第4章 -20『VS〈脚の王〉〈カナロア〉③×③』


「――――――・・・・・・・・・」


 脚の王レッグスは、〈カナロア〉の触腕に立ち、島を見上げている。

 表情は余裕に満ちてはいるが、笑顔ではない。

 

 消極的な交戦を続けていた御神織火は、何かをきっかけに踵を返して島へ戻った。

 一方、〈カナロア〉もまた、体内の噴石が底をつき、補充に入った。


 時間さえかければ確実に島を滅ぼせる脚の王レッグス側と、〈カナロア〉をどうにかしなければ後がない人間側。

 強引に攻め込んでいけばある程度の被害とプレッシャーを与えることはできるだろうが、ここでわざわざそれを目的に攻め入るメリットはない。自ら海面近くに降り、直接〈カナロア〉を守るだけで充分。

 ここにきて脚の王レッグスは実に冷静だった。


「・・・・・・・・・・・・そろそろか」


 呟いた言葉にはふたつの意味がある。

 

 ひとつは、体表に赤みが戻った〈カナロア〉のことだ。

 未だ生きている火山からマグマを吸い上げ、それを武器にも栄養にもしている〈カナロア〉は、その実、燃費が非常に悪い。

 巨大な肉体を維持するためには、大量のマグマを得てなお長期に渡る休眠を要し、それでも一度の活動時間は長くても十数時間というところ。

 武器としてマグマを固めた噴石を用いれば、眠らないまでも、身体を満足に動かすだけのマグマの量はすぐに不足してしまう。


 もうひとつは―――人間の動きだ。

 向こうも自分たちの後のなさは分かっているだろう。防戦では勝ち目がない。

 だから、何かをしてくるとしたら―――。






「―――準備はいいですか、フィン、オルカ」

『オッケー、やれるよ!!』

『スタンバイOK。いつでもいける』

「それでは―――開始」






 金色の光と共に、轟音が響く。

 音と光のした方を脚の王レッグスは睨む。


 ホライゾン・ピークを貫き支える水の管、そして周囲のいくつもの枝が明確な意思を持って動き、その支えを外す。

 そして、まるでレールのように配置されたそこに乗せられ、移動を始めた。

 重力だけでなく、水の流れにも押され、超巨大質量が少しずつ加速する。


「―――ハ、ハハハハハ!!

 そうか、なるほどな!!それは考えたなァ!!

 なかなか頭がいいじゃんか!!」


 バチバチと両手を鳴らす、乱暴な拍手。そして笑い。

 言葉では褒めているが、その態度と声色は言葉通りのものでは当然ない。

 明らかな嘲りがそこに込められている。


 島はしばらく水のレールで加速すると、やがてそこから外れ、自由落下に入る。

 重さに耐えかねた空気が、低くけたたましい悲鳴を周囲に響かせる。 

 白く美しい砂と水が舞い飛び、雲か霧のように軌跡を残した。

 落下コースは―――言うまでもなく、〈カナロア〉に向けて一直線。


 脚の王レッグスは一度海に飛び込み、水中を素早く移動すると、落下してくるホライゾン・ピークの底―――真下の位置へと移動し、海面に立つ。

 片腕を体の後ろへ引く。何かを握るような手つき。


「だけどさ・・・!!

 それが通用すんのは―――俺がいないときだよなァ・・・!?」


 引かれた手から、あの忌まわしき『ネェロ』がどくどくと湧き出る。

 今までで最大量。次第に槍のような形状を取る。

 織火とリネットが見たものより何倍も巨大な、漆黒の大戦槍。

 

 自らの身長を遥かに超えるそれを、ギリリと音が鳴るほど握り込む。

 

「ぉお―――ッッッらあァア!!!!!」


 そして投げ槍の要領で、ホライゾンピークに向けて射出。

 底に突き刺さる黒槍はしかし、それだけで巨大な島ひとつを砕けはしない。

 本命はここから。


「回れッ!!」


 黒槍が高速回転を開始すると同時、脚の王レッグスは両手と八本のベルト全てを槍の方向にかざす。

 両手とベルトの先端全てから大量の『ネェロ』が溢れ、回転する黒槍へと吸い込まれていく。


「この島がブッ壊れちまえば、いよいよ手詰まりってことだ!?

 最後の手段ってやつなんだろうが、こんなもん無意味なんだよッ!!」


 いよいよ高らかに哄笑する脚の王レッグス

 黒槍は回転によって島に食い込みながら、そのシルエットを少しずつ球体へと変えていく。

 落下する島の勢いが、次第に弱まっていく。


「そんで、その最後の手段をさァ?

 何もせずに見てるってことねェよなァ―――人間!!」




 返事にかわり、落ちる島の上空、オレンジに燃える翼―――リネットが現れた。

 リネットは先ほどまでと違い、デアに積まれていた兵装全てを身に着けている。

 ごてごてと全身を固めたその姿は、どう見ても高速戦闘を目的としていない。


「当然です。力づくで押し込んでやりますとも」


 オレンジのパルスがみなぎり、装備に伝達されていく。

 何挺もの銃、背負ったガトリングガンやバズーカ、果てはミサイルに至るまで。

 あらゆる武装がパルスを帯びる。

 全砲門同時展開。


「―――『ゴーストテラー・パレード』ッ!!!!」


 発射。

 発射、発射、発射、発射。

 着弾着弾着弾着弾着弾着弾。


 音という音が攻撃性に染められていく。

 もはや数の領域ではない物量が、瀑布の如く島を撃った。

 浜にも海にも見る影を残さず、全てを爆裂していく。


 


 ―――そして、その全てが・・・黒い球体を押し返すに至らない。

 減っていく。止まっていく。

 落ちる島から威力が失われていく。




「ハハハ―――アハハ、ハハハハハハハハハ!!!!!」

「く・・・う・・・ッ!!まだ・・・!!」

「まだじゃねェよ、もう駄目なんだってお前らは!!

 こんなもんじゃ全ぇええ~~~~ん然、駄目だったんだよォ!!」

「まだ・・・ッ!!まだです、まだまだ・・・!!」

「・・・ハッ、お前もイライラさせてくれるね。

 いいさ・・・折れた顔を見せるまで付き合ってやるよ・・・!」


 思っていたような絶望のリアクションがないことに苛立った脚の王レッグスは、さらに大量のネェロを球へと注ぎ込む。

 今度は大きさは増していかず、より圧縮されたパワーの塊になっていく。


「まだ・・・まだ・・・ま、だァ・・・!!」


 リネットは撃ち続ける。

 自分の撃ち出す威力の反動に、自分の肉体が付いていけていない。

 撃つごとに肉と骨が軋み、脳が揺れる。


 それでもリネットはやめない。

 呟きながら抵抗を続ける。


「くぁっ・・・!!・・・うッ・・・!!

 大丈夫です、まだ・・・!

 ま、だッ・・・まだ、もう少し・・・もう少しだけ・・・!!」

「チ―――もういい、このくらいで充分だ・・・!!」

 

 どいつもこいつも、往生際の悪さが極まっている。

 心が折れないなら、身体を砕くしかない。

 ついに脚の王レッグスは、球体の拡大をやめた。

 

「どうせ悔やめって言ってもそうしねェんだろ。

 もういいや・・・ただ、意味も甲斐もなく死んでくれよ」


 






 そうして黒球を起動しようとして―――


「・・・・・・・・・・・・『火葬クリメイション』」


 ―――リネットが笑っていることに気付いた。








 

 内側から凄まじい爆炎と衝撃を広げて、ばっくりと割れて砕けた。 


 脚の王レッグスではない。

 黒球はまだ破裂していない。


 


 虚を突かれながら・・・脚の王レッグスは一瞬の思考を巡らせる。


 苛立ちに押された脚の王レッグスは―――知らず、これまで発揮し続けてきた要所の冷静さを鈍らせた。

 その言葉の違和感に気付くのが、この瞬間になるまで遅れた。




『大丈夫です、まだ・・・!

 ま、だッ・・・まだ、もう少し・・・もう少しだけ・・・!!』




 ―――『大丈夫』。

 それは一体―――




「フィン、今ッ!!」

「ッ!?」


 虚を突かれた脚の王レッグスの耳に叫びが届く。

 リネットがそう叫ぶと、砕けて落ちる島のわずかな隙間を抜け、水のチューブが出現した。最初にレールを形成していたうち一本だ。

 それは黒球のすぐ真下を通り、一直線に海面へと道を繋ぐ。

 接続された地点は、〈カナロア〉のすぐ目の前。


 その道を、御神織火が走ってくる―――!


「テメ―――」

「もらっ・・・たぜ!!!」


 織火は『スピードスター』を展開する。

 だが、拳は握られていない。手は開かれている。


 発光する手で、織火は―――進路上の黒球を引っ掴み、そのまま更に加速。

 回避が間に合わない脚の王レッグスを、黒球で殴りつけるように巻き込む。

 

「ガハッ・・・!!」

 

 そのまま加速。加速。加速。


 補給を終えたばかりの緩慢な〈カナロア〉には、トップスピードの織火を捉えることができない。

 勢いを保ったまま、もろとも海へ全力で叩きつけようとする。

 かろうじて直前で離脱した脚の王レッグスはしかしノーダメージとは言えず、水面を転がるように距離を取る。

 黒球だけが海面に激しく波を立てて落ちた。

 

「作戦、成功・・・!」




 ―――この作戦は、本来であれば、ただ島をぶつけるものだった。 

 そして作戦の懸念事項として、あの『黒嵐テンペスタ・ネェロ』が挙がった。

 

 対策のために戦いを思い返すうちに―――織火はそれに気が付いた。


 脚の王レッグスネェロの爆発を、使

 爆発したあとの煙に潜むことはあっても、その威力が及ぶ範囲に脚の王レッグスがいたことは一度もない。

 

 そして、作戦の主目的は脚の王レッグスではなく〈カナロア〉の打倒。

 脚の王レッグスは必ずしも優先して倒さなくてもいい。

 ただ邪魔されるのを防げばそれで構わない。


 これらの要素によって決定されたのが、今回の作戦。




「島をオトリに―――俺を『ネェロ』ごと押し込みやがったのかッ!!!」

「そう、最初から俺らの目当ては―――この『位置関係』だ」


 怨嗟と苛立ちに激しく顔を歪ませる脚の王レッグス

 織火は淡々とそれを煽る。


「落ち着けよ、王サマ。

 ここでイライラして大技かましたら、〈カナロア〉を巻き込むぜ。

 まぁ、そうしてくれると俺らは助かるんだけど―――どうする?」

「―――――――――ハッ」


 あまりにも激しい苛立ちが―――振り切って裏返ったかのように。

 脚の王レッグスはこれまでになく冷たい表情を浮かべた。


「―――実感した。

 確かにお前らはその辺の雑魚でも、単なる邪魔者でもねェってことか」


 黒球がほどけていく。

 液体に戻った全てを自分へと戻し―――脚の王レッグスは両手を上げた。


「・・・オーケー、今日は俺の負け。俺自身は撤退だ。

 残ったコイツを頑張って倒すといい」


 そう言いながら〈カナロア〉に向き直り、


「ただし―――最後に悪さはさせてもらう」


 ベルトを表皮へ突き刺した。


「何を―――!?」

「お手伝いさ・・・!」


 ベルトを伝って、銀のパルスが〈カナロア〉の体内へ注ぎ込まれる。

 〈カナロア〉はしばらく身じろぎしたあと―――瞬間的に全身の温度が上昇。

 急激な熱波に織火は飛ばされ、押し戻される。


「タイムリミットを早めた。

 せいぜいあと15分もすれば・・・この島を支える水自体が蒸発して終わりだ」

「テ・・・メェ・・・ッ!!」


 織火は熱波に阻まれ、前に進むことができない。

 脚の王レッグスの体が少しずつ海へと沈んでいく。

 陽炎に揺らぐ背中越しに視線だけを向け、告げる。




「改めて宣戦布告だ。もう俺たちはお前らに何の容赦もしない。

 それじゃあ・・・次に会うときまでに死ねなかったら言ってくれ。

 ―――もし生きてたら、ちゃんと俺が殺してやるから」




 脚の王レッグスが水中に完全に沈むのと、〈カナロア〉が不気味な咆哮を上げるのは同時だった。

 夜明けまで30分。崩壊まであと15分。


                       ≪続≫

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