第16話 魔力が六十倍
ミーリアはティターニアの「見ていればだいたいの事情はわかるけど――」という言葉を疑問に思った。
「あれ? 師匠、見ていればって、私の家のこと知ってるんですか?」
「魔法よ。遠見の魔法があるの。なんでもできるって言ったでしょう?」
「ここから、家が……魔法すごい……」
「得手不得手があるからあまり期待しすぎるのもよくないけどね。さ、まずは事情からよ。紅茶を飲みながら話しましょう。クッキーもあるわ」
「クッキー!」
ミーリアは跳び上がった。
だが、すぐにクロエの顔が浮かんできて首を横に振った。
「師匠、クロエお姉ちゃんに申し訳ないので、クッキーは遠慮しておきます……すごく食べたいけど……とっても食べたいけど……」
「子どもが遠慮するものじゃないわ」
ティターニアはミーリアの頭を撫でて、にこりと笑った。
ミーリアの髪はさらさらのふわふわであった。
「――これはくせになりそうね」
「師匠? 何か言いました?」
「いえ、独り言よ」
ティターニアは、クロエがよくミーリアの頭を撫でている理由がわかった。
「それより、遠慮しないでちょうだい。聡明なクロエのことだから、あなたが幸せにしているほうが喜ぶわよ。考えればわかるでしょう?」
「あっ……! お姉ちゃんならきっと、気にしないで食べなさいって言うと思います」
「あなたはもっと自分の幸せを考えたほうがいいわ。他人に気を使いすぎるのもかえって失礼なのよ」
「そういうものですか?」
「ええ。あなた、八歳にしては妙に大人っぽいわね。神の加護かしら? 何にせよ、もっと自分の好きに生きなさい。これ、今後の課題ね」
「わかりました」
素直にうなずいて、ティターニアの言葉を胸に留めておこうとミーリアは思った。
(自分の好きに生きる、かあ……)
前世ではダメ父の世話ばかりしていて、たまの楽しみは祖母との会話だった。
自由に生きる。
言われてすぐにイメージがつかない。
ミーリアはクッキーに目を落とした。
(クロエお姉ちゃんにもクッキーを持って帰れればいいんだけど……無理だな。万が一、誰かに見つかったら言い訳のしようがないよ)
クッキーをおみやげで持ち帰ることは早々にあきらめた。
家族に目をつけられて自由に動けなくなるほうが遥かに不利益である。
「さ、話してちょうだい。簡潔にね」
ティターニアに催促されてミーリアは自分の置かれた状況を話し始めた。
話を聞くにつれて、ティターニアの表情が険しくなっていく。
領主は脳筋でアホ、母親は事なかれ主義、長女は針のむしろ、次女が浮気出戻りで性悪女、婿養子がロリコン、ミーリアは商家(笑)に嫁がされる予定――エルフ族の母なる世界樹ですら枯れそうなひどい家庭内に、ティターニアは長い耳をしきりに上下に動かして天をあおいだ。
エルフであっても家庭内事情には何かクルものがあるらしい。
「そんなこんなで、十二歳でアドラスヘルム王国女学院へ入学する作戦なんです」
「へえ。そんな学校ができたのね。いいじゃない!」
これにはティターニアも賛成のようだった。
「正式な手続きでこの地を出る。賢明ね。ミーリアの置かれた状況を考えると、脱走したら誰かが追ってきそうだわ」
「脱走は魔物領域があるから難しいんじゃないですか?」
「魔法があれば余裕よ、余裕。空を飛んで南方のハマヌーレまで飛べば済むことよ。あ、ハマヌーレ、まだある?」
「ハンセン男爵領の首都ですよ」
「へえ、村にカーバンクルの前髪が生えた程度の大きさだったんだけどね。ずいぶん発展したのね」
「クロエお姉ちゃんの話だと、羊毛の貿易で儲けているそうです」
「ふうん。まあどうでもいいけど。それよりもクロエが心配ね。ミーリアを教えるついでに私が力を貸してあげよっか?」
「いいんですか! ありがとうございます! むしろそっちメインでお願いします!」
「なーに言ってるの。あの子、相当自頭が良さそうだから手を貸すだけよ。私はあなたの師匠なの。ガラクシア・アトウッドとの約束もあるしね」
ティターニアが笑いながら肩をすくめた。
ミーリアがぺこぺこ頭を下げるのがツボだったらしい。
「学院で色々な人とかかわりを持つのも、あなたの人生にプラスになるでしょう」
「わかりました!」
ティターニアが今後の計画を修正してくれる。
「ミーリアは魔法訓練をして四年後に女学院試験を受ける。魔法が使えれば合格は間違いないと思うけど、今後の生活のために一般教育も勉強しましょう」
「はい、師匠」
「まず手始めに、ここに来るのがバレないよう、隠蔽系の魔法を覚えるのがいいでしょうね」
「スパイってことですね?」
「……ちょっと違うけど、そんな感じよ」
「楽しみです!」
ミーリアは中学校の図書室にあったスパイ小説を思い出していた。
「変な子ねえ……。クロエには千里眼の魔法で女学院の選抜試験がどういった傾向か調べて、共有し、必要であれば知識を授けるわ。クロエは家から抜け出すとまずいんでしょ?」
「そうなんです。クロエお姉ちゃんは労働力としてカウントされているので、ラベンダーの収穫が終わると家からあまり出られないと言ってました」
「仕方ないわ。ミーリアが口頭で伝達しなさい」
「了解ですっ」
「あとは私ね」
「師匠ですか?」
「百五十年眠っていたせいでまだ身体が本調子じゃないのよ。家でダラダラ過ごすわ。できれば十年ぐらい。あと、アトウッド家に顔を出したりは絶対にしないから、何かあってもあなたたちで解決しなさい。なぜなら……面倒くさいからね」
彼女はエルフらしく、自由で気が長く、そして気まぐれだった。
方針が決まったところでクッキーと紅茶を堪能した。
(クッキーおいしい)
異世界で食べるクッキーは格別だ。普段食べる塩スープがまずいおかげで、よりクッキーの美味しさが際立っている。ワサラの果実の十倍美味しい。
話も終わったところで魔法訓練となった。
ティターニアの家から出て、庭で二人は向かい合う。
ティターニアがミーリアの両手を取った。
「ちょっと魔法を使ってみなさい。何が使える?」
「風を起こす魔法が得意です」
「じゃあ風ね。私の髪を揺らす感じでやってちょうだい」
「わかりました」
ミーリアは集中して魔力を練り、扇風機の弱パワーをイメージして風を起こした。
ティターニアの金髪が風に揺れた。
「全然ダメね」
「あう……すみません」
「でも、もっと良くなるわ」
「本当ですか?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ」
「サイトウさんですか?」
「……誰よサイトウって」
「いえ、なんでもないです。ちょっと思いついただけです」
「ちなみに、どんなイメージで魔法を使っているの?」
「血液が循環するイメージで魔力を動かしてます。本に書いてあったので」
ティターニアはとんでもないと言いたげに、ミーリアの両手を離して首を横に振った。
「私があなたを見つけてよかったわ! 人間の魔法使いならそれでもいいでしょうけど、あなたの保有魔力だとそのイメージじゃ十分の一も運用できないわね」
「私って普通じゃないんですか?」
「私の三倍ぐらいあるんじゃない?」
「師匠の三倍……?」
「そうよ。えーっと、前に会った王宮魔法使いが私の二十分の一ぐらいだったから、あなた一人で王宮魔法使い六十人分ってとこかしら? いいわよ。あなたすごくいいわ。わくわくしちゃうわね!」
「わ……わくわく……?」
とんでもない話になってきた。
王宮魔法使いはアドラスヘルム王国選りすぐりの魔法使いだ。
(師匠は二十倍……わたしは、ろ、ろくじゅうばい……)
ミーリアは「ユーは天才です!」といきなり言われた人はこんな気分になるのだろうかと、何度も両目を瞬いた。
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