第36話 猫の変な踊り


 お姉ちゃんと結婚したいなら私を倒してからにしてください。


 そんな言葉を言ってしまったミーリアは、ハンセン男爵お抱えの魔法使いと決闘することになってしまった。


「はじめまして、男爵殿。私は二百年前にドラゴンスレイヤーとして名を馳せたコーネリアの子孫、ドラキアと申します」


 頭には黒いターバン、背には黒いマント、全身をぴったりと覆う黒服を身にまとった男が、洗練された上品な所作で一礼した。


 身長は百七十センチとそこまで高くないが、ミーリアが百四十センチなので体格差はかなりある。


 浅黒い顔をしており、目が細い。三十代前半に見える。


(絵に描いたようなアサシンっぽいね……。腰に短剣みたいなのをつけてるし)


 ミーリアは対峙してそんなことを思う。


 ハンセン男爵家の広場は運動場ほどの広さがあり、二人は二十メートルの間隔をあけて対峙していた。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵です。よろしくお願いいたします」


 ミーリアがぺこりとお辞儀をする。


 全身黒ずくめのアサシンっぽ男、ドラキアは丁寧にうなずいて、笑みを浮かべた。


「新しいドラゴンスレイヤーが誕生したと耳にしておりましたが、あなたのような少女だとは思いませんでした。女学院魔法科の学院生だそうですね?」

「はい。一年生です」

「そうですか……。魔法使いに年齢は関係ないと言われますが、十二歳で龍を狩るとは規格外なようです。先ほどの爆発と閃光もあなたですね?」

「あ……すみません。音、大きかったですよね。びっくりしましたか?」


 門番と執事を納得させるために放った爆裂火炎魔法を思い出し、ちょっとバツが悪くなる。


 ドラキアが思いのほかいい人っぽいので、ミーリアは頭をかいた。


「大変驚きました。ぜひとも、魔法を全身で受けたいと思っていたところです。正直、決闘と聞いてあまり気乗りがしなかったのですが……相手があなたであるならと思い、引き受けました」

「じゃあ、派手に使いましょうか?」


 ミーリアが右手をにぎにぎと開閉する。


「ここではご勘弁を。屋敷が壊れては主が悲しみます」


 ドラキアが首を振り、ちらりとハンセン男爵を見た。


 ハンセン男爵は余裕の笑みを浮かべたまま、丸い顎をさすってミーリアとその奥にいるクロエへと視線を向けている。


「大丈夫ですよ。爆発のベクトルを内側へ向ければ、爆縮って言うんですかね? そういう感じにできますので」

「ベクトル?」


 ドラキアが気になってつい声を上げる。


「物理とか数学で使う力の方向っていうんですか? ああ……ごめんなさい。なんとなく、自分で理解しているものに名前をつけてるんです。そのほうが魔法が使いやすいっていうか……あはは」

「後で詳しくお伺いしても?」

「あ、別にいいですよ。ちょっとだけなら」

「ありがとうございます」

「ミーリア、ミーリア」


 後ろにいるクロエから声がかかった。


「爆裂火炎魔法はダメよ。人に向けるのはよくないと思うの。それにほら、決闘騒ぎになっているけど、ここがお隣様のお屋敷ということを忘れないで」


 クロエが言うと、その隣にいるグリフォンのヒポヌスが「ビックボスのお言葉だ」と、クルクル鳴いた。


(このドラキアって人が防御できる威力で撃つつもりだったけど……お姉ちゃんがダメならいいか。他にも魔法は色々あるし)


 ミーリアはクロエに了承の意を込めてうなずく。


「飛び火して火事になったりしたら大事ですもんね。使うのは別の魔法にしますね」


 ミーリアがそう言うと、ドラキアが嬉しそうに目を細めてうなずいた。


「ほう、アレ以外の攻撃魔法もあるのですね。それは楽しみです」

「そんなすごいのはやらないつもりですよ?」

「魔法使いにとって新しい魔法は金貨よりも高価ですから。実に刺激的です」

「私は金貨がほしいです。領地開拓にはお金がかかります」


 ミーリアは指で金貨のマークを作ってみせる。


「ははは、現実主義者ですね。魔法使いなら稼ぐ手段はいくらでもありますよ」

「そうなんですか? あとで教えてください」

「いいでしょう」


 二人は軽く笑い合う。


 のんびりした雰囲気で話していると、ハンセン男爵の横にいた長男がしびれを切らした。


「いつまで話しているんだドラキア! そんな小娘、早く無力化してしまえ!」


 小太りな長男が叫ぶと、次男も追随した。


「そうであるぞ! ハンセン家の魔法使いらしく華麗に勝ちたまえ!」


 息子二人の言葉を聞いて、泰然としていたハンセン男爵も口を開いた。


「ドラキア。始めろ」

「承知いたしました」


 ドラキアがハンセン男爵に一礼してみせ、ミーリアに向き直った。

 顔つきが真剣なものへと変わっている。


 彼が腰を落として構えると、じわりと空気が重くなった。


 もしドラキアの姿をティターニアが見たなら、「へえ、結構訓練された魔法使いじゃないの」という評価を下すことだろう。全然ダメとか、大したことないわ、という否定が出ないことから、油断するなという注意喚起がミーリアに出たかもしれない。


(決闘かぁ。何度も師匠とやってるからね)


 ミーリアは背後で心配しているクロエに「大丈夫だよ」と言って安心させ、半身に構えた。


(猫型魔力防衛陣は起動しているね。いちおう今まで通り、オート反撃にしておいて……精神魔法は大丈夫かな?)


 ミーリアは素早く瞳に魔力を流し込んで、ドラキアの魔力量を計測する。


(師匠よりは全然下で、アリアさんの倍くらい……。この人、結構強いんじゃないかな? ま、とりあえず私のほうが魔力が高いから精神魔法は受けないね)


 精神に干渉する魔法は発動条件が難しい。


 魔力量が大幅に上回っていないと相手に効果が出ないとティターニアから習っているため、精神魔法をかけられる心配はないと判断できた。


 ミーリアは相手がどんな魔法を使ってくるのかちょっと興味があったので、受けに回ることにする。


(魔力を練って……任意発動するカウンター魔法を準備してと)


「ははは……私と同等の魔力量のようですね」


 ドラキアが構えたまま不敵に笑う。


(私のほうがだいぶ多いんだけど……計測が下手なのかな?)


 ミーリアの魔力が莫大すぎて、ドラキアには表面上の魔力しか見えていない。


 ハンセン男爵が右手を上げた。


「ミーリア男爵が勝てばアトウッド家の移民の通行税が無料。ドラキアが勝てばクロエ嬢と儂が結婚。よいな?」


 土壇場で強引に掛け金を釣り上げ、結婚を了承させようとするところがハンセン男爵らしいやり方であった。


(結婚までは条件で認めてないんですけど〜。もういいか。勝てば関係ないね!)


「いいですよ」

「言質はとった」


 にやりとハンセン男爵が笑う。


「はじめよ!」


 ハンセン男爵の右手が振り下ろされた。


 それと同時にドラキアが全身を魔法で強化する身体強化魔法を使って、高速移動する。


 ドラキアがいた足元の地面が軽くえぐれ、目にも留まらぬ速さでミーリアに肉薄した。


「――命までは取らん」


 ドラキアが腰の短刀をいつの間にか握っており、ミーリアの左肩を突いた。


「ミーリアッ!」

「勝負あったな」


 クロエの悲痛な叫びと、ハンセン男爵の声が同時に響く。


(いきなり――!!)


 まさか飛び込んでくると思わなかったミーリアも目を見開く。

 まったく反応できていない。


 ドラキアの持つ短刀がミーリアの左肩に触れそうになった瞬間、拳大の猫ちゃんマークをした魔法陣が出現。


「にゃあん」


 白猫がにゅっと魔法陣から顔を出して、猫パンチを繰り出し、ぺしっ、と短刀を弾き返した。


「なっ――」


 ドラキアが驚愕するとともに、猫パンチが岩石を割るほどの威力を秘めていたせいで手首があらぬ方向に折れ曲がり、加速した力も相まってドラキアはミーリアの斜め後ろに吹っ飛んだ。


 宙を舞う黒ずくめの魔法使い。


「ほっ?」

「え?」

「は?」


 ハンセン男爵、長男、次男が口をあんぐりと開けて、飛ぶドラキアを見つめる。


(あぶないぃぃぃぃっ! オート反撃じゃなかったら怪我してたよ!)


 ミーリアはミーリアで冷や汗を流している。


「……よかった。心臓に悪いわ」


 クロエはミーリアの無事がわかって胸をなでおろした。

 ヒポヌスがクロエを心配して腰に頭をこすりつける。


 ドラキアは身体を地面に打ち付け、数メートル滑ったが、すぐに身体を回転させて立ち上がった。身体強化魔法のおかげだ。


 折れた右手をかばうように身体を傾け、魔法袋から短刀を出して左手で構える。


「……今のは、猫? なぜ肩に猫がいるのだ……」


 ミーリアの肩に出現した魔法陣はすでに消えている。


「師匠が暗殺者に気をつけろって意味がようやくわかった気がする」


 ミーリアは斬られそうになった肩を見て、下唇を突き出した。


 ちなみに、カウンター魔法を常時二十四時間維持できるのは、ミーリアの桁外れな魔力があって実現できる力技である。


 抜けているミーリアを心配したティターニアが真っ先に提案した魔法だ。


 実のところ、ミーリアは王都で何度かスリ被害にあっているのだが、人知れず猫が出現して弾き返していた。盗人は例外にもれず手首を故障させられている。悲しいかな、スリに労災保険は下りない。


 ドラキアはにやっと笑って、「もう一度だ」とつぶやき、突っ込んできた。


(また来た――!)


 二度目は反応できたミーリアは咄嗟に右手を出し、カウンター魔法を展開する。


 自動でガードされるとわかってはいるが、短刀を突き出される恐怖には勝てなかった。


「もー怖いんでやめてください!」


 円形の魔法陣が出現し、ミーリアを守る。

 ドラキアは怯まず魔法陣へ短剣を突き出した。


「破壊する!」

「魔法対決にしましょうよ!?」


 キィンと甲高い音を響かせて魔法陣が短剣を受け止め、今度は魔法陣から、巨大で眠そうなぶち猫が出てきてドラキアの腕をつかんだ。


「硬い……また猫……なぜ……」


 魔法陣から半身を出しているぶち猫は、窓から身体を乗り出しているように見える。


 ぶち猫は顔が真っ黒で手先だけが白く、どこかまぬけそうな見た目だった。


「くっ……強いぞこの猫……!」


 ドラキアが驚愕し、つかまれた腕を引き剥がそうともがいた。


 だが、つかまれた腕はびくともしない。


 ミーリアの思いに呼応するように、ぶち猫がなんの前触れもなく、もふもふした両腕でドラキアを地面に叩きつけた。


 あまりの衝撃に破裂音が響く。


 地面に蜘蛛の巣の状のヒビが入り、土の破片が周囲に飛び散った。


「……ッ!」

「にゃあ」


 ぶち猫はまだ足りないと言いたげに、身体をひねってドラキアを右斜め前の地面に叩きつけた。


「にゃあん、にゃあん、にゃあん」


 ぶち猫は左、右、左、とテンポよくドラキアを地面に叩きつける。


 ドラキアが地面にぶつかるたびに地面に岩が衝突するような低い音が響く。

 傍から見ると、でかい猫が変な踊りを踊っているように見えた。


「あ……ちょっ……」


(人の命にかかわる攻撃はしないように設定してあるけど……これはヤヴァイ気が……)


 ミーリアはさすがにやりすぎじゃないかと心配になって焦るが、ぶち猫は楽しくなってきてしまったのか全然止まらずに、左右十往復ほど人間叩きつけダンスを披露して、にゃあんと一鳴きし、魔法陣へと帰っていった。


 しんと静まり返るハンセン男爵家の広場。


 ぴくりとも動かないドラキア。


 観戦していたハンセン男爵、長男、次男は言葉が出ない。


 クロエは満足げにうんうんとうなずいている。

 ミーリアを傷つけられそうになったので、少々お怒りのようだ。大人の男が小さい少女に斬りかかるのは、たとえ相手が魔法使いだったとしても見ていてあまり気持ちのいいものではなかった。


 ヒポヌスはクロエが満足げで嬉しそうだ。


「あの〜。だ、大丈夫ですか〜……?」


 ミーリアがずたぼろになってしまったドラキアに声をかける。


「くっ……ミーリア男爵……し、質問があります……」


 ドラキアが痛みに顔をしかめ、仰向けのまま目だけをミーリアに向けた。


「無事でよかった……。はい、なんでしょうか?」

「…………なぜ……猫が出てくるか…………教えて、くだ、さい……」

「あ……はい」

「あと…………全身が……バキバキに痛いです……実に刺激的……ッ」


 ドラキアは鼻から血を流し、なぜか嬉しそうに笑って、そっと意識を手放した。


「あああっ、うちの猫がなんかすみません! あれ勝手に動くんです! ヒーリング魔法!」


 ミーリアは慌てて駆け寄ってドラキアを回復させた。


「勝者はミーリア男爵ですわね」


 クロエがハンセン男爵に聞くと、彼は信じられないものを見たと言いたげな視線を向け、力なくうなずいた。


 決闘騒ぎは締まらない雰囲気のまま、ミーリアの勝利で決着した。






――――――――――――――――――

告知です…!

新作をはじめました^^


◯タイトル◯

『没落令嬢のお気に召すまま

  〜婚約破棄されたので鑑定士として独立ライフを満喫します〜』


女性主人公が自由に生きていく異世界お仕事ものです。

お約束のざまぁと特大魔法がありつつ、魔宝石をめぐるドラマもある一作です。


お時間あればぜひご一読くださいませ!

 ↓↓↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330652620845272

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る