第5話 どうにかしないといかん


 支配人が思い出すように宙を見ながら、口を動かした。


「そういえば少々不思議な点がございます。ロビン嬢はかなり熱心に、指輪やネックレスを試着しておられました。対応した者の話ですと、ジャスミン嬢と自分は体型も髪色もほぼ同じだからと……加えてジャスミン嬢は視力が悪くて容易に出かけることはできないとも。それにしては、初めて高価な宝石を自分のために買うような、そんな反応をずっとしていたと使用人は言っておりした」


(いやいや、体型も髪色も全然違うでしょ! ジャスミン姉さまは小柄で細身、髪は私と似てるラベンダー色。ロビンは身長170で脳筋似の黒髪!)


 ミーリアは思わずクロエを見た。


「自分用に買ってるわね」とクロエ。

「間違いないよ」とミーリア。

「ジャスミン姉さまは王都のどちらにいらっしゃるのかしら?」

「――あ」


 ミーリアは支配人の言葉とクロエの質問で、衝撃的な予想が頭の中でひらめいた。


「なんてこった……」

「どうしたのミーリア?」

「お姉ちゃん、私の考えを話してもいい?」

「何かしら?」

「多分なんだけど、ロビン姉さまはジャスミン姉さまを連れてきてないと思う」

「え? なぜ……?」

「あの人の性格上、そうだと思うんだよね」

「でも婚約したのはジャスミン姉さまでしょう? 連れてこなければどうにもできないわよ」

「それはほら、適当に反故にするつもりじゃないかなぁ? とりあえず、アトウッド領から抜け出して、王都に来たかったんだと思うよ」

「待って、意味がわからないわ……」


 クロエは頭が痛くなってきたのか、右手で額を押さえた。


「ロビン姉さまが、ジャスミン姉さまを先に結婚させるとは思えないよ。自分が結婚できないならジャスミン姉さまは結婚させない、とか言い出すと思う」

「……あり得るわ……むしろ、それしかないと思うわね……」


 クロエはロビンの高笑いを思い出して、身震いした。


 一般常識や良心が通用しない人物だ。

 ミーリアの説は説得力に富んでいた。


 静かに話を聞いていたアリアが、いよいよ緊急事態だと表情を引き締めた。


 支配人ゲーデルもすっかり話に聞き入っており、天変地異で世界がひっくり返ったぞ、どこに逃げたらいい、と作戦会議をしている生き残り人類みたいな様相になっていた。


(先回りして止めないと、他の貴族に大迷惑をかけることになるよ)


 ミーリアは久々の緊張感に、拳を固く握った。


(さっきから何度かロビン姉さまの内包する魔力を探してるけど、うまくいかない。王都は人が多すぎるよ!)


 ソナー魔法を何度か打ち出してみが、あまりに反応が多くて、ロビンを特定できない。


 時間をかければ場所は見つけられそうであるが、それなら請求書から場所を特定したほうが早そうだ。


(あと、婚約パーティーに出席するのだけは阻止しないと。何するかわかんないよ、あの人)


「ロビン姉さまは男漁りのため、確実に婚約パーティーに出席しようとするわ。これはどうにかして止めないと……」


 クロエも同じことを考えていたのか、黒髪をかき上げてため息をついた。


「恐れながら発言させていただきます」


 支配人ゲーデルが静かに頭を下げた。


「私の記憶によると、婚約パーティーの日程はまだ決まっておりません。しかし……本日午後五時から、未婚貴族たちによる人気の社交パーティーが開催されます。ロビン嬢がジャスミン嬢をお連れしてお披露目をするとおっしゃっていたのを思い出しました。おそらくは……ロビン嬢はご出席されるものかと思います」

「今日の五時ですか?!」


 ミーリアは思わず聞き返してしまった。


(未婚貴族が集まるパーティー……あの地雷女絶対やらかすよ! てか絶対に一人で行くでしょ?! ヤバい……行かせたら絶対にヤバいよ!)


「五時!」

「はい、五時でございます」


 支配人が、高級な皿を割ってしまったメイドのような、悲しい顔で言った。


(時計魔法――現在、二時十分――)


 ミーリアは魔法で時間を確認する。

 パーティーまであと二時間五十分だ。


 クロエが支配人の話を聞いて逡巡し、考えを瞬時にまとめてミーリアを見た。


「ミーリア、魔法でロビン姉さまの居場所を特定できない?」

「やってみたけど無理だった。王都は人が多すぎて、一つの魔力を特定するのが難しいの」

「じーぴーえすはどうなの?」

「本人に会ってくっつけないと追跡できないよ」

「そう……」

「ごめんね、お姉ちゃん」


 ちょっと落ち込むミーリアをクロエが撫でて、顔を上げた。


「では、私たちもその社交パーティーに行くしかないわね。とにかくあの人を捕まえて、話を聞かないといけないわ。ミーリアの参加は主催からしたら大歓迎でしょう」

「そうだね。うん、会うしかないね」


(めっちゃ会いたくないけど)


 顔の筋肉がひくつくミーリア。


「支配人さま、恐れ入りますが私とミーリア用の装飾品を見繕っていただいてもよろしいでしょうか? 男爵と準男爵がパーティーに出ても恥ずかしくないものでお願いいたします」


 クロエが支配人を見て言った。


「もちろんでございます。お二人に付けていただけるならば、宝石たちも喜ぶでしょう。ドラゴンスレイヤー殿に買っていただけるとは、身に余る光栄にございます」

「それから、このことは他言無用でお願いいたします。もちろん、ミーリアが貸し一つ、ということで……特にミーリアは今後が期待できる魔法使いです。損はないはずですわ」

「承知いたしました。このようなこと、言えるわけがございません。ドラゴンスレイヤー殿との縁を結べるなら嬉しい限りです。魔法誓約書を交わしてもかまいません」


(とりあえずお姉ちゃんにまかせておこう……)


 ミーリアは横で黙って聞いていた。


 魔法誓約書は両者で取り決めをし、約束を破ると書状が燃えるという、噓発見器のような役割を持っている便利アイテムである。一枚金貨五枚――日本円で五十万円ほどするので、大切な取引で利用される。


 今回、ここで魔法誓約書を使うと、貸し一つという口頭約束が法的な意味を持ってくる。内容は精査すべきだ。


 クロエがどうしたものかと考えていると、アリアが「お姉さま、支配人なら信用できますわ」と太鼓判を押してくれたので、魔法誓約書はなしとなった。断ると、支配人とグリフィス公爵家のメンツを潰してしまいかねない。


「あとは支配人が知っているドレスショップも紹介いただけると助かります。私とミーリアはドレスを持っていないのです」

「はい。それならば、ロビン嬢におすすめしたドレスショップがございます。今の話しぶりからすると、そちらでも請求書払いをされているかと存じますので……向こうの店でも情報収集しながら購入されるのがよろしいかと。商品を追加で買っていただけるとなれば、向こうも口が軽くなるでしょう」

「それはいい考えですね。ありがとうございますわ」


 クロエがにこやかに礼を言った。


 店の名前を聞いて請求書の束を探すと、そのドレスショップの名前もあった。


(おおう……金貨八枚分買ってるじゃん……八十万円……)


 ミーリアは請求書の金額にため息が漏れた。


 ちなみに宝石店ムレスティナで購入した金額は金貨十五枚――百五十万円分である。


 宝石店とドレスショップだけで二百三十万円。

 妹の金でここまで散財できるのはある意味才能かもしれない。



      ○



 その後、支配人ゲーデルに部屋を出てもらい、あらためて話し合いをした結果、ミーリアは請求書の支払いを済ませることにした。


 ここで請求金額を払わないとなると、また宝石店ムレスティナに借りができてしまう。


 さらには相手貴族にも迷惑がかかる。


(アトウッド家に半額支払わせて、ざまぁしたいところだけど……相手の貴族さんも被害者だからなぁ……だって私に話が通ってるって信じてるんだもんね)


 クロエとアリアは、貴族になりたてのミーリアの評判を心配していた。「ドラゴンスレイヤーは請求書を踏み倒した」「ケチな女の子だ」など、人に噂をされてミーリアが嫌な気分になったらかわいそうだ、というクロエの気持ちもあった。


 もっとも、ロビンを見つけたら買った物はすべて没収する腹積もりである。


(一兆パーセント、ボッシュートするかんね)


 ミーリアは着ている洋服をひっぺがす魔法を開発しようと誓った。


(お金はいいんだよ。金貨十二万枚あるから……)


 脳内で独りごちるミーリア。

 魔法袋には大量の金貨が眠っている。


(人に迷惑かけるのが本当にないわ。注意してやりたいよ……言えるかわからないけど)


 ミーリアは前世で父親に対して、一度も意見したことがなかった。


 何を言っても怒鳴られたし、ひどいときは張り手が飛んできた。

 ロビンの行動はどこか前世の父親を思わせるものがあって、本人を目の前にして意見を言えるか自信がない。あの顔を見ると、心がギシギシと軋むような気がするのだ。



      ○



 支配人ゲーデルはミーリアを不憫に思い、装飾品の代金をかなり割引してくれた。


 アリアが張り切って試着を手伝ってくれ、ミーリアは髪色に合わせたアメジストが入ったバータイプイヤリング。留め金はソフトクリップ。首元には細いシルバーチェーンに花柄のダイヤモンドが付いたネックレスだ。


 クロエはアリアとミーリアの勧めもあって、フローズンフラワーという雪結晶の形をした宝石のイヤリングを購入した。ネックレスは以前ミーリアが手紙に同封した、ゴージャスな手作り製のものを付けていくそうだ。使いどころがようやく来た、という形だ。


 お値段は合計で金貨十二枚。

 結構な割引だとアリアが耳打ちしてくれた。


 店を出るまで、すべて支配人ゲーデルが対応をしてくれ、ミーリアはまた機会があったら来たいと思った。


(お姉ちゃん、アリアさんと買い物……楽しい)


 思いもよらぬ楽しみを発見した気分だ。ただ、もっと食べ物系がよかったが。


「今日の支払いはいつか絶対に返すからね」


 クロエがミーリアに言った。

 多少のアルバイトはしていたが、クロエに余裕はない。


「いいよいいよ。一生返さなくていいよ」

「そういうわけにもいかないわ」


 そんなやり取りをしつつ、三人はドレスショップに向かった。


 そこで、またしてもあり得ないことを店員に言われ、三人は固まった。


「ロビン・ド・ラ・アトウッド嬢は……四女ジャスミン嬢の婚約先であるナイル家の書状をお持ちであったので、先方に確認を取り、請求書払いとさせていただきました」

「はい? ナイル家? ダレリアス家じゃないんですか?」

「いえ、ナイル準男爵家で間違いないですわ」

「ナイル家?」

「はい、ナイル家です」

「……」


(いやいやいや、どゆことぉ!? ダレリアス家じゃないの?! 二つの家と婚約オーケーしてるってこと?! 訳が分からなすぎてありえナイルッ!)


 またしてもつまらないおやじギャグが出てしまうミーリア。


(ダメだあの人……早くどうにかしないと……!)


 ミーリアは急いでドレスを選び、パーティー参加の連絡を主催者にするのであった。






――――――――――――――――

「転生七女ではじめる異世界ライフ~万能魔力があれば貴族社会も余裕で生きられると聞いたのですが?!~」


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