第37話 敏腕男爵に認められたらしい


 ぶち猫に、にゃんにゃん攻撃を受けてしまったドラキアをヒーリング魔法で回復したミーリアは、ほぼ全快したドラキアと、未だに唖然としているハンセン男爵、長男、次男、澄ました顔をしているクロエ、ヒポヌスと、ハンセン男爵の部屋へ戻った。


 全員がソファに着席する。


 メイドが全員分の紅茶を持ってきて、退室した。

 ティーカップからゆらゆらと湯気が上がる。


「いや、参りました、ミーリア男爵。あの猫はどういった魔法なのですか?」


 最初に口を開いたのはドラキアだった。


 彼は浅黒い顔に笑みを浮かべ、入室前に着替えた服のしわを伸ばして、ミーリアの顔を見た。


「あれは猫型魔力防衛陣ですね。オート反撃のカウンター魔法です」

「オート……? もうちょっと詳しくお願いします」

「ええっとですね、身体全体にくっつけた魔法に魔力を流し込んで、攻撃されたら猫が出るようにしています。勝手に反撃する猫が出る魔法、って感じです」

「自動反撃の魔法陣を付与しているのですね? かなりの魔力を消費するはずですが、魔力消費は大丈夫なのですか?」

「全体の一割いかないくらいの魔力量で運用してますから、問題ないです」

「ふむ……魔力効率がかなりいいのですか……」


 ドラキアが顎に手を当て、細い目をミーリアへ向ける。


「一番気になっているのは、どうしたら猫が出てくるか、です。あまりに荒唐無稽な魔法で理解ができません」

「あ〜、なんていうんですかね。こう、猫ちゃん飼いたい、っていう気持ちがあるじゃないですか? それをイメージして魔法を造りました」

「猫ちゃん飼いたい……ですか」

「そうですそうです。猫ちゃんって可愛いんですよ。それで、魔法を使うときに、ぐっと想像してですね、ばばぁん、という感じでイメージすると魔法ができます」

「ぐっと想像……ばばぁん、ですか?」


 ドラキアが理解不能な数式を見たような、怪訝な表情になっていく。


 ミーリアはティターニアに教わった転移魔法や重力魔法を誰かに伝えるのは得意であったが、自作の魔法を説明するのは苦手であった。完全に感覚で魔法を使っている。


「はい。ぐっと猫ちゃんを想像して、ばばぁんと勢いよく魔法陣を出します」

「な、なるほど……」


 ドラキアがなるほどと言いつつ、首をかしげる。


 理解されていないことにちょっとあわてるミーリア。


「あのー、猫ちゃんの可愛い姿と、オート反撃機能を想像したあとに、こうやって、魔法陣を出すじゃないですか――」


 ミーリアが右手を出して、猫型の魔法陣を宙に展開する。


 幾何学模様の猫ちゃんマークが急に空中に現れて、ハンセン男爵、長男、次男がぎょっとした表情になった。


 クロエが「ミーリア、実演はしないでね」と小声で忠告してくれる。


 ミーリアは素直にうなずいて、猫は出さないでおいた。


「こうするとできます」

「いえ、できませんが……。原理すらわからないのですが……」


 ドラキアが試しにやろうとして、首を振る。


「あっ、魔法陣が猫ちゃんの形だから猫が出てくるのかも!」

「あの……魔法陣を変形させること自体が異常です」

「そうなんですか? 師匠にも言われましたけど、王国の魔法使いさんでもできないんですか?」

「魔法陣は円、もしくは球体でしか出現しませんよ」


 ドラキアが手のひらから魔法陣を出し、小さな火を出現させた。


 確かに魔法陣は円形である。


「あはは……なんでできるんでしょうか? すみません。わかりません」


(うーん、こればっかりは説明できない)


「……これが天才ですか……くっ……なんと刺激的……」


 ドラキアがあきらめたように息を吐いた。


 隣に座っていたクロエはミーリアが天才と言われ、ご満悦の様子でうなずいた。


「この子は百年、いえ、千年に一人の天才の中の天才です。常人では理解できませんわ」

「そのようですな」


 ドラキアがうなずく。


(そんなことないけど……師匠のほうが魔法上手いし。あと、前世の記憶があるから有利なだけだと思う)


 ミーリアは納得していないのか、むふうと鼻から息を吐いた。


「ドラキア様、ミーリアとの魔法談義は後でもよろしいですか? そろそろ決闘の事後処理をしなければなりません」


 クロエが大きな瞳をドラキアとハンセン男爵に向ける。


 ドラキアは黙ってうなずき、立ち上がってハンセン男爵の背後に立った。


「ハンセン男爵。ドラキア様もこうして負けを全面的に認めてらっしゃるので、ミーリア男爵の勝ちということでよろしいですね?」


 念押しのため、クロエが聞く。


 ソファの脇に控えているグリフォンのヒポヌスが「おうおう、ビックボスのお言葉だぞ、ああん?」と、クルクル鳴いた。


「負けは認めよう。だが、非公式の決闘だ。公表すれば白紙に戻す」


 ハンセン男爵はまだ強気なのか、憮然とした態度だ。


 貴族は何よりも威厳と権威を重んじる。

 要はメンツが大事なのだ。


 ハンセン男爵が無理を通して嫁を増やせているのは、ドラキアという戦力がいるからである。ミーリアに負けたとなれば、威光が落ちるのは明白だった。


 クロエが逡巡し、口を開いた。


「そうですね……。ミーリア男爵がそれでいいのであれば、問題ありません」

「お姉ちゃん――クロエ準男爵はハンセン男爵と結婚しません。それをまず認めてください。今後、結婚の話は一切ナシです。それなら公表はしませんよ」


(丸い顔を見てたらまた腹が立ってきた)


 めずらしくミーリアも強気である。


 ミーリアとハンセン男爵の視線が交錯する。


 ハンセン男爵はミーリアから目をそらさず、ドラキアに「本気だったら殺れるか?」と聞いた。


「まず不可能です。私の身体強化は王国一と自負しておりますが、攻撃を自動で防御されては手出しができません。魔法攻撃は爆発と閃光の魔法を先に撃たれて終わりです。この方を侮ってはいけません」

「……本当にドラゴンスレイヤーだったか……」


 ハンセン男爵が観念したのかうつむき、大きく息を吐いてから、勢いよく顔を上げた。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵、あなたの愛する姉を二日間も拘束してすまなかった」

「あ、はい」


 もっと駄々をこねられると思っていた矢先に謝罪されたので、ミーリアは面食らった。


「父上!」

「なぜ謝罪など!」


 長男と次男が驚きでソファから尻を浮かせた。

 ハンセン男爵は息子たちの声を無視し、ミーリアを見つめる。


「約束通り、移民の通行税は無料としよう。クロエ嬢に婚姻を申し込むことも金輪際しない。これでよいか?」

「オッケーです。あ、念のため、書面でお願いしてもいいですか?」


 ミーリアは契約書を交わすことを思い出し、魔法袋から二枚の羊皮紙を取り出してテーブルに置いた。


「ドラキア」

「はっ」


 ハンセン男爵が顔を向けると、ドラキアが羊皮紙を確認する。


「問題ないかと」

「うむ。では、執事に書かせろ」

「承知いたしました」


 ドラキアが羊皮紙を持って退室し、数分で戻ってきた。


 文面を確認すると、通行税とクロエの婚姻について書かれていた。内容は先ほど言った通りだ。


 ミーリアとハンセン男爵が二つの羊皮紙にサインをして、契約書は完成となった。


「アトウッド男爵とお呼びしたほうがいいか?」


 ハンセン男爵がミーリアに尋ねる。


「ミーリアで大丈夫です。かしこまって呼ばれるとむずむずしてしまうので」

「ではミーリア嬢。他に何か聞いておきたいことや儂に質問はあるか?」


 ハンセン男爵は言い争いをしていた姿と違い、貴族らしい堂々した振る舞いでミーリアを見つめた。


(これは……私のことを認めてくれたっぽいね。まあ、こんなちんちくりんな娘が男爵芋って言われても納得しづらいのはわかるよ)


 ミーリアはうなずいて、気になっていたことを聞いた。







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