第16話 旧アトウッド家では


○アトウッド家一覧


 領主 アーロン・ド・ラ・アトウッド 63歳

 妻  エラ   53歳 

 長女 ボニー  26歳 

  婿養子 アレックス・モルガン・ド・ラ・アトウッド

 次女 ロビン  23歳 地雷女

 三女 クララ  19歳 嫁ぎ先 クルティス家

 四女 ジャスミン17歳 嫁ぎ先 ダレリアス家

 五女 ペネロペ 16歳 嫁ぎ先 クルティス家

 六女 クロエ  14歳 準男爵・グリフォンのビックボス 

 七女 ミーリア 12歳 男爵芋・ドラゴンスレイヤー


――――――――――――――――――――




 食卓には凍てついた空気が流れていた。


 元領主アーロン、婿養子アレックス、長女ボニー、地雷女ロビン、事なかれ主義の母エラの五人が沈黙の中、食事をしている。


 カチャカチャとフォークやスプーンの音だけが響いていた。

 今日の食事もいつも通り、節制した献立だ。


「くそっ」


 山賊の親玉のような風体の元領主アーロンが、焼いた肉にフォークを突き刺した。

 ロビンが空から落ちてきて以来、機嫌が悪い。


「……あなた。いつまで狩猟をなさるおつもりですか。狩猟道具など節約してお金を返さないと……王都から取り立て屋が来ますよ……」


 妻のエラがたまらずといった様子で言う。

 事なかれ主義の彼女が発言するなど数十年なかったことだ。


 金貨三十枚――日本円換算で三百万円の借金が、保守的なエラを突き動かしていた。彼女の頭には、とにかく権力者には従うという一点のみしかない。


 ただでさえ領地内におけるアトウッド家の評判は最悪だ。


 元からロビンの奇行のせいで最低だったものが、今回の件で最悪になったと言える。


「村人たちの目が冷たいんですから……」


 エラが深くため息をつく。


 世間体ばかりを気にしている証拠であった。

 魔の森に阻まれた閉鎖的な領地では噂が広まるのは早い。


 ロビンが空から降ってきてからというもの、アトウッド家の権威は完全に失墜した。その代わりに村人のほぼ全員が、王国女学院に行った六女クロエと七女ミーリアを最後の希望として認識し、帰還するのを心待ちにしていた。


 生きていくだけで精一杯なこの村を、六女と七女ならどうにかしてくれると思っているらしい。できることなら四女ジャスミンのように、自分たちも王都へ脱出させてほしいと願っていた。もちろん二人にはそんなつもりまったくないが。


「黙れ!」


 アーロンがテーブルを思い切り叩いた。

 馬鹿力の振動でスープが半分ほどこぼれる。


「地雷女の借金をなぜ俺が払わねばならんのだ! 王都で豪遊して調子に乗ったあげく、借金を作りやがって。公爵家に目をつけられるなどバカのやることだ!」


 アーロンがツバを飛ばして斜め前にいるロビンを指差す。


 あれから何度目の指摘か、ロビンが声を荒げた。


「わたくしは何も悪くありません! すべてミーリアとクロエが仕組んだことです!」

「くそっ! 恩知らずが!」


 アーロンは脳筋である。

 言った言葉をすぐ鵜呑みにした。


 すると、婿養子アレックスがそばかす顔を揺らし、へらへらと笑いながら口を開いた。


「クロエとミーリアちゃんのせいではないでしょう。公爵家の名前があるんですよ? ロビンさんがよほど粗相をしたとしか思えませんけどねぇ……」


 いつもロビンになじられているだけあり、アレックスがここぞとばかりにねちねち攻める。


「公爵家の名を勝手に使ったら即投獄ですよ。頭のいいクロエがそんなミスしないですって。お義父さん、ロビンさんは嘘をついてますよ」


 アレックスがにやりと笑うと、ロビンが顔を真っ赤にした。

 アーロンはやはりそうかとロビンを睨む。


「金貨三十枚はおまえが返せ! どこかに売り飛ばしてやる!」

「絶対に嫌ですわ!」


 ロビンがテーブル叩く。


「ミーリアが金を持っています! あいつを呼び寄せて払わせましょうよ! 魔法が使えるかなんだか知らないけど、どうせクロエの悪知恵で稼いだに違いありませんわ!」

「あいつはいくら持ってるんだ?」

「金貨千枚以上は持っているはずですわ」

「千枚だと?! すべて俺たちの物だろうが。ぼんやり娘を育てた恩を払わせる!」


 どこかで聞いたような会話が繰り広げられる。


 エラはため息をつき、アレックスはミーリアの名前を聞いて舌なめずりをした。


 すると、今まで一切発言してこなかった長女ボニーが顔を上げた。


 ボニーは目鼻立ちのはっきりしたクロエと似た顔つきであり、本が好きで自頭がよく、以前は家計のことに意見していた。


 しかし、アレックスと結婚してから子どもができず、アーロンから文句を言われ続けて塞ぎ込んでいた。心無い言葉に深く傷つき、顔を伏せていることがほとんどであった。


 そんなボニーが真剣な目で全員を見回したので、家族たちは息を止めた。


「ミーリアを力ずくで連れてくるのは無理でしょう。領地を出ていくときのことを忘れたのですか? ロビンを魔法で一日動けなくさせたんですよ? どうあがいてもあの子を従わせるなど不可能です」


 長女ボニーはミーリアが出立する際にかけたヒーリング魔法の効果を思い出し、手に届かない存在になったと実感した一人であった。


 ミーリアが閃光魔法を放ったあと、光が飛んできてふっと身体が軽くなるのをボニーは見たのだ。あれはあの子の魔法だったと、解釈している。


 ボニーの発言に、アーロンもロビンも黙り込んだ。


「お父さまがクロエをハンセン男爵の妾にしようとしたことがすべての間違いです。クロエにべったりだったミーリアの恨みを買ったのは間違いありません。それに、クロエほど優秀な子をないがしろにしたのも間違いです。あの子に領地経営を任せたほうがよかったでしょう」


 今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、淡々とボニーが言う。


「お父さまはお母さまの言う通り、節制をして借金を返してくださいませ」


 アーロンが反論しようと睨むが、ボニーは悟ったような目をしていた。

 一瞬ひるんでしまったアーロンは盛大に舌打ちをして、誤魔化すように肉にかぶりついた。


「お姉さまはミーリアとクロエの肩を持つんですの?」


 ロビンが咎めるような目をボニーへ向ける。


「ええ。クロエは村の仕事をしっかりとしてくれていたわ。ミーリアも静かで良い子だった。人様の婚約書状を使って豪遊する次女と違って、迷惑もかけなかった」


 ボニーの発言に、ロビンがぴくりと眉を動かす。


「……私は悪くありません。何も悪くありません」

「悪くないならなぜ借金があるの?」

「仕組まれたことだからです」

「公爵家の名前があるのに?」

「何かの間違いです」

「勝手に公爵家の名前を使えば重罪よ。賢いクロエがそんなことするわけないわ」

「……公爵家もグルなんです」

「ではあなたが公爵家を敵に回したのね」


 ボニーの無機質な声に、ロビンがたまらず立ち上がった。


「ああああああああぁぁぁあっ! 今頃わたくしは公爵家の貴公子と結婚しているはずだったのに! 間違ってる間違ってる間違ってる! 間違ってるわこんなの!」


 ロビンが癇癪を起こして椅子を蹴り飛ばし、自室へと去っていった。


 大きな足音と扉を閉める音が響く。


 食卓にはまた沈黙が落ちた。


 ボニーとしては、もう開き直ってこの家をどうにかするしか生きていく道はないと感じていた。


 三女クララ、五女ペネロペが他家へ嫁ぎ、四女ジャスミンはクロエとミーリアのいる王都に行ってしまった。この家に残ったのは長女の自分と次女ロビンだけだ。


「お父さま。村人たちに頭を下げて、領地開拓をすべきだと思います。小麦ができれば生活は楽になります」

「頭を下げる? 俺が?」

「はい」

「騎士爵位持ちのこの俺が?」

「はい。村人たちの気持ちは完全に離れています。ですから、お父さまがしっかりしないといけません」

「……貴族が平民に頭を下げれるかよ」


 アーロンが顔をそむけ、肉を噛みちぎる。


「ボニー、貴族が頭を下げるのは違うと思うわ」


 妻のエラが以外にも首を振る。

 エラは何よりも体裁と世間体を気にしているため、貴族に強い執着があるようであった。


「そうですか」


 ボニーが淡々と返事をし、隣にいるアレックスへと視線を向ける。

 夫であるアレックスはスープをかき混ぜながら「ミーリアちゃん……」と小声でつぶやいていた。


 ボニーはミーリアとクロエに助けてほしいとわずかに考えてしまい、自分の思いを即座にかき消す。


 今までこの領地に絶望して何もしてこなかった自分が悪い。少しでも現状をよくしようと動いて、あがいてみようと思った。


 一方、アーロンの騎士爵剥奪を告げる紋章官は、着実にアトウッド家へと近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る