第39話 出逢う二人


「アトウッド男爵はジャスミンさまの婚約相手を探されております。そして、今この場でジャスミンさまとダンスを踊る名誉を、とある貴族子息にお与えになりました」


 会場がどよめいた。


 独身貴族たちは「誰だ」と会場にいる男性たちを見回し、噂好きの貴族やレディは喜色満面で目を輝かせた。


「ジャスミンさまも、まだどの殿方と踊るのか知らされておりません!」


 おおお、と貴族たちがどよめく。


 男爵位受爵パーティーで養子を宣言し、婚約相手を探す――

 お相手はドラゴンスレイヤー直々のご指名――


 こうなったら、ジャスミンが嫌と言わない限りは、呼ばれた子息で婚約相手は決まりである。


 司会の男がさっと手を上げると、会場にいる楽団のパーカッション担当がドラムロールを打ち始めた。


 ちなみにこれはミーリアのアイデアである。


(結果発表と言えばドラムロールだよね)


 そう思いつつ、真剣な目を司会者へ向ける。


「結果を知っているのにドキドキするわ」


 隣の席にいるクロエがぎゅっと手を握っている。


「そうだね」


 確かに、わかっているのに緊張感が高まってくる。

 ロビンもこれには足を止め、注目せざるを得なかった。


 一方、会場の緊張感はかなりのものである。


 ジャスミンはぷるぷると震えながら胸の前に手を置き、呼ばれるかもしれない子息たちは首を突き出し、子息の親族も固唾をのんで待っている。噂好きのレディたちはハンカチを握りしめて、誰ですの、誰ですの、と鼻息を荒くしていた。


「ダンスのお相手にご指名されたのは――」


 司会の男が大きく息を吸い込む。

 会場にいるほぼ全員も一緒に息を飲む。


 ドラムロールがぴたりと止まり、ジャーンとシンバルの音が響くと、司会がバッと手を会場の西側へと差し出した。


「ご指名は、遥か遠くのアトウッド家へ一番乗りで婚約書状を届けた誠意ある子息――ダレリアス準男爵家次男――ギルベルト・ダレリアスさまでございます!」


 わっ、と大歓声が上がった。


 この演出にはお上品なレディたちも大きく手を叩き、羨ましそうにジャスミンとギルベルトを交互に見ている。


 呼ばれたギルベルトは知り合いの友人貴族に手荒く肩を叩かれ、打ち合わせ通りに中央へと歩いた。


 ジャスミンは直視できないのか、恥ずかしそうに顔を伏せ、ちらりちらりと近づいてくるギルベルトへ視線を飛ばしている。


(可愛いっ! いじらしいっ! 私と結婚してくださぁいっ!)


 そんなことを脳内で叫ぶミーリア。

 千里眼と集音魔法を即座に二人へと向ける。


 ギルベルトはくせ毛が特徴の、温和な性格の若者である。

 ミーリアは安心してジャスミンを見ていた。


(ジャスミン姉さまの好みドンピシャなんだよね。昨日ギルベルトさんに会って、ああ、これはいけるなって思った)


 恋愛経験ゼロだが、ミーリアには謎の確信があった。


 ジャスミンの好みはアトウッド家を一緒に出て野営をしたときに、聞き出している。


 ちなみにギルベルトにはジャスミンがどんな女の子なのか、映像魔法で姿を投影して見せてあげていた。本人は一目惚れしたと言っていた。


(あれは嘘じゃなかった。うん)


 ギルベルトは堂々としたもので、自然な微笑みを浮かべて膝をつき、恭しく右手を差し出した。


「私の運命の人、ジャスミン・ド・ラ・アトウッド嬢……私と踊っていただけませんか?」


 しん、と会場が静まり返る。


 ジャスミンはギルベルトに見つめられて顔を真っ赤にし、数秒呼吸を整えたあと、こくりとうなずいて手を取った。


 大きな歓声と、ラピスラズリ庭園宮に拍手が響き渡る。

 これには女性陣が頬を染めて「まあ!」「素敵ね!」とため息を漏らした。


 楽団がタイミングよく甘いメロディを奏で始める。


 司会の男は興奮冷めやらないのか、指揮者でもないのに勝手に横で指揮をしている。


「あ、あの……踊ったことがなくて……申し訳ありません……」


 恥ずかしさと戸惑いのせいでジャスミンが頭を軽く下げると、ギルベルトが優しく微笑んだ。


「ジャスミン嬢、右足、左足を交互に出してください。あとは私がリードします」

「右、左、だけでいいんですか?」

「ええ。それならおできになるでしょう?」

「は、はいっ」


 ギルベルトのリードによって、二人はゆっくりとステップを踏み始めた。


 足を右に、左に出して、身体を揺らしているだけだが、初々しいカップルのステップは見ている者たちを笑顔にした。


(マーヴェラス! 写真に撮っておきたんだけど?! あ、写真魔法開発しちゃおう)


 ミーリアは魔石を取り出して、イメージを膨らませ、膨大な魔力で魔法を創造した。


 燃費度外視の力技である。


(あ、できた。魔石に写真保存できたわ〜。イエーイ)


 魔石を取り出してはバシャバシャと写真を撮るミーリア。


(効率悪いから後で改良しないとね。魔石をちょっといじったほうがいいかも?)


 ビー玉サイズの魔石を細い指でつまみ、右目の前へ持ってきて、うーんと唸る。

 魔石一個につき一枚では後で見返すときに面倒であった。


 ミーリアがとんでもない魔力を出しているので、魔力感知のできる少数の貴族たちがぎょっとした顔を作っている。


 彼らは希少な魔法使いだが、保有魔力はミーリアに比べると遥かに劣るため、莫大な魔力をいきなり放出しだしたミーリアへ目を向け「敵か?!」と身構え、数秒でその魔力に圧倒された。


 アリアが「ミーリアさん……また何かしていますね」と心配そうに主賓席を見ている。


 ついでにと、ミーリアはクロエも激写しておく。


 不思議そうな顔をして首をかしげるクロエもまた可愛い。


(お姉ちゃん美人すぎな件……うん、いい感じに撮れてるね)


 主賓席に魔石をいくつも置いているミーリアに、クロエは「あとで片付けてね」と言った。


 ミーリアは魔石を取り出し、再びジャスミンとギルベルトを撮り始める。


 そうこうしているうちに、若者たちが「行きましょう!」と中央のダンススペースに飛び出していき、皆が楽しそうに踊り始めた。


 見つめ合っていたギルベルトとジャスミンが続々と増えていくカップルたちに、驚き、そして幸せそうに微笑みを交換した。


(甘い……砂糖ましましって感じに甘い……ジャスミン姉さまが幸せそうで嬉しい……)


 ジャスミンとギルベルトの出逢いは成功のようだ。


 そんなところへ登場したのが、問題の地雷女ロビンであった。


「ミーリア! クロエッ! どういうことっ!?」


 ダン、と主賓席を両手で叩き、ロビンが睨みつけてきた。




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