第7章 -21『はじめから』




 ———ここは、どこだ?




 ■■■■は、光のない水の中を漂っている。


 ここはどこで、自分は何を―――分からない。

 薄い意識の中で抱く疑問は、確かにそこにあるのに、考えようとするとぬかるみをかくように虚しく手をすり抜ける。


 

 

 ———あたたかい。




 不安はない。ここには、言い知れぬ安らぎがあった。

 この、水のような何かに包まれていれば、何も怖がることはないのだと。

 ■■は、何故かそれが分かった。


 だから、自然と膝を抱え込み、眠りに落ちそうになる。






『なっさけないなァ!

 この程度でドロップアウトなんて、君らしくない!』






 ———だれだ。


『ほら、手足を振らないといつまでも動かないじゃないか!

 さっきまでの剣幕はどうしちゃったんだい!?

 鋼の右腕が泣いてるぞ~!?』


 ———いったい、だれだ。なんなんだ。


『殴りたいだろ?殺したいだろ?このぼくをさ。

 そのために与えてやった力とカタチだぜ?

 もったいな~い、もったいな~い、も~~~ったいな~~~い!!』


 ———なんだっていうんだ。

 ―――うるさい。どうして、じゃまをするんだ。


『振りかざせ!!!猛って吠えろ!!!

 今の君は―――』


 ———うるさい。

 ———うるさい、だまれ、だまれ。

 ———でていけ。でていけ―――でていけ!


 




 ———いますぐ、ここから、













<―――キエウセ、ロオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!>




 〈オルカ〉は咆哮し、黒鉄のような表皮に青く光るラインを浮かばせた。

 みるみるうちにそれは背びれへ、横びれへ、腹へ、背びれへと広がっていく。

 体のあちこちから煙を立てたかと思うと、そこから何かが飛び出した。




 青白い熱を放つ刃―――熱断ブレード。

 それが、生えている。

 赤い血と、青く光る血が、不気味に混じり合って海を染めていく。


<ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

 グゥゥゥゥアアアアアアアアアア!!!!ギアアアアアア!!!!!>


 〈オルカ〉は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 あるいは、これまで押し殺し続けた全てを、吐き出すかのように。

 青く光る両目から、青く光る涙を流し、泣き叫んでいた。


 泣き叫びながら―――その視線は、一点に注がれた。

 上空より睥睨する、狂った男。


<マ、クス、ウェエエエエエエエエエエエエエエエエル!!!!!!!!>


「アーハハハハハハハハハハ!!!

 いいぞ、いいぞ、いいぞ、いいぞ、その調子だァ!!

 そういうドロッとした気持ちが一番いいんだ!!

 きみはすごい巨魚になるぞーッ!!」


 両足で拍手をして喜ぶマクスウェル。

 

 当然、今の〈オルカ〉に言葉を送り込んでいるのはマクスウェルだ。

 憎しみを励起することで攻撃衝動を高め、精神の瓦解を早めようとしている。

 それを邪魔させないために、王位種を呼び寄せ、戦力を分断した。


『み、みんなッ!!

 このままじゃオルカが・・・オルカがほんとに死んじゃうッスよ!!』

「まずい・・・やつの狙いはここか・・・!」


 状況を観測していたノエミが、悲痛な声を上げる。

 テンペスタースもまた、小型の巨魚に囲まれ、防衛射撃に必死だった。

 エセルバートが合流を試みるも、更に多くの巨魚に阻まれる。

 一匹一匹は弱いが、水底のゲートから湧き出るその数は無尽蔵。

 前に進むことができない。


「く・・・このままでは・・・しかし・・・!」

「無視して抜け出せる状況じゃ、ない・・・!」

「クソ、がァーッ!!」


 個々の戦力は、王位種を相手にどうにか渡り合うことができても、そこを突破して強引に〈オルカ〉に接近することは叶わない。

 背を向ければ死が待ち、全てを投げ打って倒せば、助ける余力が失われる。


「チックショウ!!

 一番近いやつがブン殴るどころか、このままじゃ誰も・・・!!」


 誰も、そこへは辿り着かない。

 

 状況は絶望的だった。

 全ての進路は塞がれており、全ての手段は不足している。

 ましてや余剰な戦力など、この戦場には残されていないのだ。


<ガアア、アアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!>


 〈オルカ〉の刃が熱量を上げ、肌を焼き、血が噴き出す。

 尾びれへとパルスが集中していく。

 全身のバネを使い、マクスウェルにその凶暴な性能の全てをぶつけようとする。

 そしてその、文字通り生命全てを賭けた攻撃は、間違いなく無意味だ。

 絶対的な支配権を持つマクスウェルを、巨魚は決して殺せない。


 リネットは、かろうじて水圧レーザーを回避しながら、それを見る。

 間に合わない。手も、声も、届かない。


「やめ―――」


 〈オルカ〉の下で、水が爆発し、































「確認するが。

 最も近くにいる者には、攻撃の権限があるんだな?」































 ———そして、全ての刃は失われた。

 

『ん、なァ!?』

「えっ・・・!?」

「―――――――――何だと?」


 目視していたリネットと、観測していたノエミ、そして間近にいたマクスウェル。

 正しくを認識できたのは、三人だけだった。




 そう。

 誰も、そこへは辿り着かない。

 どの位置から、どんな速度で、何を使おうとも、そこに到達することはできない。

 誰一人止める者のないまま、〈オルカ〉はその身を仇敵にぶつけただろう。




 もし―――たったひとつ、それを覆せる条件があるとするならば。




「―――能力。

 どうして、お前がまだ生きている?」

「心配するな。貴様の知っている者はちゃんと死んだ。

 俺はただ、その力を借り受けているに過ぎない」






 者が―――


「騙して悪いな、お歴々。

 この筆頭選別官ジャッジにとって、


 ―――神速の『棄却ジャッジアウト』を仕掛けることのみである。






「約束を果たすときだな、御神織火。

 その蛮勇、その復讐、その姿までも。

 ―――俺が、何もかも、ことごとく却下する」






                           ≪続≫

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