第21話 前を向いた長女


 三日かけて、ターニアクリスタルを五十個ほど作成した。


(今回は頑張った。魔力が切れそうになったのは久々だね)


 ミーリアは完成したターニアクリスタルを、ティターニア家のテーブルに並べ、満足げにうなずいた。


 これから開拓予定地を囲むようにして設置する予定だ。


(あ、そういえば、開拓予定の計画書ってできたかな? 設置するにしても計画書がないと適当になっちゃいそう。あとでお姉ちゃんに会いに行かないと……。あー、やっぱりお姉ちゃんも魔法電話使えたほうがいいなぁ)


 通信機器のない異世界はこの辺が非常に不便だ。


 魔法電話に関しては、高魔力持ちの魔法使いでないと使えないことが判明しているし、改良せねばならないだろう。


 魔法電話を十分に使えるのはミーリア、ティターニア、リーフの三名のみだ。

 アリアにもお手製ペンダントを渡して練習してもらっているが、近距離のみの使用となっている。ミーリアが王都にいるなら通信は可能だ。


(改良は追々ということで……、ついに来てしまったか。開拓が……)


 ちょっと憂鬱な気分になり、小さくため息を吐くミーリア。

 開拓スタートとなれば、元家族たちの問題が浮上してくる。


 脳筋アーロンや地雷女ロビンと顔を合わせるのを考えるだけで、胃がキリキリと痛み始めた。


(すっかり忘れてたけど、脳筋ってまだ爵位没収されてないよね)


 自分の腹にヒーリング魔法をかけつつ、腕を組む。


(紋章官は今どの辺だろう?)


 ミーリアは早速、千里眼魔法を行使した。

 視界が一気に浮上して最果ての街道へと移動していく。


(相変わらず薄暗い森だなぁ……)


 視界を木々の高さに合わせて街道を走らせると、いかにこの土地の開拓が難しいかがわかる。


 まずはその危険性だ。いたるところから不穏な魔力が滲み出ており、質の悪い魔物の存在を知らせてくる。


 次に、絡みあうように立っている樹木が問題であった。

 一本の木を切るにしても相当な労力が必要になるだろう。魔法なしの開拓など夢のまた夢であろう。


(女王陛下も無茶ぶりだよね。まあ、魔法でどうにでもなるけど)


 ミーリアはそんなことを思いつつ、千里眼を走らせる。


 旧アトウッド家から二十kmほど進むと、紋章官らしき一団を発見した。

 どうやら、高級魔道具の魔除けの香を使っているようだ。周囲から魔物の気配がしない。


(おお〜、誰も見てないのに王国の旗を掲げてるよ。紋章官すごいなぁ。衣装も凝ってるなぁ〜。真ん中のおじさんがリーダーかな?)


 久々に千里眼を使ったので楽しくなってきた。

 暇な時間で作ったドーナツを魔法袋から取り出し、もりもりとやりながら、観察を続ける。


(これなら明日には到着するかな)


 しばらく紋章官の一団を眺め、満足して千里眼を切った。


 指についたドーナツの油を洗浄魔法で綺麗に落とす。

 次に、元領主アーロンへと千里眼を飛ばすことにした。


(いちおう確認しておこう。そういやあの人、何も知らないんだよね。師匠は絶対に紋章官とダメ家族のやりとりを見るって言ってたし)


 大きなログハウス風のアトウッド家へと視界が飛ぶ。


 転生してから四年間過ごした記憶が一気によみがえり、自分でも知らぬうちに舌を出した。


(この閉塞感、ヤヴァイ……。キツい)


 気分を変えるべく、魔法袋から木製カップと自家製リンゴジュースを取り出し、注ぐ。


 リンゴジュースをちびちび飲んでいやーな気分を緩和しながら、リビングに視界を飛ばすと、昼間なのにアーロンが家にいた。


 いつもなら大好きな狩りに出かけているはずだ。


(聴覚もオンにしよう)


 千里眼魔法に音声魔法をくっつけて入力に切り替える。

 すると、事なかれ主義の母親エラの声が聞こえてきた。


『小麦が作れそうな土地は見つかったのですか?』


 エラが聞くと、アーロンが不機嫌そうにテーブルを叩いた。


『見つからねえよ。この土地で小麦を育てるなんてできるわけねえだろ。大体、なんで領主様が野良仕事をせねばならん』

『地雷女が借金を作ったからでしょう』


 ミーリアはリンゴジュースを噴き出しそうになった。


(地雷女呼びが定着してる……!)


 ロビンが家族にまで地雷女と言われているのは予想外であった。


『狩りに行っていたら借金はなくなりません。手堅く小麦を育てて売るのがいい。そうボニーが言っていたのを忘れたのですか?』

『忘れてねえよ』

『ボニーはクロエと似て頭が良い子なんです。子どもができなくて塞ぎ込んでいましたけど、今では領地をなんとかしようと考えてくれているんですよ。そもそも、あなたが毎晩のように子どもはまだかと聞くから、あの子が落ち込んだんです。もっと女の気持ちを考えて発言してください』


(え? ボニー姉さまが領地経営に協力してるの? なんか想像できない。てか、マミーの脳筋に対する当たりが強くなってて笑える)


 借金のせいでついに我慢の限界がきたのかとミーリアは想像する。


 あの事なかれ主義であったエラが、アーロンにぐちぐちとお小言を言っているが新鮮だった。言い返せないアーロンの態度も面白い。


『……うるせえ女だ』


(言い返す声ちっちゃぁ! 脳筋なのにミニマムサウンドォ! 領主なのにみんなのこと考えないからこうなるんだよ)


 ミーリアは大げさに肩をすくめ、リンゴジュースをぐびりと飲む。


『昔からデリカシーがないんですよあなたは。私に何度も“女しか産めないダメ女”だと言ったこと、忘れていませんよ。子どもはセリス神からの授かりものなんですから、男だろうが女だろうが大切に育てるべきであると神父さまが何度もおっしゃっていたではありませんか。そういう自己中心的なところのツケが回ってきたんですよ』


 エラの言葉が止まらない。


(あの脳筋、デリカシーってもんがないよね……)


 その後もしばらくお小言が続き、アーロンが叫んで逃げるように家から出ていった。


 ミーリアは心の中で「ダサっ」とつぶやき、長女ボニーに関心が移った。


(ボニー姉さまはどこだろ。家にはいないね。よし、――ソナー魔法)


 ソナー魔法でボニーの魔力を感知し、千里眼を飛ばす。


 ボニーは村の西側にあるラベンダー畑で、村人数人と地面を見て真剣に話し合っていた。


『根菜も育たないのはなぜかしら?』

『へい。ラベンダーに栄養を吸われているんだと思います』

『ラベンダーを抜いて開墾するのはどう?』

『何度か試したのですが、うまくいかないんです』

『落ち葉を混ぜる方法もあると本には書いてあったけれど、試した人はいる?』

『あっしが試しました。多少はマシってくらいです。小麦はとてもじゃないですが育たないですね』

『まだやっていないことがあるわ。少しでもよくするために、試行錯誤してみましょう』

 ミーリアは長女ボニーが前を向いて話しているところを初めて見た。


 いつも下を向いて悲しげな目をしているのが、ミーリアの知るボニー像だ。

 なんというか、クロエに結構似た、聡明さの片鱗が垣間見えて驚いた。


(クロエお姉ちゃんが、ボニー姉さまは変態ロリコンが婿に来てから暗くなったと言ってたね。婿養子のアレックスに何か言われて暗くなったのかな……?)


 どんな心境の変化があったのかはわからないが、話し合いをしているボニーはカッコいい女性に見える。色々と吹っ切れたような印象を受けた。


 しばらくすると、村人の一人が恐る恐る口を開いた。


『ボニーさま。六女クロエさまと、七女ミーリアさまは、いつお戻りになるのでしょうか?』

『あの二人は……どうかしら。あてにするのはよくないわ』

『あっしらは、いつかクロエさまがミーリアさまを連れて戻ってこられると信じております。クロエさまは教会で子どもたちに読み書き計算を教えてくださいました。子どもたちも……クロエさまがいつか村に来て……食い物をたくさん作れるようにしてくれると……』


 村人の男は感極まってしまったのか、涙を流し始めた。


『申し訳ありません……。ロビンさまが空から落ちてきてからというもの、とても不安で……』


 その場にいた村人たちが、皆、涙をこらえるように目元を押さえる。


 古ぼけたシャツからのぞく手首は、お世辞にも太いとは言えず、満足に食事をしていないように見受けられた。


『……私も二人が領地に戻ってくれたら嬉しいけれど、それはあの子たちの力を利用したいという欲に他ならないわ』

『ミーリアさまは魔法使いなのでしょう? なぜ何もしてくださらないのですか?』

『魔法使いは王国でも貴重な存在よ。どこかの貴族さまに雇われたら、アトウッド領に来るなんてできなくなるわ』

『そうなのですか……そんな……』

『でも、女学院を卒業したら、きっと一度は帰ってきてくれるわ。それまでに少しでもいい村になるように頑張りましょう。あの子が協力したくなるような、そんな村にしましょう』


 ボニーが無理に笑みを浮かべて、村人たちを見る。


『わかりやした。ボニーさまがそうおっしゃるなら』


 村人たちが素直にうなずいた。


(そっか……村人は、別に悪くないよね……)


 ミーリアはずっと、アトウッド領が嫌いであった。


 あの家はもちろんのこと、村人たちもどこか暗くて、あまり好きになれなかったのだ。


(お腹が空くと、余裕なんかなくなるよね)


 ミーリアは前世で父親から、二日間ご飯抜きという理不尽な罰を受けたことがある。


 あのときは何をする気力も起きなかった。

 人は食べないと生きていけない。当然のことだ。


(ボニー姉さまとも、話さないといけないね)


 ミーリアは領地経営への思いを新たにし、千里眼魔法と音声魔法を切った。



      ○



 それから、転移魔法で王都に移動し、クロエから領地開拓計画書を受け取り、見聞きしたことを話した。


「ミーリアはどうしたいの?」


 クロエが目を細めて聞いてくる。


「ボニー姉さまと話したい」

「そう。それじゃあ私も連れて行ってくれる? ボニー姉さまとはいつか話をしなくちゃと思っていたのよ。姉さまが前を向いているなら、きっと色々と話してくれるわ」

「うん!」


 ミーリアは連れて行けとごねるヒポヌスに大量のハチミツをあげて王都に留守番させ、クロエと転移魔法でティターニアの家に移動した。


 アトウッド家の夕食が終わるのを待ってから、アトウッド家上空へと転移した。


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