第34話 公爵家次男とロビン


 パーティー当日。


 アトウッド騎士爵家次女ロビンは身支度を整え、高級宿から出て、意気揚々と馬車に乗り込んだ。


「さ、早くラピスラズリ庭園宮へ行ってちょうだい。私が行かないとパーティーが始まらないんだから」


 ロビンは自分が主役とでも言うかのような真っ赤なドレスに身を包み、全身を煌びやかな宝石で着飾っている。とてもではないが、“貧乏騎士爵家の従姉であるロビリア”には見えない。それどころか自己主張の激しい裕福な貴族令嬢に見えた。


 ただ、ミーリアが思うところがいくつもある性格はともかくとして、見た目だけは美麗である。


 胸元を大きく開けているのは本能による計算であろうか。


 ちなみに本人が言っている「私が行かないと――」いうくだりは、本気で思っているらしい。


「出発いたします」


 御者が小窓から顔を出して恭しい態度で言い、鞭を振るうと、馬車が動き出した。


「ふん。ミーリアのチビも気が利くじゃない。クロエの入れ知恵かしらね」


 気の強さを象徴しているような斜め上に伸びた眉毛を押し上げ、ロビンが足元のハイヒールへと視線を落とした。


 息をのむ美しさの宝石が片足に十個ずつついている、特注のハイヒールだ。


 ミーリアが書いた手紙には、『ロビン姉さまのために作った特注品です。エルフが宝石をはめ込んだ最高級品なので、これを履いてパーティーにご参加くださいませ』と記載されていた。


「エルフは冗談だとしても……なかなかいい靴じゃないの」


 やっと軍門に下ったか。


 ロビンとしてはそんな気分であり、ミーリアとクロエが“ロビリア”の存在を認めたと信じ込んでいた。


「私に贈ってくるなんて、あの子たちも可愛いところがあるわね」


 ロビンは馬車の向かいに座っている男へアピールするように、おもむろに足を組み、足の甲をそちらへ向けた。


「そう思いませんこと、クリスさま?」


 ロビンの視線を受けた、アリアの兄であり公爵家次男であるクリス・ド・ラ・リュゼ・グリフィスが、白い歯を見せ、爽やかな笑みを浮かべた。


 アリアからお願いをされ、ミーリアのためならば何でも手伝おうと、前回のパーティー以来、程よい距離感を保ちながらロビンの相手をしている人物である。


「美しいレディに相応しいハイヒールだね、ロビリア嬢」


 心地よいテノールボイスが馬車内に響く。


 グリフィス公爵家の特徴であるエメラルドの瞳を向けられると、さしも図太い性格のロビンも足を引っ込め、頬を朱に染めた。


 公爵家次男クリスと言えば、町娘が黄色い歓声を上げて絵姿を買い求め、セリス教の聖書に出てくる魔性の妖精ニンフィアも逃げ出す色気を放っている人物として、王都で知らぬ者はいない。


 次期当主である長男をよく助け、自らは近衛騎士団に所属し、さらには若くして王国魔法研究所の名誉会員であり、流し目を送られた未亡人があまりのイケメンぶりに気絶した逸話まで持つという、完璧超人な若者であった。


 王都の乙女誰しもがあこがれる高嶺の花。

 それが公爵家次男クリス・ド・ラ・リュゼ・グリフィスという人物であった。


「ふふっ。まったくもって楽しいパーティーになりそうだ」


 手入れの行き届いた長い銀髪を横に流し、タキシードに身を包んでいる彼の横顔は美しい女性とも見える中世的な顔立ちである。


 そんなクリスが楽しげに息を吐くと、ロビンはたちまち舞い上がった。


「そうですわね。本当にいいパーティーになりそうですわ」

「ロビリア嬢、僕はね、愉快な出来事が何よりも好きなんだ。その一点だけで言えば、あなたと出逢えたことは最上の幸運であったと言えるよ」


 クリスがにこりと笑えば、馬車内に白百合と似たホワイトラグーンの香水がばら撒かれたような、甘い空気になった。


「そうですわね。私はあなたとパーティーに行くために生まれてきたのかもしれません」


 ロビンが熱に浮かされ、胸に手を置き、上目遣いでクリスを見上げる。


 ミーリアが見たら「猫かぶりすぎぃ!」とツッコミを入れそうな甘ったるい顔つきであった。


「ああ、王都は素晴らしい街ですわ……夢が叶う場所なのね……」


 ロビンは自分の思い描く物語の主人公になりきっていた。


 誰しもがあこがれる、あの公爵家次男のエスコートつきでパーティーに出席する――


 その事実に、肥大化した自己顕示欲が満たされていく。


 パーティー会場にいる他の女たちがさぞうらやましがるだろうと思うと、ロビンは背筋がぞくぞくと震え、愉悦が腹の下あたりから湧き上がってくることを感じた。


「ところでロビリア嬢?」


 クリスがエメラルドの瞳を細めた。


「なんでしょうか?」


 ロビンは我に返り、媚びるように小首をかしげる。


「聞けばあなたはミーリア嬢と大変仲が良いとのことだけれど、今後、王都でどう過ごすつもりなんだい?」

「そうですわね。まずはジャスミンの結婚相手を探して、わたくしもそちらの家に入らせていただきます。そのあと、あの子に一緒の家に住みなさいと勧めるつもりですわ」


 ロビンは用意していた答えを言う。

 男たち相手に何度も説明してきたよどみない言葉であった。


 クリスは生徒を見る教師のように優しくうなずき、口を開いた。


「ミーリア嬢はあなたと一緒の家に住みたいんだろうね。仲がいいのだから」


 乙女がくすりと笑うように、クリスが微笑む。

 ロビンは彼がすべてを肯定していると思い込み、特大の笑みを作った。


「そうなのです。あの子は昔からわたくしが面倒を見てきましたの。どうにも抜けている子で周りからはぼんやり七女、なんて呼ばれていたのがかわいそうでしたわ」


 悲しそうに顔を伏せるロビン。


 女性経験の少ない男であればコロッと騙される仕草である。


「……クリスさまのような義兄ができれば、あの子も安心すると思うのですが……」


 期待を込めてロビンがちらりと目を上げる。

 わかりやすく、私と結婚してくれと言っていた。


「そのことについて僕からもあとで話したいことがあるんだ……。パーティーの終わり……あなたが去る前に、どうしても聞いてほしい。僕にあなたの貴重な時間をくれないかい?」


 クリスの意味深な発言に、ロビンはドクンと心臓が跳ねた。



 あとで話したいこと――



 これはまさか婚約の申し入れではと、ロビンは瞳を輝かせて、大きくうなずいた。


「ええ、ええ、もちろんですわ。パーティーの終わりに、必ずクリスさまのお話をお聞きいたします」

「ラピスラズリ庭園宮の水庭にね、小さな橋を渡ると離れ小島があるんだ。そちらで落ち合おう」

「はい! わかりましたわ」


 忘れてなるものかと、ロビンは待ち合わせ場所を深く心に刻んだ。

 クリスはにこやかにうなずき、場の空気を変えるために馬車の外へ顔を向けた。


「今日がどのような日になるのか、本当に楽しみだよ」


 ピクニックにでも行くような穏やかな目をして、クリスが流れていく王都の景色を見つめる。


 ロビンはその横顔の美しさにほうとため息をつき、自分を見てほしくてわずかに身を乗り出した。


「あのミーリアが男爵を賜るなんて驚きでしたけど、今となってはどうでもいいことですわ」


 ロビンは輝かしい自分の人生を疑わず、じっとクリスの横顔へ熱い視線を送る。


 ほどなくして、馬車がパーティー会場であるラピスラズリ庭園宮に到着した。


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