第4章 -22『評価』


「いいかい、元民間人。

 君の速度での水中走行は、訓練されたぼくですら自殺行為なんだぞ」

「・・・うっす・・・マジでもうしないっす・・・」


 病室のベッドに寝ながら、織火は睨まれて何も言えない。


 〈カナロア〉撃破から二日。

 あのあと、海上で気を失った織火はすぐさま回収され、病院に担ぎ込まれた。

 パルスの防壁があったとはいえ、無茶な水中走行によって全身ボロボロの状態。

 一か月ほど治療に専念することになるが、レオンによれば「骨が無事なのは奇跡」と相当マシな部類であるという。


「まぁ・・・あの状況で有効な手だったのは認めるさ。

 ぼくじゃ間に合っていないだろうしな。他に手立てがなかったのは確かだ。

 ―――けど、アドバイスくらいは求めてもバチは当たらないと思う」

「全くその通りだ。心配かけて悪かった」

「いいさ。次はもっとうまくやれるよう、お互い訓練だな」

「・・・おう」

「じゃあ、少しばかり遅いけど」


 レオンが拳を差し出す。織火は、唯一無傷だった右の拳でそれを打つ。

 勝利を静かに噛み締め、レオンもようやく表情を緩めた。


「島の様子は?」

「住民の方々は、驚くほど元気だ。強い方々だよ。

 ただ、ご老人方はを見つめて寂しそうにされているな・・・」

「・・・そうか・・・」


 レオン以外のメンバーは、島の各地に落ちた火山弾の除去作業に参加している。

 家屋や施設にいくらかの被害が出たが、全体的には致命的なものではない。

 

 戦闘に利用された『ホライゾン・ピーク』は、割れて海に落ちたあと崩壊。

 砂浜としての機能を完全に失った。

 しかし大王は、落下地点を史跡として扱うことで観光収入が見込めないかと考え、商工会と議論を交わしている。一件を経て、強かな為政者になりつつあるようだ。


脚の王レッグスは?」

「あのあと付近を哨戒したが、見つからなかった。

 再度の襲撃は、ひとまずないと考えてもいいだろう」

「そうか・・・とりあえず落ち着けるな」

「いや、それがそうでもないかもしれない」

「ん?」

「実はな・・・」


 レオンは、周囲の人の気配を伺う素振りを見せてから、声のトーンを一段落として織火に耳打ちする。


「今回の宣戦布告の件やらも含めて・・・セントラル・フォースがこの島に来る」

「・・・新国連が?」

「ああ。ことがことだ、しばらく防備するというのは道理だ。

 けど、ぼくにはどうも―――」

「―――『目当ては敵じゃなくてぼくらのような気がする』、かい?」


 突然背後から聞こえた第三者の声に、レオンは素早く振り向く。

 すでに見慣れつつある、嫌味な笑顔を称えた男・・・ヴィクトルだ。

 いつものスーツ姿ではなく、フライトジャケットのようなものを着ている。


「聞いていたより到着が早いですね・・・」

「公爵サマが飛行機を貸してくれてねぇ。

 グランフリートはいいジェットを持ってる。

 こればっかりは皮肉じゃないよ、なにせフライトは趣味の分野だ」


 そう言って自分のジャケットの胸を親指で差す。

 示されてよく見れば、市販ブランドのロゴが入っていた。

 ヴィクトルの私物ということだろう。


「・・・アンタひとりか?」

「ん?」

「アンタの、その・・・上司は一緒じゃないのかと思って」

「ふぅん・・・?」


 ジロジロと織火の顔を観察する。

 数秒目が合うと、初めて見るような、真剣みのある顔をした。


「何か、用事かい?」

「ああ。言いたいことがある」

「―――成程。あの人なら来てるよ。

 そもそもこの島に来たのはあの人を連れてくるためだからね」

「そうなのか?」

「ああ、それっていうのも・・・・・・・・・」


 ヴィクターは言いかけて止まり、チラリと背後を見てから、それを飲んだ。

 右のかかとだけでクルッと入口に振り向く。


「と、いうかですなぁ。

 いらっしゃるんですから、そろそろ入られてはどうです?

 ご用事がおありだそうですよぉ、ミカミオルカくんは」

「―――――――――フン」


 ヒュウン、という、静かな駆動音。

 入口の陰から現れたのは―――新国連事務総長・サイラスその人だった。

 自動式車椅子の背面部分には、いくつもの薬品のシリンダー。

 そこから伸びるおびただしい量の管が、体中に繋がっている。


 冷たく重い視線が、織火とレオンをとらえる。

 織火の目は、映像で見た印象よりも小柄な体格を認めた。

 だが―――その身に纏う空気は、この男に『小さい』などという印象を抱くことを許さない。

 それほどまでに、この老人には重力のような気迫が満ち満ちている。

 レオンは、自然と気を付けの姿勢を取っていた。

 織火は―――その視線を、じっと返している。


(ああ、そうだ。やっぱり・・・そういうことだ)


 そうした空気が、織火に確信を与える。

 肌毛を立たせる空気と裏腹に、言葉は思った通りに発された。




「―――失礼を言って、すいませんでした。

 俺、やっぱり弱かったです」


 織火は、ベッドの上で深々と頭を下げた。


 


 目を丸くするレオンとヴィクトル。

 サイラスは、表情を変えないまま織火を見ている。

 だが、その視線は少しばかり色を変えたように見えた。


「大口を叩いて、啖呵を切って・・・それで、いざ終わればこのザマだ。

 アンタの言う通りだったんだ。

 まだ、現実に対して何かが言えるほど、俺は上等なもんじゃない・・・」


 織火は自分の、ボロボロの体を見る。

 

 確かに、勝ったし、守ったかもしれない。

 だが、毎回こうなら・・・きっと次はない。

 その程度でしかないなら―――


「だけど―――それでも、俺はフィンとみんなを守りたい。

 そうできる男に、なりたいと思っています」


 なけなしの真摯さを目に込めて、サイラスに送る。

 言いたいことは、ただそれだけの決意表明だった。


 サイラスは、しばしそれを受けたあと・・・さも当然のように言った。




「よくやった」




 ―――今度は、織火も目を丸くする番だった。


「・・・何を驚いている?

 報告はヴィクトルを通じて受け取っている」


 手元に端末を取り出し、目を通す。


「絶大な規模の敵個体を最小限の人員で撃破。

 統率個体の存在をはじめ有益な情報を持ち帰り、地域への被害も最小限。

 充分な成果であると言える」


 つらつらと読み上げながら、サイラスは杖を突いて立ち上がる。

 決然と瞳を光らせ、淀みなく言い放つ。


「―――俺は全てに正当な審判を下す立場だ。

 貴様が弱いことは否定せん。

 だが、弱きにして出した結果は評価に値する」


 決して大きくはないその声は、驚くほど耳に響いた。




「貴様は有用だ。せいぜい強くなるがいい。

 好いた女を満足に守れる程度にはな」




 そう言って、サイラスは初めて、口端を上げた。

 織火は・・・もう一度、深く頭を下げた。


「さて・・・用事が済んだのか?本題に入るぞ」

「あ、はい。何ですか?」


 サイラスは車椅子に掛け直すと、背後のヴィクターを目線で促す。

 ヴィクターはベッド脇の机に、何かの機材をセットした。


「これは?」

「設置型の小型ホログラフ・モニターだ。

 貴様は安静のようなのでな、ここからでも会議に参加できるようにする」

「会議?参加?」

「・・・ヴィクトル、貴様教えていないのか」

「いやいやそんな暇この時間にありましたぁ~!?」

「フン、使えん。設置作業をしていろ」

「ええ~・・・?」


 釈然としない顔で作業に戻るヴィクトル。気の毒になって手伝うレオン。

 背後の出来事を完全に無視し、サイラスは話を続ける。


「貴様らにこの島の安全確保を命じたのには理由がある。

 この島は侵入経路が限られるのでな、機密の会話をするのに向く。

 あえて先延ばしにしてきたが、ようやく準備が整った」


 ヴィクトルがモニターのテスト起動をする。

 

 そのモニターの中継する先には―――フィンと戦隊メンバー。

 そして新国連の制服を着た人物が数名映っている。




「今夜20時。

 半巨魚デミ・ヒュージフィッシュフィンとの情報交換を正式に執り行う」


                               ≪続≫

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