第7章 -19『王位進撃②~甲殻と拳~』


「ぜぇぇぇいやッ!!」

「ぬぅんッ・・・!!」


 拳と蹴り、静と動。

 大小ふたつのシルエットが、海面を踊る。


「『まろびの型』ッ!!」


 チャナは低い姿勢で、甲殻の王シェルの周囲を円を描いて動く。

 時にテンポを変え、ダッキングやジャンプを挟みながら、挙動を読ませない。


「『夜叉絹やしゃぎぬ』!『槍間やりのま』!『揺行燈ゆらぎあんどん』ッ!!」


 そして矢継ぎ早に技を繰り出す。

 可動のために関節部分には甲殻が張られていないことを、チャナは短時間のうちに把握していた。鋭く細い蹴りは、首や肘、膝、足首・・・全てがそこを狙っている。


「速いな・・・だが・・・!」


 同時にその狙いは、それしかないが故に、甲殻の王シェルにも筒抜けだ。

 

 甲殻の王シェルは格闘家だが、定まった構えがない。

 ただそのとき最適な姿勢を、最適な角度へ、極めて少ない動作で取る。

 堅牢な甲殻によって敵に狙いを絞らせ、その部分だけを行動によって守る。

 それが甲殻の王シェルの『殻闘かくとう術』だ。


 そしてこの甲殻には、もうひとつ、難攻不落足り得る性質がある。


「シアアアッ!!」

「―――『ぎょう』ッ!!」


 チャナの蹴りを受け止めた右腕の甲殻。

 その接触部位が一瞬、赤く激しいスパークを起こす。

 

「ッぐあ!?」


 チャナの身体が一瞬ビクンと跳ね、停止する。

 空中で無防備な体を粉砕すべく、緩慢な動作で巨大な拳を構える甲殻の王シェル

 チャナは寸でのところで体のコントロールを取り戻し、振りかぶられた拳の勢いをジェットブーツで受け、体のバネを使って飛び退く。ノーダメージではなかったが、直撃よりはよほどマシだった。

 

・・・!

 オートカウンター完備とか反則でしょマジで・・・!)


 立ち上がって構え直し、あごを伝う冷や汗を拭う。

 焦りを悟られないようにしたつもりだが、恐らく無駄だろうとチャナは思った。


「・・・フン。スピードとキレは中々のものだが、破壊力が足りん。

 これでは、長くかかるばかりで楽しめん」


 対する甲殻の王シェルは、結果、全くの無傷だ。

 チャナは膝を付けるどころか、立ち位置を変えることも満足にできてはいない。


(落ち着けチャナ、お前はかわいい。落ち着け。

 ・・・使、カウンターを。

 反撃して体力を削いでおきたい程度には、ウチの蹴りはイケてる。

 当たるべき場所に当たれば、たぶん通じるんだ)

「・・・・・・・・・」


 甲殻の王シェルは、チャナの視線の先に自らの関節を見出した。

 実際、チャナの考察は正しかった。そもそも生身からが堅牢な甲殻の王シェルは、防ぐに値しない攻撃ならば防御すらしない。

 最低限とはいえ防御の姿勢を取らせ、反撃手段を切らせたチャナの攻撃は確かに甲殻の王シェルの生身を崩し得るものではあった。


「・・・おおかたの思考は読めるので、勝手に返事をさせてもらうが。

 それは、おれがの話だろう?」


 言い終わるや否や、ほんの一瞬姿勢を低くしたかと思えば、赤い電光を後に引いて甲殻の王シェルは、猛然とチャナへと駆け出した。重厚な巨躯からは想像が付かない速度。


「な、」


 反応が遅れたチャナには迎撃の用意を整える余裕が一瞬足りなかった。

 中途半端なガードを破り、甲殻の王シェルの拳はチャナに到達。

 幸いにも勢いが少し上に反れたため、顔面を避けて額に直撃した。

 それでも吹き飛ぶに充分な威力。縦方向に数回ほどもぐるんぐるんと回転しながら背中を強打して着水。ぐちゃぐちゃに揺れる脳回路を鼻血を吹いて動かし、どうにか体が沈まないよう周囲の水を硬化、足場を作った。


「ッあ・・・・・・・・・ッぶ、ぎッ・・・・・・・・・!」


 立ち上がることはおろか、視界すら歪んでいる。手や足に力を入れようとしても、うまくいかない。

 だが立たなければ死ぬ。あの速度だ、すぐに来て、今度は顔か心臓を潰される。

 ここで死んでいいわけがない。だが、死なない手段は今のチャナにはない。

 

 恐怖はない。焦り。ただ焦りだけが膨らむ。

 

(・・・せ、っかく・・・背ぇ、伸び・・・たん・・・だ、よ・・・!

 スタイルだって・・・良く、なっ・・・てさ・・・!)


 甲殻の王シェルが水を蹴る音が聞こえる。

 必死に拳を作ろうとしても、固めた水をガリガリとひっかくばかり。

 

(・・・ウチ、の、命は・・・ッ!

 みんな・・・に・・・・・・・・・みんなに・・・・・・・・・—————————)


 頭の横で足音がした。想像していたより軽い足音だ。

 剛も柔も併せ持つとはこういうことか。そんなの卑怯だ。悔し涙が出てくる。


「―――それほどまでに戦いたいか」

(・・・?)

 

 今のは・・・問いかけだろうか?

 返事はできなかった。まともに声が出ない。


 巨躯が風を切る音と、なにか、それ以外のものが、空気を圧している音がする。

 見えないけど、たぶん、拳の音だ。

 拳がチャナを―――








「良いだろう。ならば、








 凄絶な衝突音。

 およそ個人と個人の生み出す威力がぶつかり合う音ではない。

 ・・・しかし、それは事実、たったふたりの拳から生じている。


「ぬ、ぅ―――ッ!!?」


 ひとりは甲殻の王シェル

 顔面を覆う甲殻の下、その目は驚愕に見開かれている。

 視線の先、拳を固めている甲殻には、細い亀裂が走っていた。


「―――!」


 もう一方にいるのは―――紳士。

 白いコートに身を包み、ブロンドをなびかせる男。

 しなやかに鍛え上げられたその拳は・・・全くの徒手空拳ベアナックル

 射殺すように甲殻の王シェルを見る。


 やがて両者は、その姿勢のまま静止。

 ひとりは私欲によって、ひとりは義憤と、わずかな私怨によって。

 射殺すように互いを見た。






「知ってはいるが、これは礼儀だ。あえて聞こう。

 ―――貴様、名は?」

「会えて光栄だな、甲殻の王位種よ。

 ———エセルバート・マクミラン。休職中につき、私人だ」






                             ≪続≫

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