第7章 -25『真意』


「そっち行ったよ、レオン!」

「アイ・サー!」


 走る〈オルカ〉の動きを遮るように、レオンは水面に拳を打ち付け、硬化する。

 そして身を翻す〈オルカ〉の横腹に、チャナがすかさず蹴りを入れようとするが、更なる加速がそれをクリーンヒットさせない。


 〈オルカ〉の動きは、春太郎との戦いを経て、次第に洗練されつつあった。

 それは自らのを理解したかのようであり、否が応でもタイムリミット・・・人間性の喪失を感じさせた。

 意識を刈り取るような一撃でなければ意味がない。だが、〈オルカ〉にスピードで勝ることは困難を極める。何より三者はそれぞれ、王位種との戦いで消耗している。万全でも難しいことが、できるはずはない。

 

「リネット、7時方向の壁が割られた!閉鎖してくれ!」

「了解・・・!」


 そこで三人が立てたのは、行動できる範囲を絞り、〈オルカ〉をトップスピードに乗せない作戦だった。春太郎が仕掛けたスピード勝負は招集作戦のためのフェイク、有効でないことは最初から分かり切っていた。

 監視、妨害、攻撃の役割分担を瞬間ごとに持ち回り、少しでも消耗を抑えながら、確実なチャンスを待ち続ける。巨魚のスタミナも無限ではない。春太郎からひたすら継戦しているのは〈オルカ〉の方で、こちらが多勢であれば有利なはずだというのがチャナの見解だ。


 しかし、懸念すべき問題も当然ある。


(王位種とは一時的に距離を取ったにすぎない・・・!

 到着してしまえば、一網打尽にされる・・・!)

 

 王位種は、いずれも健在だ。

 不測の事態に各々の対応が遅れた分、少しばかりの猶予が出来ただけのこと。

 当然、こちらに向かってくるだろう。


 特機戦力であるエセルバートは、テンペスタースに群がる膨大な数の巨魚をたったひとりで抑え続けてくれている。救援には来られない。フィンも、意識が眠っている状態では戦えない。黒須の意識では、パルスを使うことはできないらしい。


 今、この状況を打破し得る立ち位置と戦力を持っているのは―――








 ———レックスは、唐突に攻撃を止めた鱗の王スケイルを訝しんでいた。


(どういうつもりだ?)


 どこかへと消えたわけではない。視界には、槍を構え、アルゼンタムを睨んで

静止している鱗の王スケイルが映っている。

 攻撃の準備だけを整えたまま、仕掛けずてこない。


(あの野郎、その気になれば戦艦ひとつ、俺ごと簡単に沈められるはずだ・・・。

 何を企んでいやがる・・・)


 レックスもまた、迎撃の用意を整えたまま動けない。

 クルーにも、すぐに動けるよう備えるよう指示をし、膠着を保つ。

 遠くで戦う音が聞こえる傍ら、この場所だけが奇妙に静かだ。互いに互いの静寂を破るものを探しているかのようだった。


 それを破る音は、頭上に響いた。


『何をしているんだい、鱗の王スケイル

 お前の力ならそんなヘドロゴミクズ、すぐに処刑できるだろ?

 サボってないでやっちゃえよ、オイ』


 マクスウェルの声。

 明らかに苛立っている。声の後ろで、ガリガリと掻きむしる音が聞こえていた。

 意識を反らせば刈られる。レックスは声に目を向けないよう、鱗の王スケイルを睨む。

 

 鱗の王スケイルもまた、レックスを見据えたまま、声に答えた。


「―――が完全解除されておりませぬ」

『は?』


 マクスウェルは素っ頓狂な声を上げたあと、数秒考えて、苦々しい顔になった。


『・・・あ~~~、そうか・・・一応そいつ王位種だったもんなァ・・・。

 仲間割れのためにダメージ上限を設定してたんだっけか。

 でも権限に関することするとエネルギー不足でここにいれなくなっちゃうし・・・。

 うっざ!どうしよっかな!』

「ご心配めされるな、主よ。

 『原種アーキタイプ』に繋がるだけの反応は既に得たはず。

 ここで御神なにがしがどうなろうと、損害ではありますまい」

『んん・・・言われてみりゃそうだね。

 どいつもこいつも必死にゴチャゴチャやりだすから、飽きちゃったし。

 分かった、ここは任せてボクは月で寝るよ。いいように殺しといて』

「―――御意」


 マクスウェルは立ち上がると、千切れんばかりに両手を振る。

 そして全域に聞こえる声で叫んだ。


『おーい、みんなー!

 一時的に攻撃上限を解除するから、遠慮なくブッ壊して、ブッ殺してよ!

 端役どもはぐちゃぐちゃに死んでくれ!じゃ帰るねー!

 バイバ~~~~~~~イ!!』


 指をパチンとひとつ鳴らすと、鱗の王スケイルの身体が銀の光を放つ。

 他の王位種たちも同様に、自らの固有色の光に包まれた。


 手を降るマクスウェルのビジョンが、次第に揺らいで明滅する。

 完全に消える直前、その視線は黒須港に向けられた。

 

 冷たい敵意の目。

 一方、視線を交わす黒須は無表情で、奥底を読めない。


『・・・ホント死ね』


 心底から吐き捨てるような呟きを残し、マクスウェルのビジョンは消えた。








「―――――――――」


 残された鱗の王スケイルは唐突に構えを解き、片手を握っては開く。

 感触を確かめるようにそれを繰り返すと、どこかに声を掛けた。


眼の王アイズ―――奴の視線は消えたか?」

『ええ。すっかり眠られましたわ。もう誰も見てはおりませんよ』

「そうか」


 短い通信を終えると、鱗の王スケイルは片手を掲げ、厳かに宣言した。


「では・・・作戦を開始する」








 〈オルカ〉の放った海の槍が、壁の一部を倒壊させた。


「リネット、閉鎖おねがい!」

「分かりま、し―――ぐ、ぅ・・・!?」


 銃を構えようとして、空中のリネットがぐらつく。

 応急処置をしただけの傷口から、血が流れていた。


「リネットッ!!!」

「限界・・・!?」


 霞む視界を元に戻せず、通常の視界ではなく、エレメントを見ようと切り替える。

 壁を作らなければ。開けられた隙間に、弾丸を介してパルスを―――






 リネットが狙った地点には。


「―――あ、れ。なんで」


 もう、すでに、オレンジ色の線が引かれていた。






 海が輝き、形を作る。

 それは壁というよりは、まるで絹のヴェール。

 うすくなびき、しかし進もうとしても決して裂くことができない。


骨格の王スケルトン、周囲の封鎖を』

「カカッ!任せよ!」


 リネットたちが築いた壁、その更に外をぐるりと囲むように、無数の骨で組まれた巨大な防壁が建った。

 そしてその防壁の上に、しゃがれた老人と、妖艶な女の姿。

 骨格の王スケルトン眼の王アイズ





「フン、言葉通りの雑魚ばかりか」

「オーディエンス差別なァし!!!

 どいつもこいつもパララァァァァァ~~~~~イズ!!!!」


 甲殻の王シェル尾の王テールは、テンペスタースの周囲に群がる、否、既に過去形が相応しい。群がっていた魚群を瞬く間に破壊し尽くした。

 

『ど、どーなってンスかぁ——―ッ!!?!?』

「君たち、何故―――?」

「説明は後にしようではないか、エセルバート・マクミラン。

 我らが為すべきは今、ただひとつのみ」

「なっがい、なぁ~~~っがいリハーサルだったぜぇ・・・!!

 ようやく始まるなァ、アタシらのメーン・イベントがァ・・・!!」






「―――おい、マジか・・・?

 全部―――全部、そういうコトだってのか・・・テメェ!?」

「無論。もとより我が主は

 初めからあのような者への御意など存在せぬ」


 背より槍を抜き、天の月へ向ける。

 最強の王が今、高らかにその真意を開く。








「マクスウェルめを討つ。

 そのために、御神織火が必要なのだ」








                              ≪続≫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る