第3話 まさかの事実


 クロエが小声でミーリアに耳打ちする。


「これからは人様の前で請求書の束を出さないようにね。見方によったらミーリアがたくさんお金を借りているように見えるわ」

「あ、そうだね」

「それから、貴族とかかわりのある店では、余計な情報を見せないほうがいいものよ」

「そっか……ごめんなさい」

「いいのよ。次は気を付けましょうね」


 クロエが耳打ちをやめて離れ、ミーリアの頭をなでた。

 また一つ学んだミーリアである。


 宝石店ムレスティナはグリフィス家との繋がりがあるため信用できるが、他の店ではどうかわからない。


 貴族社会の情報網を甘く見てはいけない。王都に二年いるクロエは身に染みているのか、注意しすぎてもしすぎることはないと思っていた。


 二人の話が終わるのを待っていた支配人が、タイミングよく一礼した。


「ドラゴンスレイヤー殿と知らず、大変恐縮でございます。まさかこのような見目麗しいレディとは思わず……」


(見目麗しいって。歯の浮くようなおべっかだねぇ)


 お世辞にはドライなミーリア。


 支配人はミーリアを本心から可愛らしいと思って言ったのだが、伝わらなかったようだ。


 ミーリアはにこにこと笑顔で「そんなことないです」と一蹴し、舐められてはいかんと思って魔法袋から龍撃章ドラゴンスレイヤーを出した。バジリスクの件はまだ発表されていない。説明が面倒なので見せるのは一つにしておいた。


「おお! わたくしも見るのは二度目にございます。この目で勲章が見られるとはありがたいことです」

「こんなチビがドラゴンスレイヤーとか言われても信じないと思うので」

「何をおっしゃいますか。私には将来が大変有望な素敵なご令嬢に見えますよ」

「ええ、ええ、そうね。将来有望よね。ミーリアは可愛いもの。白浜に咲くアクアソフィアのように――三日月の夜にひっそりと咲くクレセントムーンのように――」


 急に同意し始める姉。


「おっしゃる通りにございますわ。ミーリアさんは芯のある素敵なレディです」


 アリアが追従してミーリアを褒めた。


「やだなぁ二人とも。そんなことないですよ〜」


 あはは、あはは、と笑い、褒められ慣れないミーリアは顔を赤くして、なんか申し訳ないっすと頭をかいた。


 ミーリアは続いて支配人ゲーデルに、女王からもらった男爵である書状も見せた。

 偽造ができない魔法羊皮紙で書かれたもので、王家の花押が入っている。


 これでミーリアが男爵であることを支配人も完全に納得した。女性の活躍を政策の一つとしているクシャナ女王の、ドラゴンスレイヤーへの褒美と考えれば辻褄は合う。


「それではあらためまして……この度のご用件は、アトウッド男爵の領収書についてですね?」


 仕切り直しと、支配人が低い声で一度話を区切った。


「あ、ミーリアで結構ですよ。男爵と言われるとどうにも背中がむずむずするので」

「承知いたしました。ミーリア嬢に宛てられた請求書についてですね」

「はい。私の姉が購入して、支払いを私宛にしたみたいですが……、本当ですか?」


 ミーリアの質問を聞いて、クロエが顔を強張らせた。本当にあのロビンが王都にいるのか、聞きたくない、見たくない、できることなら嘘であってほしい。そんな彼女の心情が見て取れた。


「はい。ロビン・ド・ラ・アトウッド嬢で間違いないかと思われます」

「――ッ!」

「くっ……!」


 ミーリアとクロエに電流走る。


「えっと、黒髪で、ちょっと高慢な態度で、オホオホ高笑いする感じで、間違いないでしょうか。しゃべり方はそうですね……高貴なる生まれのわたくしにぃ、見合う宝石を準備してくださってぇ~? こんな感じだったでしょうか」


 ミーリアがロビンのモノマネをしてみせた。

 かなり特徴をとらえている。


 クロエはロビンを思い出したのかうんうんとうなずき、アリアは真似しているミーリアがちょっと面白かったのか、まあ、と口元を上品に手で押さえた。


 支配人ゲーデルはカイゼル髭を右指でひねり上げ、おもむろに一礼した。


「恐れながら……ミーリア嬢の真似された言い方に符合いたします」

「がーん」


(なんてこった! ガチで王都に来てるじゃん!)


 頭にたらいを落とされた気分だ。

 クロエはすでに覚悟したのか、身を乗り出した。


「発言失礼いたします。私は先日法衣爵位を賜りました、クロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵でございます」

「なんと……お二人とも貴族さまでらっしゃるのですね」

「私のような小娘が貴族など信じ難いと心中お察しいたします。書状は持ち運んでおりません。またいつかお見せいたしますわ」


 クロエがまっすぐな鼻筋を少し上げて言い、冷静になるべく姿勢を元に戻した。


「ところで支配人さま、なぜ請求書払いを許可したのでしょうか? 口頭でミーリアの支払いにするのは少々無理があるかと思うのですが」

「なんと……。お話を受けてらっしゃらないのですか?」


 今度は支配人が驚く番であった。


「ロビン嬢は妹君……四女のジャスミン嬢の婚約パーティーに同席するとのことで、ジャスミン嬢の代理で買い物に来たとおっしゃっておられました。婚約相手であるダレリアス家の手紙もお持ちであったので、新郎家の了承を取り、問題ないと判断して請求書払いにした次第にございます」


(四女のジャスミン姉さまが結婚?! はいぃっ?!)


 情報過多で混乱するミーリア。

 クロエも驚きで言葉を失った。


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