第7章 -20『王位進撃④~時間流の回転~』


 ———エセルバート・マクミラン。

 いよいよもって、打撃は人外の領域にあった。


 力という言葉では、その技術は説明できず。

 技という言葉では、その膂力は説明できず。

 また、どちらであっても、その闘争心に全く説明がつかない。


 打ち合う甲殻の王シェルは今や本気だ。

 様子見の攻撃を放つ余裕はなく、そのつもりも一切ない。

 

 からだ。

 この得がたい傑物を手を抜いて味わうなどあり得ない―――!


「フ、ハハ―――!」


 思わず零れた笑いと共に、ひときわ強く拳がぶつかる。

 再び動きが止まった。

 凄まじい威力が互いの体を駆け巡っているはずだが、それらをもってしても両者はただ一歩の後退すらしない。


「何を笑うのかね」

「いやなに・・・不思議なものだと思ってな。

 貴様のような者がなぜ政治などしている?」

「・・・私は戦うことに興味などない」

「下らん嘘を言う」


 甲殻の王シェルは膠着する拳を払いのけ、すぐさま逆の拳を繰り出す。

 エセルバートは上体を反らせてこれを回避、すぐさま反撃。

 またしても拳はぶつかり、ギリギリと拮抗して止まった。

 どちらかがコンマ数秒でも遅ければ、この戦いは死によって決着するだろう。


「その反応、その威力。

 興味もなく作り出したと言うのなら、狂気の沙汰というものだ。

 貴様は狂ってはいない。狂っている者の目ではない」

「狂っていただけだ」

 

 その瞬間の、エセルバートの表情。

 見ていたチャナは、しん、という音を幻聴した。

 それは一切の記憶にないにも関わらず、心の冷える音だと分かった。


「すべて、過去形さ。なくなったのだよ。

 力を鍛えた理由も、技を磨いた理由も消えてしまった・・・実に満足げに。

 だから、私が楽しませてあげられるのはここまでだ。

 きっと私にこの先はない。先のないものなど望みではないはずだ」


 その表情と、不意に力が抜けるのを感じて、甲殻の王シェルもまた力みを解く。

 興が削がれたことで、幾分か落ち着いた様子だった。


「―――フン。残り火か。

 得心行ったが・・・疑問も生まれるというものだ。

 何故ここに来たのだ?そこの小娘でも護りに来たか?」

「半分は正解だ」

「ほう」


 チャナは、ようやく呼吸が整い、肩を押さえながら立ち上がったところだった。

 その姿をあごで指し―――知るものならば、らしくない仕草だと言うだろう―――エセルバートは当然のように宣言した。




「彼女なら君を愉しませてくれるだろう」

「え―――は!?ちょ何ごほっぐぇぇ痛いぃ・・・!!」




 チャナは驚きの声を上げ、それが腹に痛んで咳き込んだ。

 今まさに歯が立たず転がされた姿をそう表現されれば無理もない。

 

「えっ・・・は、えっ?見てた?何で・・・ねぇ見てたんだよね?

 み、えっ、見てたから来たんだよね?なんっ・・・えマジ何?」

「何と言われても、特に他意はないが・・・」

「あっ復讐!?コレもしかして痴情もつれてる!?

 ウチが好きなオトコを奪ったから復讐するつもりなん!?

 うわキショーい!!ちょっとそれはキショだよエッセー!!」

「誰がキショかね君、人聞きの悪さが留まりを知らないな」

「じゃ何だコノヤローお前から先に殴ッ、」


 混乱して怒り狂うチャナの眼前に、エセルバートはびしりと指を突き付けた。

 鼻先の指を見つめ、びくりとこわばるチャナ。


「私は今の君が

「え・・・」

「君自身、忘れているのだろうがね」


 エセルバートは、胸元から何かを取り出し、チャナに握らせた。


「あ―――これって」

「オリヴァーのやつが、以前の君でも使えるよう改良を頼んできた。

 が、君は成長してしまったからね。急遽プラン変更を打診した。

 今頃ドクターは研究室の床で寝息を立てているだろうな」

「・・・オリヴァーが・・・」


 その小さな質量を、チャナはしっかりと握り、胸元に抱き寄せる。

 温もりなき鋼鉄から、言い表せないぬくもりを感じた。


「振り返ることも成長だ。

 過去を今一度試すことも、また前進―――ぶつけてみるといい」

「・・・うん・・・分かった!」


 チャナは、目を閉じて大きく深呼吸をすると、くるりと甲殻の王シェルに向き直る。

 両手をだらりと左右に垂らし、指先をわずかにぴくり、ぴくりと動かしている。

 当然の如く、その目に宿す変化を甲殻の王シェルは決して見逃さない。


「つまらぬ顔をしていれば、受けて流そうと思っていたがな」


 甲殻の王シェルは腕組みを解き、拳を握る。


「何が原因かは知らんが・・・今の一瞬で戦士になったようだ。

 礼を失するは本意でなし。あれほどの拳士の紹介だ。

 さぞや楽しませて―――」


 


 ―――ヒュン。

 

 


 鳴ったのは、それだけ。

 それだけで、甲殻の王シェルの拳の先は、わずかに


「ぬ・・・!?」


 咄嗟、防御姿勢を取る甲殻の王シェル

 チャナの姿勢は、先ほどから変わっていない。

 ———いや。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。


 音の加速に合わせて―――しなやかな指先だけが、その動きを加速する。

 そのたび音が大きく鋭くなる。


 甲殻の王シェルは目を凝らし・・・チャナの背の後ろ、一定のリズムで光る、小さな光を見つけた。

 細く鋭い、繊維のかがやき。


「ちぇっ、バレんの早かったなぁ。

 ま、いいや。ウチと遊びたいんでしょ?

 じゃあ始めよっか」


 ヒュン、ヒュン、ヒュン―――ぱしっ。


 背後で回していたワイヤーを、一度強く手前に引っ張り出し、すぐに引く。

 その先端で回る刃が、可聴域をわずかに飛び出し、獰猛に叫ぶ。

 そして全ては、チャナのに収まった。


 小さな手では扱いきれなかった、チャナ・アクトゥガ第三の武器。

 



「とっておきの『キリング・プレイ』をさ。

 ———『キル・バズⅡジュピター』ッ!!」




 高速で回る刃に乗って、時間はようやくチャナに追いついた。




                         ≪続≫

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