第33話 作戦会議
地下迷宮を脱出すると、空が白んでいた。
(時計魔法……もう午前四時か)
ミーリアは脳内で時間を確認する。
花壇の隅でアリアと顔を寄せ合った。
「アリアさん、亡霊ピーターの話だと魔古龍バジリスクは春の終わりに出てくると言っていました。今を逃すとチャンスは来年になります」
「ミーリアさん……まさかとは思いますが、討伐しに行くおつもりですの?」
アリアが不安気な目をミーリアに向ける。
ピーターの話によれば、バジリスクは春の終わりに現れる。
チェリーピーチが好物なので、群生地帯に行ったアリアたちが鉢合わせになったのでは、と考察していた。人間領域に出没することは滅多にないらしい。
「おばあさまが石化したのもちょうどこの時期でしたけれど……」
「アリアさん。私にまかせてください!」
ミーリアはドンと薄い胸を叩いた。
アリアは規格外の魔法使いであるミーリアならば討伐できるかもしれないと思うも、助けてもらってばかりで、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
魔古龍バジリスクは魔法使い数百人で討伐する魔物だ。討伐成功例は二回しかない。ちなみに百年前、デモンズが秘密裏に一体倒している。
ミーリアは煮え切らない表情のアリアを見て、笑顔を作った。
「友達を助けるのは当然のことです。私とアリアさんは友達ですから、ねっ?」
「ミーリアさん……」
その言葉に、アリアの瞳に涙が溜まっていく。
素敵な友人を得て、アリアは神セリスへ祈りたくなった。
「ミーリアさん。ありがとうございます。それでは、お願いしてもよろしいですか?」
「はい。おまかせください」
「その代わり、わたくしにできることはなんでもいたします。ミーリアさんは今後どんなことを目標にされているのですか? わたくしも、ミーリアさんの夢や目標のお手伝いをいたしますわ」
アリアは愛情深い女の子だ。
恩を受けたら、それを十倍にして返す。そういう心づもりであった。
「目標というか……私のマニフェストは“YES焼き肉、NO結婚”です」
「あの、申し訳ございません、わかるように教えてくださいませ」
「あ、ごめんなさい。えーっとですね、私は毎日焼き肉を食べたいんです。結婚はしたくありません。端的に言うとそんな感じです」
「……」
アリアが理知的な瞳をぱちぱちと開閉し、考える。
「焼き肉とは、具体的にどういったものなのでしょうか? お肉料理ですの? 公爵家が雇っているシェフにお願いすることはできますわ」
「よくぞ聞いてくださいました。焼き肉とはですね――」
ここからミーリアの熱弁が始まった。
焼き肉とはすなわち七輪に網を乗せ、その上で様々な肉を焼くことである。この世界にも焼いた肉を食べる文化はあるが現代日本まで発達していない。せいぜいが丸焼き、素揚げである。ジョジョ園の最強焼き肉ダレなど存在していないのだ。
「――よってですね、まずは食べれるお肉をすべて試すこと。タレを開発するところから始めたいと思っているんです」
「……聞いていたらお腹が空いてきましたわ」
「あ、ダボラちゃん食べます?」
ミーリアが魔法袋から焼き鳥を出した。
何度かもらっているので、アリアも慣れている。
「ありがとうございます」
「いえいえ。胡椒岩塩味でいいですか?」
「高級調味料ですけれどよろしいんですか?」
「アトウッド家に埋まってたの掘り返しただけなので、ジャンジャンいっちゃってください」
脳筋領主と次女ロビンが聞いたら、悔しがって地団駄を踏むセリフである。
美しい銀髪の少女と、ラベンダー色の髪をしたお気楽娘が、美麗な花壇の隅で焼き鳥を頬張った。世界は平和である。
「では、YES焼き肉、NO結婚――わたくしもお手伝いさせていただきますね。結婚に関しては回避方法が多数あるのでお力になれますわ。いつでも相談ください」
「それは心強いです」
ミーリアは二本目の焼き肉に取り掛かった。
(アリアさんさすが公爵家ご令嬢だよ。貴族関係のことは全然わからないからなぁ。今回のデモンズマップといい、かなり勉強になったよ)
ミーリアは焼き鳥を頬張りながら、アリアを見た。
「それじゃあ私はこの足で、師匠のところへ行ってきます」
「え? どういうことですの?」
急な話にアリアが声を高くした。
「師匠なら魔古龍バジリスクの生息地や、討伐方法を知っていると思います。さすがに準備していこうかなと思ってですね……」
「授業後ではダメなのですか? 私たち一年生は外出許可なしで外には行けませんよ? それに、無断外出で罰則一回ですわ」
「どのみち覚悟していました。大丈夫です。
「……わかりましたわ。どうにか誤魔化せないか頑張ってみます」
「同室の人にすぐバレちゃうと思うので、気にしないでください。それよりもこれを――」
ミーリアは魔法袋から金貨二千枚が入った箱を取り出し、地面に置いた。
アリアが何かと視線を向ける。
「金貨二千枚です。これでレシピの素材を集めてください」
ミーリアが箱を開けると、中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。
「え……こんな大金をどこで……」
「魔古龍ジルニトラを女王陛下に買い取ってもらったお金です。アリアさんのお家はお金がないと聞きました。だから、使ってください」
「ミーリアさん……ありがとうございます。これは父に言って必ずお返しいたします」
「いつでもいいですよ。正直、困っていたので」
女子高生がいきなり二億円もらっても困るのと同じで、ミーリアも金貨の扱いをどうするか悩んでいた。信用できるアリアのために使うのは素晴らしいアイデアだと思う。
それに、もしお金が必要になったら、魔物を狩ればすぐに手に入る。
(魔法袋に入ってる金と銀のインゴット百kgを売ってもいいしね)
例の大仏の形を模した、あのインゴットだ。
ちなみに鉄は四百t保管されている。ティターニアも知らない。
アリアが魔法袋に金貨をしまうところを見届け、ミーリアが寮の方向を見た。
「アリアさん。そろそろ部屋に戻ったほうがいいですよ」
「ですわね……」
アリアが空を見上げた。
朝日がのぼってきている。
「あの、姉にも石化解呪のレシピを伝えてもよろしいですか? とても喜ぶと思います。貴族とのやり取りは姉のほうが詳しいです。きっとミーリアさんの力になってくれますわ」
「もちろんいいですよ」
(ディアナさんも美人で素敵な人だよなぁ……ちょっと気が強そうだけど)
ミーリアは姉ディアナの銀髪ロングツインテールを思い出した。
そして黒髪ロングの愛する姉、クロエのことも思い出した。事前に言っておかないとまた心配をされそうだ。
「アリアさん、クロエお姉ちゃんに伝言をお願いしてもいいですか?」
「もちろんですわ」
「師匠に会ってバジリスク倒すから大丈夫だよ、と伝えてください」
「それだけで大丈夫ですの……?」
「はい。クロエお姉ちゃんならだいたいのことはわかってくれます。私と違って頭がいいので」
多分、全然ダメだと思う。
説明不足もいいところだ。
あと、魔古龍バジリスクを討伐すると言ったら卒倒する。
「わたくしから補足を入れておきますね」
色々と察するアリアは優秀であった。
「わかりました。ではアリアさん。私、行きますね」
「ミーリアさん。ご武運を――」
「オーケーです!」
ミーリアが焼き鳥の串を魔法袋へ放り込んで親指をビシリと立て、転移魔法を発動させた。
一瞬でミーリアの身体がかき消えた。
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