第27話 クロエの試験


 試験を受けさせろと言われ、金髪碧眼の女騎士アムネシアは無表情になった。


「失礼ですが、ロビン嬢のご年齢は?」

「年齢? 関係がありますの?」

「ですから、ご年齢はおいつくですか?」

「……今年で二十一ですわ」


 アムネシアは、おもむろにうなずいて目を閉じた。


「では、受験資格がございません。王国女学院・選抜試験は十二歳から十五歳までが条件となっております」

「な……な……なぁっ!」


 ロビンは完全な赤っ恥をかかされた。

 試験を受けたらいかがです、と言ったクロエを射殺すように睨んだ。


「さらに、神父への受験希望を前もって伝える必要があります。よって、ロビン嬢が選抜試験を受けることはかないません」

「……!!」

「ですが、特殊技能をお持ちでしたら王都へ推薦状を書くことはできます。何か特殊技能をお持ちでしょうか? 四桁の暗算ができるとか、王国に存在するすべての家紋を記憶しているとか、そういった他人が真似できない特技です」

「……」


 次女ロビンは黙り込んだ。

 うつむいて身体を震わせている。怒りが収まらないようだ。


(魔力循環、千里眼発動!)


 ミーリアはロビンがどんな顔をしているのか気になり、千里眼でのぞきこんだ。


(ひぃぃっ! 般若っ!?!?)


 ロビンは人間がしてはいけない顔をしていた。


(妖怪辞典のトップページですかぁ?!)


 ミーリアは恐ろしくなって、魔法を切った。


 アムネシアが家族の争いなどどこ吹く風で、大して気にもせず、クロエに向き直った。


「ではクロエ嬢、教会に案内してちょうだい」

「かしこまりました。それでは、失礼します」


 クロエがアムネシアを先導して、倉庫から出ていく。


「クロエッ! 覚えておきなさいよ!」


 次女ロビンが金切り声を上げた。


 アムネシア、女騎士二人が白馬に乗り、クロエがアムネシアの前に乗った。四人は振り返らずにアトウッド家から離れていった。


 ミーリアは見つからないようにこっそり倉庫から脱出する。ロビンに捕まったらストレスのはけ口にされそうだ。


(――どろん)


 祖母の影響か、相変わらず表現が古臭いミーリア。


 倉庫を出て、ラベンダー畑を進む。

 今日も晴天だ。上空でトンビらしき鳥が舞っている。


 ティターニアの家に行って、クロエの様子を魔法で見ることにした。足を村の北側へと向ける。


(クロエお姉ちゃん、頑張れ……!)


 ミーリアは愛する姉の合格を祈願した。



     ◯



 クロエは商業クラスが希望だ。

 選抜試験は「計算問題」「総合問題」「面接」の三種類が行われる。


 計算問題は膨大な量の計算式をひたすら解いていくもので、総合問題は一般常識から歴史まで幅広く質問される。面接では様々な問題を与えられ、口頭で解決策を答える。


 王国は本格的に人材を求めていた。



 ――数時間が経過した。



 クロエはすべてをこなし、採点を待っている。


(クロエお姉ちゃん……早回しみたいなスピードで計算問題を解いてたな……。面接でも十二歳とは思えない回答してたし。やっぱり天才?)


「クロエ、すごいわね」


 ティターニアが隣で言った。

 現在、師弟で仲良くクロエを覗き見ている。千里眼魔法は便利だった。


「合格は間違いないでしょうね」

「そう思いますけど、ドキドキします……」


 やがて、クロエの待つ教会にアムネシアが入ってきた。

 クロエがピンと背筋を伸ばした。


 二人しかいない教会には、ステンドグラスから淡い光がこぼれていた。


「ミーリア、集音魔法をお願い。こっちに共有して」

「了解です。魔力循環……集音魔法! 師匠に共有っ!」


 ミーリアは魔力を教会に飛ばし、音をティターニアに共有する。ペンダントを利用した、電話魔法の応用だ。


『クロエ・ド・ラ・アトウッドの試験結果を伝える』

『……はい』


 クロエは緊張した面持ちで、膝の上で拳を握った。

 合否で今後の人生が激変する。

 領地脱出か、それともハンセン男爵の妻か……運命の瞬間であった。


『計算問題・332点。総合問題221点。面接・優――よって、試験は合格とする!』

『……ッ!』


 クロエは大きな目を見開いた。歓喜で身体が震える。


 千里眼で見ていたミーリアとティターニアは、「わあっ!」と両手を上げて抱き合った。


『おめでとう、クロエ嬢。文句なしの合格よ。特に、計算問題が他の受験者より圧倒的に点数が高いわ……。素晴らしい成績結果よ』

『……ありがとう……ございます……!』

『遠くまで来たかいがあったわ。あなたに出逢えて、光栄に思います』

『そんな……ありがとうございます……』


 クロエはアムネシアの微笑みを見て、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


 息の詰まる食卓、向上心のない父親、貞操を狙う婿養子、意地の悪いロビン――日々の家族関係が思い出され、ついに領地を抜け出せる感動に胸が熱くなる。


『あなたのお姉さん、噂の浮気出戻りの次女でしょう?』

『……ええ、そうです』

『あの人を相手にするのは苦行に近いでしょうね……。今まで頑張ったわね』

『妹が一緒だったので……耐えることができました』

『妹さんに感謝ね。さあ、出発の準備をしましょう。あなたの未来が今よりも輝いているのは純然たる事実よ。これから自分のため、王国のために才能を使ってくれることを心から祈っているわ』

『はい……!』

『あなたの新しい人生はここから始まるのよ。女学院には優秀な人材が集まっているわ。楽しみにしていてね』


 喜んで泣いているクロエは、いつしかミーリアと別れる寂しさで胸がいっぱいになっていた。 


(クロエお姉ちゃん……)


 ミーリアもわかっていた。

 二年間会えなくなる。家でぼっち生活のスタートだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る