第15話 師匠のもとへ


 甘いクッキーを食べ終えた二人は高品質ラベンダーの収穫をして、就業の合図に合わせて帰宅した。


「ミーリア、急ぎましょう」

「うん」


 ミーリアとクロエは手をつないで早足に帰宅する。

 咲き終わりのラベンダー畑は紫色がまばらになり、緑が目立っていた。


 家に着くと、玄関で次女ロビンが腕を組んでいた。待ち構えていたらしい。


(げえっ。地雷次女!)


 割と整っている顔つきが、強引で自分本意な性質を押し上げているように見えた。

 ミーリアは思わずクロエの手をぎゅっと握った。


「チビ! クロエ! あなたたちが最後よ! 北側で見たって村人がいたけど、なぜそんな遠くまで行ったの! 答えなさい!」


 金切り声を上げる次女ロビン。


(次女ロビンは目ざといって聞いてたけど、ここまでとは思わなかった)


 常に他人のアラを探しているのだろうか。


(北側の森に行ったってバレたら大変なことになるよ……エルフの師匠ができたなんて……口が裂けても言えない……!)


 ミーリアは恐怖して顔を引きつらせた。

 ポーカーフェイスなどできないタイプである。


「見せて見なさい!」


 ロビンはクロエが手に持っているカゴを覗き込み、乱暴に叩いた。


「あっ!」

「全然収穫できてないじゃない! 二人で遊んでいたんでしょう!?」


 パンが“戻る”発言事件から、ミーリアに追加してクロエも当たりが強くなっていた。


(お姉ちゃん!)


 ミーリアは魔法を使おうと身構える。


 だが、クロエの「女学院に入るまで誰にも見つかってはならない」という言葉を思い出して、ぐっとこらえた。

 クロエはカゴからこぼれたラベンダーを拾い、背筋を伸ばした。


「ロビンお姉さまはご存知だと思いますけど、収穫の最終日、高品質のラベンダーはほぼ残っておりません。百本あるうちの一本と言われている高品質ラベンダーは探すのも大変ですし、私が今まで真面目に収穫をして十分な量は確保してあります。今年のジャムを作る量には足りているはずです。何かおかしいでしょうか?」


 やはりクロエのほうが一枚上手だった。


 次女ロビンは言葉に詰まる。

 やがて言葉ではかなわないと思ったのか、ミーリアに目を向けた。


「チビ! またワンピースを汚しているじゃないの!」


 お尻ビシバシの刑かと硬直するミーリアをクロエが引っ張り、腕を伸ばしてきたロビンをくぐるようにしてかわした。

 足早にその場から離れる。


「ロビンお姉さま、夕食の時間です。行きましょう。私たちは手を洗ってきます」


 クロエのおかげでどうにか難を逃れることができた。

 ミーリアは手を引かれながら振り返る。


 ロビンが歯噛みしている姿を見て背筋が冷たくなった。


(家族に向ける態度ではない気がするよ……。こじらせるとああなっちゃうのかな? クロエお姉ちゃんがいなくなったあとが怖い)


 次女ロビンが一刻も早く嫁に行くことを念じて、ミーリアは手洗い場に向かった。



      ◯



 翌朝、アトウッド家はラベンダーの加工で騒がしかった。


 この日ばかりは領主アーロン、婿養子アレックスも狩りに行かず、高級ジャムの製造を手伝う。


 手伝いの村人が十名庭先で忙しく動き回り、母親、長女、次女ロビン、四女、五女、がラベンダーを長方形の板に一本ずつ並べて仕分けしていた。ここからさらにラベンダーを選定していくようだ。クロエもラベンダーの入ったカゴを抱えて働いていた。


(あれ? ラベンダーから魔力が出てる……?)


 ミーリアは皆が働く姿を陰から見ていた。


 高品質ラベンダーとアトウッド家で呼ばれているもの、実は魔力を内包したラベンダーであった。人間領域と魔物領域がせめぎ合っている特殊な環境化で育ったラベンダーに、稀に魔力が宿るようで、初代領主ガラクシア・アトウッドがエルフのティターニアから魔力のない人間でもできる選別方法を伝授された。


 初代領主は門外不出の選定方法として、代々口伝で家族に言い伝え、やがてその方法だけが残っていた。

 高品質ラベンダーの収穫を許された村人は、村内でも尊敬を集める存在となっている。


 今日手伝いに来ている十人は選抜された収穫者たちであった。


(今ならこっそり抜け出せるね。クロエお姉ちゃんと一緒に行きたいけど……気にするなって言ってたし……行こう!)


 目指すはエルフの待つ北側の森だ。


 はやる気持ちを抑えて、のんびりてくてくと歩いていく。

 ぼんやり七女、みそっかす七女、そういった周囲の評価を変えるわけにはいかない。


 途中、村内にある綺麗な池で喉を潤して、ミーリアは北の森に到着した。


(北側に村人はほとんどいないよね。あれかな? 北側に師匠がいるから、わざと村人の住む家を東、西、南に集中させているのかな? 初代さんがそうやって村を作ったのかもしれない)


 ミーリアの予想は的中していた。


 村人でエルフの存在を知っている者は皆無であるが、事実、ティターニアの存在を考慮して村の設計がなされている。

 空白地帯ボーダーに立って、首筋に妖精の警告を感じていると、ふいにふわりと身体が浮き上がった。


「あ? え?」


 魔法がミーリアの身体を運び始めた。


(またこれぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇええぇっ!?)


 強烈な勢いですっ飛んでいくミーリア。叫ぶ暇もなかった。


 ものの数十秒でティターニアの家に着くと、エルフの師匠がにこやかに出迎えてくれた。


「待ちくたびれたわ。老人の散歩じゃないんだから、駆け足できなさい」

「ごめんなさい。あの、色々とわけがありまして……」

「あなたの家を見ていればだいたいの事情はわかるけど、詳しく聞かせてちょうだい。人族の時間は有限だから一秒も無駄にできないわ」


 ティターニアはエルフのくせにせっかちな性分のようであった。


 ミーリアは百五十年寝ていた人の言い方には思えず、ちょっと可笑くなった。

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