』


 そんなことをロビンが言うも、男たちにはあまり聞こえていない。

 ジャスミンが会場の中央まで来ると、司会役のタキシードを着た男がにこやかに紹介を始めた。


「紳士淑女の皆様――ジャスミン様はアトウッド騎士爵家の四女であり、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵、そしてクロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵の実の姉であることはおわかりかと存じます」


 緊張した面持ちでジャスミンが立っている。


 視力に慣れて数日のジャスミンにとってパーティー会場はかなりの情報量に違いない。


(頑張って、ジャスミン姉さま)


 ミーリアはジャスミンが「ロビン姉さまに……一泡吹かせましょう」と言っていた姿を思い出していた。


 控えめな性格のジャスミンが固い決意をしているところを見て、ミーリアはロビンの悪行がいかに妹たちに精神的負荷を与えていたかを客観的に知ることができた。


 司会の男が大げさに両手を広げた。


「彼女は視力が低く、一人で歩くことも難しかったのですが、なんと――ドラゴンスレイヤーであるアトウッド男爵がその魔法力を駆使して……両目を治療いたしました! ご覧くださいませ!」


 ジャスミンがゆっくりと一回転してみせ、優雅にドレスの裾をつまんでカーテシーをする。


 目が見えてますよ、というアピールだ。


 貴族たちはこの手の美談を好む。


 グリフィス公爵家の席から弾けんばかりの拍手が送られ、それを皮切りに、会場中から盛大な拍手がジャスミンとミーリアに送られた。


(注目されると恥ずかしいんだよね……あ、どーもどーも)


 ミーリアは頭に手をやって、ぺこぺこと席でお辞儀をする。

 謙虚なミーリアの態度に拍手はさらに大きくなった。


「アトウッド男爵はジャスミン様と大変仲が良く……アトウッド騎士爵家からわずか一日でジャスミン様をお連れいたしました。これも超一流の魔法技術があってこそできる荒業でございましょう!」


(司会の人ノリノリじゃん……ここまでよいしょしなくてもいいんだけど)


 貴族たちから羨望の眼差しで見られるのが、どうにも背中がかゆくなる。


 グリフィス公爵家の席へ視線を向けると、アリアが自分のことのように喜んでいるのが見えた。


(うん、アリアさんが笑ってるからいいや)


 ミーリアは美少女の笑顔があれば問題なしと、笑みを浮かべた。


「そして――つい先日――ジャスミン様は正式な手続きを経て、ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵の養子になられました!」


 司会の男が宣言すると、貴族たちに波紋が広がった。

 主にミーリアと仲良くしたい年頃の男がいる家に動揺が走っている。


 大きな拍手が送られる中、一番の動揺を見せていたのはロビンであった。


『どういうつもりどういうつもり。養子ですって?!』


 ジャスミンが養子になったならば、ミーリアの了解なしに勝手にジャスミンと婚約はできない。


 つまりロビンが提示していた、ロビリアがジャスミンの婚約権利を実質握っている、というガバガバな設定が破綻するわけだ。


 周囲にいた男たちは養子について知らなかったロビンの反応を見て、不思議そうな顔つきになった。


 皆の顔には、あの二人と仲が良いはずなのに、なぜ知らなかったのだろう、と疑問が貼り付いている。


『あ、あの、皆さま……? これはただ行き違いになっただけですわ、オホホホ』


 ロビンが笑ってごまかそうとするが、男たちは疑念を持ち始める。


 養子の件を知らない時点でロビリアに存在価値はないのでは? と計算し出した。


 今までいいように手玉に取ってきた相手が離れていきそうになり、ロビンはぎりぎりと奥歯を噛み締め、小声で吐き出すようにつぶやいた。


『ミーリアァァァッ……ク、ロ、エェェェェッ……』


(いやぁ……般若ですかね?)


 千里眼の視界に顔が映る。

 ちょっと引くぐらい顔つきが変わっていた。


 ロビンがこちらに向かってこようと一歩足を出したところで、司会の男が口を開いた。




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