第7章 -22『スピードの戦い』


<ギャアアアアアアアアアアァァァ—————ッ!!!!!!>


 体中の刃を斬断された〈オルカ〉は、痛みに悶えて水面をのたうち回る。

 はじめは血が噴き出していたが、急激に傷が癒え、それもすぐに途絶えた。


「やはりこの程度で深手は負わないか」


 ジャッジは抜き放った刀を再び鞘に納め、仮面の奥で油断なく〈オルカ〉を睨む。


 


 ジャッジがこの戦場に出たのは、偶然ではあった。


 敵か味方か分からない脚の王レッグス―――ジャッジにとってはまだこの名前だ―――に、一定の武力と人員を提供し、あまつさえ模擬戦を行うというヴィクトルの案。

 これに懐疑的だったジャッジは、海に潜み、独自に監視を行った。

 そしてマクスウェルが現れたとき、助力に上がろうとしたジャッジを、歯牙の王トゥースが押し留めたのだ。


『ただのひとり増えたところで、あれを倒すことはできない。

 それよりも、現れた時点であれの狙いはミカミオルカただひとつよ。

 そのまま潜み、時を、機を、瞬間をうかがえ。

 グフフ・・・もしやこの一幕、おれときさまにしか納められぬやもしれんぞ―――』


 ———そうして実際、その瞬間は訪れた。


 かつてグランフリートに現れたときのように、デア・ヴェントゥスを奇襲によって沈めようとしたときのように、歯牙の王トゥースすなわちジャッジは、水になっている間には気配が無きに等しい。

 ましてや王位種が複数人も現れ、〈オルカ〉から人を引き離している。どこをどう泳ぎ回ろうとも、誰一人その存在を感知などできなかった。

 その場所が、〈オルカ〉の真下に位置しようともだ。


<グゥゥゥ・・・アアア・・・!!!ゴォオオアアアアアアアアアアア!!!!!>


 苦しみ悶える〈オルカ〉は再びその身に青い光を走らせ、上空のマクスウェルへと跳躍しようとする。


「何をしている」


 たった一歩に見える踏み込みで瞬時に間合いを詰めたジャッジは、空を見るために持ち上がった〈オルカ〉の下顎を刀の柄で殴り上げ、回し蹴りを叩き込む。


<ギィアッ!?>


 〈オルカ〉は短く蹴り飛ばされたものの、ダメージはない。

 ただ、ようやく存在に気付いたとばかりに、困惑を込めてジャッジを見た。


「次に飛ぼうとすれば柄ではなく刃を入れる。

 お前も本意じゃないだろう?そんなことで復讐の機会を逃すのは」

<・・・・・・・・・・・・ウウウ・・・!>


 そして、ようやく視線が交差する。

 邪魔をする者と、それを取り除く者。

 シンプルな敵対構図。


「出し惜しみはなしだ。やるぞ歯牙の王トゥース

『グファファ・・・応とも』


 再び居合の構えを取るジャッジ。

 その周囲を、大小互い違いの水のリングが囲む。


 リングの外周に『灰牙グレー』を配置。

 その柄には極小の単分子ワイヤー、『灰塵アッシュ』が繋がっている。


 ゆるやかに回転するリングが『灰塵アッシュ』に触れる。

 一度、弦楽器のような荘厳な音色が鳴り響く。




「『王権決議ノーブル・ジャッジメント』、開廷・・・!」




<グォウウウ・・・・・・!>


 リングの中央、不動で居合の姿勢を取るジャッジ。

 今の〈オルカ〉に、それを訝しんで戦意を押し留めるだけの理性はない。

 来ないならば行く。邪魔ならば、喰らう。

 その理由こそ御神織火のものだが、行動指針は確実に巨魚の姿に蝕まれていた。


<ゴォォオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・ッ!!!>


 〈オルカ〉の全身が青く輝いた。

 今度はラインが走っているのではなく、全身に満遍なく漲っている。

 過剰付与したエネルギーの余波でもって、超高速を生み出す、必殺の理論。




 ———『スピードスター・ストライド』。




(ああ、やっぱり。

 そんな姿になっても、お前はやっぱり、それなんだな)


 ジャッジは・・・真川春太郎は知っている。

 御神織火にとって、スピードとは何なのか。

 

 それと出会い、それを夢見て、それを失い、それに苦しみ。

 そして、それに春太郎は救われたのだ。


 その、スピード。

 御神織火そのものと言えるスピードが、今。

 人間を害する姿として、ここにある。


「許すかよ、そんなこと」


 ガシャン、と、鞘に刀を入れ直す。

 体は徐々に実体を失い、足元の海にはボタボタと灰色の水が落ちる。

 いや、違う。落ちる灰色の水そのものと化しているのだ。

 

 肉体が完全に形を失い、残されたマスクが、ぐらりと中空を揺れる。


「―――今度は俺のスピードを見ろよ、織火」


 マスクは千々に切り裂かれ、灰の全てが一瞬、消え失せ―――








「―――『第一決議・神速罪ゴッドスピード・シン』」








 ———次の瞬間には、


 リングの内側を、形状を目視できないほどの速度で行き来する、神速の灰。

 満たすと形容して良いほどの灰色は、その全てがジャッジ自身であり、刀であり、またそれが繰り出す斬撃でもある。


 


 

 それが、この『王権決議ノーブル・ジャッジメント』の正体である。


「来い、織火・・・来い!!

 お前に残ったものが、スピードしかないっていうなら!!

 そのスピードで・・・俺がお前を止めてやるッ!!」




                                ≪続≫

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