第7章 -23『友よ、お前のためならば』
青が突き抜け、灰が追う。
それは直線と曲線の争いだった。
<オオオオオオオオオォォォオォオオ!!!!!>
咆哮と共に炸裂する青いパルスは、〈オルカ〉の速度を一瞬にして人類の埒外まで運び、加速度の暴力を身に纏わせる。
矢のように駆けるその威力はしかし、ジャッジ———否、既に仮面は外れている。真川春太郎の身体に届くことはない。触れた瞬間、肉体は灰色の水となって解ける。
「外輪拡大!三番!」
『応』
そして、解けた体は展開された『
同時に、水輪のひとつが真円から楕円へ、潰れるようにして伸びて行く。
全方位に配置された『
水輪を通り抜け、〈オルカ〉の背後に出現する春太郎。
こちらに転身しようとする隙を狙い、居合を仕掛ける。
守るだけならば無敵の水化だが、そのままでは相手にとっても単なる水だ。斬撃の瞬間だけは、実体化せざるを得ない。
その瞬間を最小限に抑えるために、正確な位置把握と水輪による瞬間移動がある。水化能力を背景とした、究極のヒット・アンド・アウェイだ。
「『
神速の刃を抜き放つ。それは精密に〈オルカ〉の首根を狙い・・・そして斬ることはなかった。身に纏う青いパルスは、加速のためのブースターであると同時に、圧力で身を守る鎧としても機能していた。
「チッ・・・!」
<ギィィィイイイイイイイイイ!!!!>
接近を嫌った〈オルカ〉は、尾を海に沈め、その中でパルスを炸裂させる。水面が爆発すると同時、その周辺を硬化し、無数の刃が突き出した。
春太郎は即座に肉体を解き、水輪に逃げ込む。水輪の形状が再び真円に戻り、また最初のように範囲内の高速往復運動を再開。
狙いを一点に絞らせず、直線的な突撃を誘発することで、追跡による斬撃を容易にするためだ。
結果的に、互いの最善手が、互いの決定打を欠く要因になっている。
では、決着はいつか?
(―――先にスタミナが切れた方が負ける)
春太郎は、再びパルスをチャージする〈オルカ〉を見ながら、そう思考する。
春太郎の水化、〈オルカ〉の高速突撃、どちらもパルスを最大限に用いた戦法。
パルスは、それを使う者にとっては身体機能の一部だ。疲れれば鈍る。
つまり、出力を維持できなくなった方の戦い方が瓦解する。
この戦いは、スピードの戦いであると同時に、スタミナの戦いでもあった。
輪の中を駆けるたび、灰色の泥が海を染める。
それを青色が二つに裂くとき、また一合の打ち合いとなる。
(まさにお前の土台だな、御神・・・!
スポーツってのはこういうもんだよな・・・!)
内心に呼応するように、眼前で青が炸裂する。
これを正面から受けなければならなくなったとき、敗北は訪れるだろう。
そして―――その敗北は自らだけでなく、御神織火の死も意味する。
「断じて却下だぜ・・・そんなことは!!」
「―――・・・・・・・・・彼は・・・何をしている?」
その光景を、黒須港は戦慄の表情で見つめていた。
衝撃を隠せず、誰にともなく問う。
「彼は、誰だ?」
「・・・あれは、オルカの元クラスメイトです。
真川春太郎。一度だけ会ったことがあります」
リネットが答える。
何故か、少し前から
リネットは、旧東京でポーチを受け取ったことを思い出す。
あの時から何があったのか、想像もつかない。
「驚きました、まさか筆頭選別官ジャッジが―――』
「そんなことはいい・・・!」
語気を荒げる黒須。初めて見せる、明確な焦り、あるいは怒りだった。
「彼が扱っているのは、
水化の能力。確かに、ああすれば戦えるかもしれない。
だが———それは、肉体が王位種のものであればだ」
「え―――」
「王位種の力は、それを扱うに相応しい設計だから、代償なしに扱えるんだ。
ただ能力を得ただけの人間が、あれほど繰り返し使えば・・・・・・・・・」
———聞いたのがリネットだったのは、幸運なのか、不幸だったのか。
いずれにせよ、それは残酷な真実。
「―――いずれ彼は、水から人に戻って来られなくなるぞ」
春太郎は、また水輪の中を駆ける。
その度に、その度に―――海には灰の泥が落ちる。
落ちる。
≪続≫
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