第7章 -20『王位進撃③~ライブ・オア・ダイ~』
レオンは、水中深くを前進していた。
(・・・予想していたより巨魚の数が少ない)
マクスウェルが出現した直後、一瞬にして海底を満たした数千匹もの巨魚の反応。結論から言えば、これは反応だけの欺瞞だった。
———より正確に言えば、それは確かにそこに見えてはいる。海底に開いた銀色のゲートの向こう、数千ですらきかない無数の巨魚が蠢くのがレオンには見える。
が、出てこない。ゲートの表面に透明で丈夫な壁か膜でもあるように、それらはゲートの出口までは来ても、外へと出て行くことができないようだった。
レオンは先程から、もともとここに棲息していたとおぼしき巨魚を十数匹倒した。さほど強靭な個体とは言えず、レオン単独でも容易に撃破できるものばかり。危機に敏感な種族は、逃げ出したのかもしれない。
『ゲートが見えたかね、レオナルド君』
「・・・ええ、ドクター・クロス。奇妙な光景であります」
『こうして見せるだけならば、リソースの消費は少ないのだろう。
きちんとそのゲートを開こうと思えば、ここに意識を集中せざるを得ない。
統率個体をあれだけ呼べば、しばらくはそれもできない』
「であれば、目下、僕にとって邪魔なのは―――」
背後から急激に迫る気配。
レオンは上体を軽く逸らして両拳を合わせ、白刃取りの要領でそれを受け止めた。
ナックルの装甲と巨大な刀身が、暗い水中にギリギリと火花を散らす。
明滅する光が、狂気に満ちた獰猛なシルエットを照らした。
「―――この、〈グラディエイター〉ということだな!!」
〈グラディエイター〉は身をよじってレオンの拘束を脱出。水上で見たときよりも遥かに素早く泳ぎ、攻撃範囲の外へと逃れる。
そして狙った獲物・・・レオンを逃がさないため、大きく円を描くようにその周囲をぐるぐると巡る。荒れの海は薄暗く、ぼんやりとそれが見えるのみだ。
「素早く獰猛、そして執念深い。なるほど厄介な相手だ・・・しかし」
レオンは自分の首元、ヘルメットに繋がるスイッチを押す。
視界情報がサーモグラフィーに切り替わり、〈グラディエイター〉の殺意に燃える肉体を鮮明に映し出した。
泳ぐ角度をぐらりと変え、こちらに刃を向けて突っ込んでくる。
レオンは左腕のスクリューを全開にしてそれを待ち構える。
「『タイタニック・ハンマー』ッ!!!」
水中にいてなお響き渡る豪快な衝突音。
レオンの拳は正面から〈グラディエイター〉の突進を受け止め、その速度を完全に殺していた。一方、レオンの側も肉体に返る衝撃は並大抵ではない。
静止して睨み合う。一瞬早く動けるようになったレオンが右の拳を振りかぶるが、一瞬遅れて自由を取り戻した〈グラディエイター〉が左手に噛み付こうとしたため、緊急に距離を取る。
結局攻撃を放つことはできず、〈グラディエイター〉は再び周回の体勢に戻った。
「く・・・!千日手だな・・・!」
『落ち着きたまえ、レオナルド君。アドバンテージは視界の開けたこちらにある。
私が生きていた時代よりソナーとサーモグラフィーの技術は進歩したようだな』
「しかし時間をあまりかけてはいられません」
『そうだな。受けながらじわりと前進するしかない。やれるかね』
「やってみます」
レオンはスクリューブーツの出力をチャージし始めた。
次の攻撃を防いだタイミングで、一気に前に出る。
サーモグラフィーは正常に機能。
周回方向に沿っていた尾びれが大きく外を向き、水の抵抗を拾ってこちら側に体を向けてくるのが分かる。
唯一青く表示されているのは、あの剣・・・刃角のみ。冷たい凶器を、煮えるような熱い殺意が運んでくる。
全身の筋肉を縮め、〈グラディエイター〉は突撃の態勢を、
「『ライブチケット』ッ!!」
「!?ッなんだ!?」
―――取った、その刹那。
〈グラディエイター〉の背中に、飛来した何かが突き刺さった。
サーモグラフィーは、それがこの場に存在するどんな物体より熱量を孕んでいると如実に告げていた。
映像を切り替え、物体を目視する。
それは、トゲだ。怪しげな紫の光を放つトゲ。
表面にバチバチと電流が走り、レオンはほんのわずか痺れる感触を覚える。
「紫の電流・・・!?ということは!!」
「ヘェイ、ヘェイ、ヘェェェェァァァァアアアアアアアイ!!!!!
そのまーさーかーってやつなのよねェ~~~~~~ッ!!!!」
水中だというのに、マイクやスピーカーを通さない、ナマの叫び声。
そしてそれよりも大きな、不快極まるエレキ・ギターの騒音。
指の先も見えないオーバーサイズのパーカーには、毒をぶちまけたような派手で毒々しい模様が描かれている。
前髪で直線に切りそろえられた髪は、白・紫・黒が複雑に絡み合っている。
シビレエイの王位種・
「水上で気持ちよくオンステージしてたら誰も聞いてやしねぇー!!
なんでさーッ!!!アタシの演奏ってそんなに下手かーい!?!?」
「それはそうだと思うが」
「ガガーン!!!?!?」
ギャギャーン。
(口でガガーンを言って手でギャギャーンを・・・)
「ちっくしょー!!ホンモノのギターさえあればさーッ!!
でもアタシが遊びで弾くとアイツら壊れちゃうんだわね。
マジ弱いわー。気合足りてなくてウケるわー。
・・・・・・・・・いやウケねーよバーカ!!!!!うわーん!!!!!」
ギャワーン。
「なんなんだ君は!?ふざけに来たのか!?」
「オーケーオーケーミスターマッソー、その感想で合ってるぜぇ!!
アタシは気持ちよく遊んでふざけて、ブチカマす!!
例えばァ~~~?」
〈グラディエイター〉は一瞬ビクンとしたあと、微動だにしなくなった。
「こいつは『チケット』を受け取ったアタシの『
だからアタシがこうやって興奮させてやればァ~~~!?」
「『
『
〈グラディエイター〉の全身を紫の電流が包み、電磁によって急激に加速。
咄嗟に上体を横にかわしたレオンのその横を、超高速で通り抜ける。
たったそれだけで、電流によるダメージが屈強なアーマーを貫通した。
「ぐああッ!?」
「この通りってワケ!!!
さぁ、イカレさせたメンバーを紹介するぜ~~~ッ!!!
〈グラディエイター〉ァァアアアアアアアアアッ!!!!!」
獰猛さと狂気、刃と電流。
最悪のコラボレーション・イベントが幕を開けた。
≪続≫
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