第7章 -24『卑劣で、嘘つき』


 繰り返される瞬間の交差を冷たく見下ろしながら、マクスウェルは戦いのゆくえを分析している。


「ふーん、なるほど。歯牙の王トゥースの核を使って能力をね。

 パルスが灰色ってことは・・・意識は残ってるのかなぁ」


 パルスの性質は、精神に深く依存する。故に『脳波』の名を与えられた。

 王位種は人格をプログラムする際、ある程度性能に特化した精神構造を与えられ、その影響で固有色のパルスを持っている。

 ジャッジのパルスは、完全に歯牙の王トゥースの扱ったものと同じ、灰色だ。となれば、考えられる可能性はふたつしかない。

 ひとつは、核に人格が残っていて、その人格に由来したパルスになっている場合。

 もうひとつ。


だったりするのかな?」


 その色が現れるに足るほど、性格や考え方、もしくは戦い方が似ている場合だ。

 たとえば、眼の王アイズに断片を与えられて、師事のもとで徹底的に戦闘術を仕込まれたリネットは、その教えのもとに性能を発揮する際は、師と同じオレンジ色のパルスを生じる。

 しかし、リネットの場合、戦い方や武器なども眼の王アイズと同じであるが故のものだ。一方でジャッジは、全く歯牙の王トゥースの戦い方ではない。

 となれば、それは間違いなく、性根に由来する。


「卑劣で執念深く、嘘つき。不愉快なやつがいたもんだね。

 まぁ―――代償は高くつきそうだけど」


 マクスウェルは、眼下の戦いに手を出さない。

 出そうと思えば出せるし、そうすれば一瞬でジャッジを排除できるだろう。

 が、そうはしない。王位種を呼び寄せたことで、自分の投影を維持するリソースがギリギリになっている。何か手を出せば、そこからは

 マクスウェルはこの局面、確実性より娯楽を優先したのだ。


 もっとも、それは必ずしも油断ではない。

 こうして見ていても、〈オルカ〉の勝利は揺るがないとマクスウェルは分析する。

 理由は単純。消耗のペースだ。


「せいぜいボクのお気に入りのため、無意味にはらわたを吐き出すといい。

 走れなくなるのは君が先だよ、ジャッジ。

 そうしてグチャグチャの泥になって、みっともなく死んでくれ―――」











(―――と、思ってくれたらいい)


 春太郎は、幾度とない接触―――30から数えるのをやめた―――をやりおおせ、なおも再び水輪の中を無尽に走る。

 泥を吐く度に感じていた激痛は、少し前から和らいだ。『慣れ』という都合のいい言葉で、痛覚を司る部分を吐き出してしまったかもしれないという可能性を脳内から速やかに排除した。

 

 体の一割か二割なら、失って初めて、自分と御神織火は対等条件だ。

 それが内か外かは重要じゃない―――春太郎は、そう考えている。


(条件は・・・対等じゃなきゃいけない。

 対等にしないと、お前を助けるなんて無理だよ・・・織火)


 そう。

 対等な条件を作る。

 そのために、真川春太郎はここに来た。


 パルスに対してパルスでぶつかり。

 スピードににはスピードで対抗し。

 相手が既に失っているから、こちらは今から失ってもみせる。


(な、な、織火。お前、ずっとみんなを助けてきたんだよな。

 あのマクスウェルは、これまでのお前をモブだと言ったけど。

 たとえ、お前は必ず戦いにいて、誰かを助けてた)


 御神織火は、近しい者を守るために、戦いに身を投じた。

 はじめ、それはクラスメイトだった。

 やがてそれは仲間に向き、無辜の人々に向き、恋をした相手に向いた。


 いつでも傷付き、何度でも悩み苦しんで、御神織火は戦いを駆けた。

 裁定のために全てを調べ上げたジャッジは、それをただ、知っているだけだ。

 真川春太郎は、はじまりの大勢のひとりでしかない。


(ごめんな。ベルリンじゃ、お前に嫌な顔させて。

 マスクを付けて。口調を変えて。名前も立場も、目的さえもごまかした。

 俺は本当に、嘘つきな卑怯者だ)


 走りながら春太郎は激しく咳き込む。

 ぼろぼろと、泥が落ちる。

 腹に溜まった罪悪を、自罰のために吐き出しているかのよう。

 泥が落ちる。落ちて落ちて、海に染みて消える。

 

(だから、それを貫く。お前がスピードを貫いたように。

 俺はそのためにこの場所で、こうして泥をまき散らしている

 キツかったが、そろそろ―――)

『春太郎』


 思考に割り込むように、あるいは思考の中から出てきたように。

 脳内に歯牙の王トゥースの声が響く。


『仕掛けは上々だ』

「あァ———それじゃあいよいよ、御覧じろ、だな」


 呟く春太郎は・・・突如、走ることをやめた。

 水輪がほどけて巻き付く。まるで体を海に固定するよう、現在地に縛り付けた。


「げほっ、ごぼっ・・・ごぉ・・・!」


 咳き込んで泥を吐き、体勢を崩しそうになりながら、突撃準備をする〈オルカ〉へ体を正対させ、両腕を広げる。


「・・・な、織火・・・いよいよ、俺は、ごふ・・・限界だ・・・!

 ここ一回で・・・ッぶ・・・決めよう・・・!」

<・・・ォオオオオオオオオ・・・ギィィィイイイイイイイ・・・!!!>


 聞こえたか、聞こえずか、〈オルカ〉はうめくばかり。

 ただ、獲物の変化は正しく察知したようだ。

 これまでより長く、多くのパルスをチャージする。

 

「まったく、無茶だよな・・・自分しかいない、ってのは・・・!

 けど、お前は・・・ごほ・・・みんなのために、ずっとそれをやってんだ・・・ッ!」


 ひと際強く、青い光が、目を焼くように爆ぜる。

 それは光を放ったまま、大きくなる、近くなる・・・速くなる。速くなる。


「だから、こんなのは違う・・・ッ!!

 お前が過去にあんな目に遭ったのも違うし・・・ッ!!

 お前が苦しんで戦わなきゃいけないのも、違ッ、」


 光と春太郎が触れ合うまでに、一秒もない。

 今度は、水にならない。焦がし貫く光を、生身のまま受け止める。


「ッぎぁああ、ッッッぶ、が、ァア、アアアアアアアアアアアア!!!!!!

 い・・・痛ッ、でぇ・・・!!離すか、ぎああッ、俺は、離さねぇぞ・・・ッ!!!

 ・・・ちが、う・・・ッ!!ぐぎッ、ちがう、違う、違う・・・ッ!!!」


 叫べど、もがけど、光は刃となって肌にめり込み、貫こうとする。 



 


 



 その光が、あまりに眩しかったからか。

 その声が、あまりに悲痛だったからか。

 または、その行為が、あまりに無駄だと思ったからか。


 頭上で足を鳴らして笑うマクスウェルは、その現象を見逃した。




「―――何?」

「むっ・・・!?」

「これは!?」


 それは、もまた同じだった。

 誰にも気付かれず、静かに、それは行われていた。

 王位種にバラバラにされた、グランフリート戦隊。

 チャナ。リネット。レオン。

 

 その腕に、足に、首に。

 ———灰色の泥で編まれた糸が、巻き付きながら出現した。








「―――歯牙の王トゥースッ!!!!

 今だ!!―――呼び寄せろッ!!!!」

『グファーファファファ!!!

 承知した、承認した、了解了解了ぉぉぉぉぉ解したぁああああっ!!!!』








「「「うわあああああああああああああああああっ!!!?!?」」」


 巻き付かれた三人は、急激に引っ張られ、強制的にその場を離脱する。

 戦っていた王位種も追いすがるが、後手に回ってはもう追いつけない。


「何―――これは!?」


 マクスウェルもまた、遅れてそれを把握する。 


 全ての糸は・・・春太郎の足元へ繋がっていた。

 吐き出した泥を、誰にも悟られず、海に溶かして。

 遠くへ、遠くへ、全てをあざむき届かせた。

 

 

 

 執念が実現した、卑劣な偽装工作。

 命がけの大噓。




「―――間違いなんだ・・・!!俺が倒して、それで終わっちゃあさ・・・!!

 そんなのは、げほ、ごぼ・・・ぜんぜん条件が平等じゃねぇんだ・・・!!」


 泥だらけの腕に、力が灯る。

 身を焼く光を押し返す。

 この光が人を殺すという事実を、否定して押しのけるように。

 春太郎は〈オルカ〉を・・・御神織火を受け止め続ける。


「たくさんの人間を助けた、お前がッ!!

 たったひとりの人間に、救われていいはず、ねぇだろうがッ!!

 お前、は―――ッ!!!」

<ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!>


 〈オルカ〉が吠え、青い光はみたびその輝きを増す。

 ついに限界を迎えた春太郎の身体は、その光に押され―――






「―――僕に任せろ、真川春太郎ッ!!!!!」






 糸に引きずられてやってきたレオンに、がっしりと受け止められた。


「リネットーッ!!」

「はいっ!!」


 リネットがレオンの背後に水柱の壁を作る。

 そしてその背後、壁を飛び越えて、緑に輝く髪が閃いた。


「『逆雷打さかさみずち』ィイイッ!!!」


 チャナが真上から肘を落とし、勢いを殺す。

 

<ヴォゴォオオオオオオオオオオッ!!!?!!?!??!?>


「っしゃあ!!到着ゥ!!」

「まったく驚いた・・・!!みごとな陽動と偽装だ!!」

「・・・ぜぇーっ!!・・・はぁーっ・・・!!

 げぼっ・・・ぐ、た、頼むよ・・・織火、を・・・!」

「もちろんです」


 力尽きた春太郎を壁の裏に隠し、三人は並び立つ。




「みんなで織火を止めるぞッ!!」

「「了解ッ!!」」




                         ≪続≫

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