第1章 -5『統率者』

 眼下で続く戦闘を眺めながら、チャナ・アクトゥガは通信端末を起動した。

 メインの通信は戦闘をしているに繋がったままなので、一時的に自分側の音声をカットする。御神織火は武器の扱いこそ素人だが、水上における身のこなし、そしてその速度は正規に訓練を受けた者にも引けを取らない。学生とはいえワールドクラスのスプリンターというのは伊達ではないのだろう。

 波使いウェーブ・メイカーとして水を操ることを覚えたのなら、もはや〈ヘッドスピアー〉程度は詳しいオペレートをせずとも倒せる―――そうでなければ、後々困るのだが。


「隊長~チャナっす~。そっちはどう?」

『チャナか。こっちは今さっき片付いた。

 強い個体は学生クンが引っ張ってくれたんだな。小物ばかりだったぜ』

「そう―――は?」

『・・・こちらにはいない。リネットお嬢の索敵機能でも反応ナシだ。

 ―――間違いなく、そっちに向かってるぞ』

「やっぱそうだよね~。やべぇな、なるべく早く来れる?

 どんなに速く走れても、戦いのカンがないからさ。それだけじゃ無理だよ」

『最速で行くさ。ちょっとお届け物もあるんでな』

「お届け物?」

『俺らには関係ないがな。俺らじゃない方には大事だが』

「フーン・・・まぁいいや。なんとか間を繋いでおくよ」

『頼むぜ』


 通信終了。

 ここからは、いよいよ少し気を引き締める時間のようだ。そう思った矢先、広域に張り巡らせたソナーが、新しい反応を示す。禍々しい黄色のサイン。

(さっき間を繋いでおくって言っちゃったぜ?早いよ・・・)

 心底うんざりした顔をしながら、チャナは織火への音声を再びオンにする。


「オルカく~ん、調子はどうよ~?ちょっとさぁ――――――√―√―・・・√―





 



 ―√―√―・・・√―――――――教えておきたいことがあるんだけど』

「・・・・・・・・・ッ!なんだ!」

 

 織火は、を通り抜けながら加速を付け、追いすがる一匹を一度引き離して返答した。

 あれから数十分。織火は当たらないブラスターに早々に見切りを付け、スラッシャーモードのアンカーと波の加速スロープを使い、さらに数匹の〈ヘッドスピアー〉を討伐していた(武器の名前はヘッドギアの情報項目に書いてあることにさきほど気付いた)。


『おっ、なかなかサマになってきたねぇ!』

 コツを掴んだと判断したのか、チャナの声色が少し明るくなる。対して、織火の声色には若干の困惑があった。

「なぁ、難しいぜ、これ。

 さっき作れたスロープは繰り返し作れるけど、他はうまくいかない。

 イメージがなんとかっていうやつか?思ったように出来上がらないんだ」

『ま、さっきようやく使い道を知った能力が最初から上手くはいかないよねー』

「教えたいことってのはそれか?」

『似たようなことではあるね』


 ワザとらしく一拍を置くと、チャナはこれまでになく真剣な声色で告げる。


『コツはどうにか今掴んでね―――じゃないと君、死ぬから』

「な―――」


 さっきから死ぬ危険性のあることはしている。

 だが改めてハッキリとそう告げられると、織火はテンションと速度で押し留めてきた恐怖と焦燥感が首をもたげるのを感じた。

 ・・・危機は、去ってはいないようだ。


『逃げ方は問題ないようだね。走りながらソナーを起動できるかい?』

「あ、ああ。やってみる」


 視界にソナーの情報が広がる。

 残り少ない〈ヘッドスピアー〉は、全て背後に追いすがっている―――織火は、そこに見慣れないアイコンが加わっていることに気付いた。明滅する黄色のアイコン。アイコンの横には、エクスクラメーションマーク―――いわゆる『!』のマーク―――が書いてある。

 少しずつ、こちらに近付いている。


巨魚ヒュージフィッシュは特殊な例を除いて、必ず“群れ”で動く。

 より強く、より大きな個体を、群れの統率者ボスに据えるんだ。

 黄色のアイコンは、赤のアイコンよりサイズが大きいことを示してる

 そして、そのビックリマークは―――』

「―――ボスのサイン?」

『ご明察』


 意味するところは明白だった。

 より大きく、より強い個体が、今・・・こちらに向かっている。


 ソナーの反応を改めて確認する。

 後ろの赤いアイコンの群れと、黄色いアイコンは、目測だけでも速度にかなり差があった。ソナー上でこれだけ違うとなれば、実際に遭遇したときにはどれほどなのか、織火には読み取ることができなかった。


『ショックを受けているようだけど―――したい話はこれがメインじゃくてさ』

「まだあんのか・・・っと!!」


 加速が落ちていたようだ。一匹に追い付かれたが、とっさにアンカーを振り回しこれをけん制した。そのまま進路上に着水させ、再びスロープを作る。この動作だけには、完全に慣れたと言っていい動きだった。


『こっちは精神的ショックが大きい話だと思う。

 だから、どうか気持ちをしっかり持って聞いてほしい』

「―――大丈夫だ。人が死ぬよりショックなことは、そうそうないよ」


 沈黙。

 チャナは、通信越しでは伝わらない表情を慮った。


『・・・・・・・・・そうか・・・なら、遠慮はせずに言わせてもらうよ。

 さっき、その波使いウェーブ・メイカーのエネルギー・・・それをウチらは単に“パルス”と呼んでいるんだけど・・・巨魚はそれを恐れるって話をしたじゃんか』

「ああ・・・そんな話をしていたな」

『より正確な話をすると、やつらが実際に恐れているのは波使いウェーブ・メイカーじゃない―――パルスだ』


 織火は理解しようとして、首をかしげることになった。


「・・・?・・・いや、それは・・・同じじゃないのか?

 だから、パルスを放つ波使いウェーブ・メイカーを恐れてるんだろ?」

『そこだ。問題はそこなんだ。パルスって言うのは―――』


 


 音響。爆音。

 音響。反応。

 織火のヘッドギアがけたたましく鳴るのと、輸送機にいるチャナのもとにアラートが届くのは同時だった。

 そしては織火にしか届かなかった。




『やっべぇ、スパートかけやがったのか!?

 ざっけんな、表示より速いじゃんか!!オイ!!!!』

 通信越しのチャナが焦りをあらわにするのは初めてのことだった。織火も瞬時に状況を理解する。ソナーを切っても、アラートは止まない。

「―――来たのか?」


 直後。

 あたり一帯を、暴力的な空気の震えが襲った。

 波がそばだち、風が吹く。鼓膜を直接けたぐるような痛みが織火の中耳を襲った。


「ぎ、ああ、が―――ッ!?」

『くぅ・・・!』


 輸送機の鋼鉄の壁に仕切られたチャナにすら、それは聞こえた。

 織火にとっては正体不明のそれがだということを、チャナは知っている。

 

 追いすがっていたはずの〈ヘッドスピアー〉たちは、我先にと向きを変え、逃げ出す。追う余裕などなかった。

 そしてそれが落ち着いたとき、視認できる水面が爆ぜ―――その魚は、威容の全てを白日のもとに現した。

 

 〈ヘッドスピアー〉と同じ銀色の鱗と、比べるまでもない、更なる巨体。

 赤く血走る丸い眼球には、もはや本能めいたものすらも感じ取ることは難しい。それはまさに、生物の狂気とも言うべき目線だった。

 そして、それよりもなお目を引くのは―――


「・・・・・・・・・剣?」


 


 その額からは、体躯の半分はあろうかという―――巨大な、剣が生えていた。




『・・・ぐ、〈グラディエイター〉・・・!!

 くっそ、よりによってコイツかよ!!

 オルカ!!アンカーを真下の水面に垂らせ!!今すぐッ!!』


 かぶりを振って姿勢を起こした織火は、すぐに指示に従った。耳の奥がキンと鳴って揺れている。再び訪れた未知の恐怖を前にしながら、こみあげる吐き気と冷や汗が、かえって織火を理性の方へつなぎ留める。


「こうか・・・!?」

『壁をイメージしろ!!精密さはどうでもいい、硬さだ!!

 とにかく硬くて砕けないなら何でもいい!!障害物を作れ!!』


 とっさに織火は、頭上を飛行する輸送機を見た。巨大な鋼鉄。

 足元から、目の前にパルスを流し込む。海が隆起しながら硬化し、輸送機が逆さに生えたような壁を象る。見たままを作ったからか、比較的近しい形状に出来上がった。


『うわぁなんだそれ!?縁起悪ィな!?

 ・・・でも上出来、そんくらいじゃないとダメだかんね!!』

「一体なんでこんなもんを!?」

『―――今から身体で理解するためだよ・・・さっきの話の続きをね・・・!!』


 〈グラディエイター〉が低く唸りを上げ、全身を水に浸す。

 そして、剣のような角だけを水面へと突き上げた。




 



 そして、剣から―――







(―――え―――?)







 一瞬の静寂に合わせ―――織火の脳は完全に白く抜け落ちた。

 

 直後、天を突き刺すような水柱。閃光が、視界をも白く染める。

 織火の意識に色彩が戻ったとき、今度は青と黒が埋め尽くした。

 ―――と分かったのは、それが過ぎ去って、目の前の障害物が砕け散った直後のことだった。


「今のは―――なんだよ?

 どういうことだ?何で、どうして巨魚が―――」

『いいかい。もう一度、気持ちを強く持って聞いてね』


 病状を告げるように。あるいは、何か罪悪を断ずるように。

 その事実は明かされた。




『その力は、本来―――巨魚が持っているものなんだよ』


                           ≪続≫

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