第4章 -21『VS〈カナロア〉④』


「ぐ、うぅううう・・・ッ!!!」


 灼熱の風の中で、沸き立つ海が法則を失って荒れ狂う。

 〈カナロア〉のパルスは暴走し、熱波と、不規則な高波を放ち続ける。

 その最中を織火は必死に駆けていた。

  

 ホライゾン・ピークの破壊で体力を使い果たしたリネットは、撤退する前に弱点の位置を教えてくれていた。8本ある脚の付け根。

 それほど体内深くにはないというこの弱点はしかし、強力な遠距離攻撃を持たない織火にとって難関だった。

 熱波はただ触れているだけで徐々に体力を奪い、押し寄せる波は、直線的な動きを制限する。超速度による一撃こそを武器とする織火には致命的な制限だ。


(フィンたちの助けが期待できねぇってのに・・・!)


 フィンは、ガーディアンのパワーを島全体に張り巡らせ、温度の上昇を抑制している。

 これによって脚の王レッグスが言っていた15分よりはタイムリミットを遅らすことができたが、かわりに上層にいるデア、そしてその付近を警戒している仲間は海面での戦闘に参加することができない。


(なり振り構わず全力で突っ込めば、一本くらいはいけるだろうけど・・・!

 それを7回・・・どうする・・・!?)


 幸い―――これを幸いと言うべきなのか定かではないが―――過剰なパルスの注入により、〈カナロア〉は正気を失っているように見えた。

 これまである程度的確に使用されていた触腕による打ち付け攻撃が来ない。どころか、恐らく今の〈カナロア〉は周囲の様子を把握していない。

 

 これはもう、ただ膨張する熱量を放つだけの、巨大な装置だった。

 

 脚の王レッグスが言う通り、巨魚ヒュージフィッシュが生物兵器なのだとしたら、これこそがむしろ設計思想に即しているのかもしれない。

 だが―――それが生物を模している以上、どうしてもそこに生命と、その生命への冒涜を感じてならない。織火はやるせない憐れみのようなものを一瞬覚えたが、すぐ飲み込んで捨てた。

 どちらにせよ、倒さなければならないのだから。


 再び、〈カナロア〉が咆哮を上げた。

 青と銀の混じったパルスが大量に放出され、海面が激しく沸騰する。それに合わせ、いくつもの水柱が噴き上がった。


「まずっ・・・!?うわあッ!!」


 織火の足元にも水柱が生じ、回避の間に合わなかった織火は勢いのまま空中へと投げ出された。

 どうにか細かくジェットを噴射して空中姿勢を取り戻す。

 

 眼下では、水柱に変化が生じようとしていた。

 真っ直ぐに立ち上がった水柱は、まるで骨を失って軟体になるかのように、複雑なシルエットに変わっていく。

 うねっていく。うねって、枝分かれを繰り返す。


「・・・マウナ・ケアと同じ形・・・!?

 これが火山のエネルギーで起きたのが、今のマウナ・ケアなのか・・・!」


 織火は、〈カナロア〉の強大な力を感じると同時に―――それよりも強大な、地球そのもののパワーに畏怖していた。

 110年前の〈カナロア〉は、この火山という莫大なパワーの、外付け噴射口として機能したに過ぎない。マウナ・ケアを形作ったのは、マウナ・ケア火山自らだ。




 ―――そこまで考えて。

 織火の脳裏に、ひとつのアイデアが浮かんだ。


 火山のエネルギー。沸き立つ海面。崩壊寸前の〈カナロア〉。




「―――フィン!」

『―――こちらフィン!どうしたの、オルカ!』

「今からすごく無茶な要求するけど、聞いてくれるか」

『無茶すれば勝てる?』

「勝つ」

『分かった、どうすればいい?』

「他のメンバーも聞いてくれ。

 いいか、今のこの状況は・・・・・・―――――――――」


 




「―――――――――オルカ。お前さてはバカだな?」


 作戦を聞いていたオリヴァーは心底からそう思った。

 思いつくのもバカだが、やろうとしてるのはもっとバカだ。

 そういう話だった。


『だけど、これならワンパンでアイツをブッ飛ばせる。

 これ以上の威力を出す方法は今、ほかにない』

「・・・お前はやれるのか、フィン」

「やるのは、難しくないです。私の準備は一瞬。

 あとはオルカ次第!」

「そうか」

『ビビッてんすか、隊長』

「あのなぁ、お前」


 オリヴァーは深く溜め息をつくと、通信機をフィンから奪った。


「誰に向かって言ってんだよビビってねーよバカが!!

 俺様ならフィンなしでもやるわ!!バーカ!!

 そこまで言うならやってこいやガキ!!作戦を許可する!!」

『了解』


 通信機を切り、苦笑するフィンに返す。

 フィンは、一度深呼吸をすると・・・デアを通じて、意識を一点に集中する。


 遥か下。遥か下の、その遥か下。

 底の、底の、さらに底。

 奥また奥。最も深くへ。


「―――いきますっ!!」






「―――来た!」


 織火は『スピードスター』のチャージを開始する。

 急激に、速やかに最大を目指す。


 群島全体を薄く覆っていた金のパルスが、一瞬だけ剥がれる。

 それはラダーを伝って海面に下り、煮えたぎる海を走って、一点に吸い込まれる。


 


 ―――〈カナロア〉の、その真下。

 マウナ・ケア火山の火口へ。


 


 金色の光を放ち、火山が息を吹き返す。

 これまでよりさらに急激に、周囲の海面が沸騰する。

 それだけではない。火山を中心に水位が少しずつ上昇し・・・火口に鎮座する〈カナロア〉を持ち上げていく。

 その巨体と火口との間に隙間が開く。


「行くぞッ!!」


 織火はそれに合わせてスタートを切る。

 限界寸前、途中停止を一切考えない許容最大量のチャージ。

 腕のパーツひとつひとつが、内側からはじけそうなほどのエネルギー。


 だが、無軌道に走るわけにはいかない。

 目指す場所はやや下。

 織火は生まれて初めて―――に挑まねばならない。


 せりあがる波に身をよじる〈カナロア〉が、暴れるままにパルスを放出。

 あたりは無数の波に包まれる。


 それを避けるように、あるいは立ち向かうように、織火は息を吸い込む。

 差し込むように水中に右腕を突っ込み、『スピードスター』の推進力のままに、真っ直ぐに水中へと突き進む。


「―――ッッッ・・・っっっッッッッ――――――ッ!!!?!?」


 即座・・・織火は、さっきまで地獄に思えた水上が恋しくなった。


 呼吸がきかない肺を骨の上から殴りつけるような、暴力的な水圧。

 自分の知らない水の硬さ。海とは鋼で出来ているのかと錯覚する。

 しかも今、海は煮えている。『スピードスター』が防護膜のようになっていなければ、今頃は人類の煮物が完成していることだろう。


 織火はライバルの頑強さを思い知った。

 一体どんな訓練を積めば、この空間を自分のフィールドに出来るのか!

 


(―――こんッ、な、もん―――!!!

 絶対もう・・・・ごめん、だぁ―――ッ!!!)


 織火は決意した。

 二度と水中戦闘はしない。

 そのために、必ずこれで〈カナロア〉を打倒する―――!




 永遠の拷問にも思える数十秒を走り抜き、織火はようやく目指す地点・・・火口と〈カナロア〉の間にたどり着いた。

 ここまでに『スピードスター』のエネルギーは完全に使い切っているが、もはや、それは何の問題にもならない。


 エネルギーは、ここにある。無限にある。




「―――――――――」


 


 織火はイメージする。


 一撃でこの巨大な生物を倒せるイメージ。

 ひとつひとつの触腕を潰す時間はない。

 巨体の全てを一撃のもとに貫き、体内に溢れるパルスで自壊を引き起こす。

 そういうが必要だ。


(―――そう、あれがいい。あれを使おう―――)

 

 それは織火にとって暴力の具現だ。

 こんなよりも、よほど心に刻まれている恐怖。

 悪夢と暴威をあらわす形状。

 

 細かく思い出すまでもない。それはそもそも




 その名前を。

 織火は、必殺の名として付けた。






(『ガイアゲート―――






 〈カナロア〉の真下から、意思をもって水面が持ち上がる。

 地球の持つ天然の暴威が、人工の暴威に格の違いを見せつけんとする。


 だが、その形状は。






(――――――グラディエイター』ッ!!!!)






 


 火口より具現化した―――あの〈グラディエイター〉の頭部を模した剣。

 

 人類を模した魚が遣わした、暴威の海神を。

 魚を模した人類の攻撃が、一撃のもとに打ち破る。




 巻き起こった爆発は、まるで噴火のようだった。

 剣の帯びた上向きのエネルギーに乗せられて、銀の炎が天へと帰る。

 

 神が地上を去っていくように、雲を散らして消えていく。




 あとに残ったのは、そんなものより眩しい、水平線の朝日。

 それと、しばらくぶりに海上で気を失った織火の、満足気な顔だった。


                                ≪続≫

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