第32話 亡霊の正体
亡霊の謝罪を受けたミーリアとアリアは別室に通された。
中央部屋の奥に隠し扉があったらしく、中は薬品の実験器具でごちゃごちゃした研究室みたいな部屋だ。亡霊なのに律儀にドアを使うのが、ミーリアは面白く感じた。
「アリアさん、いきますよ」
「お願いいたします」
「洗浄魔法――あれ? 落ちない? 洗浄、洗浄、洗浄、洗浄――」
紫の塗料は頑固だった。
(全然取れないじゃん。よし、洗濯機みたいなイメージで、あわあわ洗浄魔法!)
ミーリアの手から魔法が発射されて泡まみれになるアリア。
やっと染料が落ち、ミーリアも自分を洗浄する。
「よし。綺麗になった! 乾燥もしてと。それじゃあ亡霊さん、お話を聞きましょう」
『いや……その塗料、一週間経たないと絶対に取れない特別なやつなんだが……』
亡霊がミーリアの魔法に引いていた。
骨しかないが亡霊は深呼吸をして気を取り直し、説明をし始めた。
亡霊の名前はピーター。
二百年前、最愛の妹が貴族の妾になることを断り、逆恨みされ、毒を盛られてしまう。ピーターは妹を救うべく必死に治療するも、完治させることができず無念の死を遂げ、アンデッド化した。
その後、無念を晴らすため、万能薬である治癒薬エリクサーの研究を続ける。
ひょんなことでデモンズと出逢い、意気投合してこの砦に連れてこられ、デモンズマップの試験官役を引き受けたそうだ。その代わり、デモンズには貴重な研究素材を分けてもらうことになったらしい。
「デモンズってどんな人なの?」
「気になりますわね」
ミーリアが質問し、アリアがうなずいた。確かに気になった。
『変人だな』
亡霊ピーターがノータイムで言った。その一言にすべてが込められているような気がし、ミーリアはデモンズマップが入っている魔法袋に触れた。
『いいヤツではあるんだ。俺の研究を手伝ってくれたりもしたしな。ただ、才能ある魔法使いを教育するためにここまで仕掛けを作るとか、正直、凝り性を超えて頭のネジが全部吹っ飛んでると思うぞ』
「それはそうだよね……」
(教育のためって言っても、やりすぎもいいとこだよ……)
「ピーターさま。教育のためとはどういう意味ですの?」
アリアが銀髪ツインテールの片方をはね上げて、聞いた。
『あー、デモンズマップの所有者はミーリアお嬢さんだな?』
「あ、はい。そうですけど」
『クロスワードパズルの問題を見て、何か思いつかなかったか?』
「何かって……なんだろう?」
ミーリアは魔法袋からデモンズマップを取り出し、クロスワードを見ようとした。しかしすでに設問は消えており、地図になっている。
仕方なく腕を組んで考えるミーリア。
(うーん……設問は大きく分けて知識系、魔法関連、計算問題、歴史系だったかな……あっ)
「貴族社会で生きていくために必要な知識、かな? クロエお姉ちゃんが言ってた必要知識に似てるような……」
『正解だ』
ミーリアの答えにピーターが手を叩いた。
亡霊だがカチャカチャと骨の音が鳴るのが不思議である。
『他者に直接設問を聞いてはいけないってのも、貴族が婉曲的に話を進めるトーク術が求められることと関連してる』
「なるほど。AはBですか? って聞くのはダメで、AはCですか? とか、ちょっと遠回しに質問しなきゃいけなかったもんね」
「だからミーリアさんがたまに変な質問をしてきたんですね?」
二人のやり取りを聞いていたアリアが納得している。
聞きたい核心部分があるのに、わざと回りくどく聞いてくるミーリアを不審に思ったこともあったのだ。
『デモンズは新米の魔法兵士に貴族とのやり取りを学ばせたかったんだよ』
「……それであんなクロスワードパズルを?」
『そうだ。あいつも貴族との関係にはだいぶ苦労させられたみたいだからな。優秀な魔法使いが使い潰されるのを憂いていたんだよ』
(そう考えるとデモンズめっちゃいい人なのかな? 性格悪そうって思ったけど……よくわからないね)
何とも言えない気分になるミーリア。
『ミーリアお嬢さん、魔法使いに必要なもの、なんだか知ってるか?』
「なんだろう……想像力と根気ですかね?」
『もちろんその二つも大事だけどな、本当に必要なものは三つだ』
「三つ?」
亡霊ピーターが骨の指で三を作る。
ミーリアとアリアは彼を見つめた。
『それは――才能、貴族コミュ力……最後に友情だ』
「才能、貴族コミュ力…………友情、ですか?」
思わずミーリアはアリアを見る。
彼女と目が合って、ミーリアは照れくさくなって頬を赤くした。アリアが嬉しそうな表情で目を逸らした。
『デモンズは三十代まで友人がいなかったんだよ。あいつはそれをずっと後悔してたみたいでな、デモンズマップの仕掛けに二人の魔力を必要としたのも、若者に友情を育んでほしいと思ったからだ』
「そうだったんですか」
『お嬢さんたちは見事うまくいったみたいでよかったよ。試験官を引き受けてよかった。まあ最後の魔法、
亡霊ピーターが笑い、ミーリアとアリアも笑った。
「あの……はい。アリアさんと今回の件でお友達になれました。それは本当に感謝してます。ね、アリアさん?」
「そうですわね。わたくしも、その、ミーリアさんに先を越されてしまいましたけど……ずっとお友達になりたいと思っておりまして……でも勇気が出ずにずるずるとここまで……」
アリアが恥ずかしさと悔しさの混ざった表情でうつむいた。
ミーリアが彼女の手を取った。
「いいんですよアリアさん。私もまったく同じ気持ちだったので」
「ミーリアさん……」
『女子の友情もいいもんだな』
ピーターに言われてミーリアがえへへと頭をかいた。
人生初の友達に、顔のによによが止まらない。
デモンズマップの謎には、デモンズによる新人教育の一面があったことを知った。
(クロスワードで知識と貴族コミュ力を、解答で友情を……理由を聞けば納得の内容だね。ちょっと悪辣なとこもあるけど。あと凝りすぎてるところもあるけど)
『デモンズマップの謎を解いたということは、お嬢さんは間違いなく才能がある。そしてマップを手にした者は、砦の秘密に挑戦できるってわけだ』
「まだ何かあるんですか?」
『俺も詳細は知らないんだけどな』
亡霊ピーターが人間くさく肩をすくめた。
『地図を埋めていけばいずれわかることさ。ああ、その地図、行った場所が自動で埋まるようになっている。見てみな?』
(自動マッピング?)
デモンズマップを取り出して開くと、ミーリアが行ったことのある場所が地図になっていた。空白のほうが大きい。
「あ、ホントだ。寮塔、逆さの塔、食堂、校庭、花壇、教室……行ったところだけ埋まってる」
『埋めていくのは楽しいぞ。俺もマップを持ってる』
亡霊が雑多な器具が置かれているテーブルに指を向けると、一枚の地図が浮かんだ。
『ま、俺は基本ここから動けないんだけどな。あ、そうそう、相方のお嬢さんも地図は見れるぞ。二人で砦……今は女学院だっけ? それを探索してみるのもいいかもな』
「アリアさん。いずれ全部埋めましょう」
「ですわね」
ミーリアはアリアとうなずきあった。
それから、ミーリアは本題に入ることにした。
「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
『ああ、なんでも答えよう』
「私たち、魔古龍バジリスクの石化を解く方法を探していて……」
ミーリアの言葉に、アリアが緊張で表情を固くした。
魔法薬を研究している亡霊ピーターがヒントを持っている可能性は十分にある。
『石化? ほほう』
亡霊ピーターが興味深そうに落ち窪んだ瞳を赤くさせた。
「私たちが二人でデモンズマップを解こうとしたのは、石化解呪の方法を探すためです。この学院のどこかに石化を解く魔道具はありませんか?」
「わたくしの祖母と関係がございます」
ミーリアに変わって、アリアが説明をした。
祖母が石化してしまい、解呪方法を探して学院に入学した経緯も合わせて伝える。
聞いたピーターはローブを広げた。
透けたドクロ頭が何を考えているのかわからないが、彼のまとっている空気が変わった。この話を受け止めてくれたようであった。
『そうか。石化か……こっちに来い。見せてやろう』
「え?」
ふわふわとピーターが奥の部屋へ進む。
ミーリアとアリアは後をついていった。
◯
ピーターの地下研究室の最奥は厳重な扉で閉ざされていた。
彼が魔法を唱えると、扉が重い音を上げて開いた。
「え……」
「これ……」
中に入ったミーリアとアリアは室内の光景に絶句した。
部屋の奥に、立派な石像が飾られている。
普通であればいいのだが、その石像は若く美しい少女であり、石像にしては妙なリアリティがあった。まるで生きているようだ。
『紹介しよう……妹のマギーだ』
亡霊ピーターが悲しげな声で言った。
(ピーターさんの妹さん……石化の呪いを受けたの? ひょっとして治せなかったのって石化のこと?)
ミーリアは不安になってアリアを見る。
二百年前から研究をして、いまだに解呪方法がないと思ったのか、アリアの顔色が悪くなっていく。
そんな二人を見たピーターが、明るい声を出した。
『ああ、勘違いするな。石化は治せるぞ?』
「え、それって」
「どういうことですの?」
ミーリアに合わせてアリアが前のめりに質問した。
『妹を石化させたのは病気の進行を止めるためだ。石化した人間は時間が停止する。それを利用して、妹が死なないように若さを保たせ、未知なる毒の研究をしてるってわけだ。かれこれ二百年ね』
「で、では、石化を解く方法をご存知ですの?!」
アリアが興奮した様子で尋ねた。
亡霊ピーターは気軽な調子でうなずいた。
『ああ、知ってる。解呪の薬をかけるだけだ』
そう言いつつ、研究室の奥にある小瓶を魔法で持ち上げた。
「あの! ご無理を承知でお願いいたしますがそちらを売ってくださいませんか! いくらになっても構いません」
『……悪いがそれはできない』
「そんな。なぜですの?」
『妹を解呪できなくなる。薬は一本しかないもんでな……悪い』
「それは……」
アリアは目の前に浮いている薬瓶を泣きそうな顔で見つめている。
『ただ、作り方なら知っているぞ』
「本当ですの? お教えいただくことは可能ですか?」
『ああ、いいぞ。俺が言う魔法素材と交換でどうだ?』
「ぜひお願いいたしますわ」
アリアが深々と一礼した。
ミーリアも嬉しく思い、頭を下げる。
(よかった……! これで一歩前進だね。亡霊ピーターさんが知っているなんてすごいよ)
鼻息を荒くしていると、亡霊ピーターがカタカタと笑う。
『タダってわけにもいかないな。そうだな…………ミスリル百グラムでどうだ?』
「ミスリル……百グラム……ですの?」
笑顔を一変させ、アリアが顔を青くした。
ミスリルは魔法伝導率が高い希少金属だ。百グラムで金貨百枚。日本円で換算するならば一千万円ほどであろうか。換金レートも時期によって大幅に上下する物質だ。そもそも世の中にあまり出回らない。
「そんな……用意するのにどれだけ時間がかかるか……」
『石化解呪のレシピを作るのにも二十年かかったからな。かなりおまけしてるんだぞ? 無期限で待ってやるからいつでもここの地下に――』
そこまでピーターが言ったところで、ミーリアが気楽な声を上げた。
「ピーターさん、これぐらいでいいですか?」
ミーリアが魔法袋からミスリルの塊を出した。
「私、結構持ってるのであげますよ」
速攻で解決した。
◯
その後、アリアが申し訳ないからと断るも、「後払いでいいから」とミーリアがゴリ押しで了承させ、ピーターの手にミスリルが渡った。
ピーターは嬉しそうだ。
空中でくるくるとターンを決めている。
レシピを教わったミーリアとアリアは、メモ書きを覗き込み、視線を交差させた。
(自然薯、クレセントムーン、マジックトリュフ、ナツメ草、魔法石、聖水……こ
の辺はどうにかなりそうだよね。大商人が売ってくれそうだし……でも最後の一つがなぁ……)
「問題の素材が一つございますわね」
アリアが親の仇を見るような視線を、メモ書きに向ける。
「ですね……」
ミーリアも視線を一点へ向けた。
メモ書きの最後には『魔古龍バジリスクの血・二百グラム』と記されていた。
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