第4章 -19『うねる孤島の人々』
「―――これで全部!?」
『ああ、全員上に行った!!無事かレオン!?』
『レオナルド・ダウソン、異常負傷ともになし!!』
『よぉし、オーケーだ!!』
「ハァ・・・ハァ・・・や、やったぁー・・・!!はぁぁーーー・・・!!」
通信越しのオリヴァーの報告を聞き、数時間フル稼働状態だったフィンは、両手を投げ出して脱力する。
何度目かもわからない往復の末、島民の避難が完了したのだった。
「やー、飛んでくる石が増えたときはどうなるかと思ったッスねぇ」
海面で〈カナロア〉がのたうつと同時、急激に飛んでくる墳石の数と速度が増えたタイミングがあった。
島の主要部分への被害を減らすため、オリヴァーとレオンは誘導から離れ、墳石の破壊を優先。現在、両名だけを残して全員が群島の最上部にいることになる。
「あのとき、何か大きなパルスのぶつかり合いを感じたの・・・!
オルカかリネット、どっちかが戦ってるのかも・・・!」
「それがなんか、二人ともらしいよ」
負傷を鑑みてデアに残ったチャナが、通信端末を片手にブリッジに入ってくる。
「オリヴァーに通信が入ったみたい。
島のえらい人と話がしたいんだってさ」
「―――私が、マウナ・ケアの大王ですが・・・」
『お話に応じて下さり感謝します、大王』
マウナ・ケアは今日、国家としては王国の立場を取っている。
旧ハワイの歴史にあやかり、再起のための縁起を担ぐ意味で、ハワイ王国初代国王であるカメハメハ大王の肩書を借りたため、国家元首は大王と称される。
この大王は、気弱そうな小太りの男だった。
汗をかきやすいのか、しきりにハンカチで額の汗を拭いている。
避難が進行する中でオリヴァーたちから状況の説明は受けているため、何が起き、何が戦っているのかは知っている。
狭い避難場所のため、大王の周囲は群衆が囲んでいる。
『説明するまでもありませんが。
海面で暴れているあれを倒さない限り、いずれこの群島は落ちます』
「うっ・・・あ、改めて言われるとショックが大きいですが・・・ええ。
私もそれは認識しております」
『責任を感じる必要はありません。
あれが火山に潜んでいた以上、遅かれ早かれこの事態は起きた』
リネットはフォローしたのではなく、事実を語っているに過ぎない。
この場面で責任の話をするのは、誰の目から見ても無意味だ。
「それで・・・直接私に話というのは、一体・・・?」
『それは―――なんというか・・・申し上げにくいお願いなのですが。
あれと、あれを操るものを倒すために、欲しいものがあるのです。
それさえあれば、かなり・・・いえ、ほぼ確実に有効な手が打てます』
「なんと・・・!
おお、おお!自体が丸く収まるのなら協力は惜しみませんぞ!
・・・それで、何が必要なのです?」
『・・・・・・・・・ええ、と・・・』
「・・・?」
リネットはなぜかここで言い淀んだ。
大王は訝しみ、群衆も首をかしげる。
そして、数秒あって・・・リネットはそれを要求した。
『―――島を、ひとつ・・・こちらで落としたいのです。
それも小島ではなく・・・この島の基準で言う、メインサイズ。
五大島クラスのものが望ましい』
「―――は?」
大王の気の抜けた返事と同時、一瞬その場は静まり返る。
そしてすぐに群衆のどよめきが場に満ちた。
「ま、待って!お待ちください!
それは、その・・・当然あります、島は!ええ!
しかしそこには家も施設もある!とてもではないが、その・・・!
攻撃の手段として差し出せるものではない!」
大王の主張は至極真っ当だ。
国を守るために、国の何割かを差し出せと言う。それでは本末転倒だ。
リネットも空気を察して、説明を付け加える。
『基準を満たすサイズであれば、人が住んでいないもので構いません。
ある程度の大きさと重ささえあればいいのです』
「バカなっ!
メインサイズで、人が住んでいない島など――――」
言いかけて、大王は急に沈黙した。
汗の量が増える。拭こうともせず考え込む。
「―――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。
それは、ダメだ。ダメです・・・!私には良しと言う勇気などない・・・!」
大王は縋るかのように通信端末を握りしめた。
「貴女は、分かっていてこれを要求しているのですか・・・!?」
『―――正直に言えば、それしかないだろうと思っています』
「そんな―――」
大王はへたりと座り込み、頭を抱えて沈黙してしまう。
群衆は大王が何を考えたか分からない様子だが、通信越しのリネットだけは、その沈黙を答えと受け取った。
『・・・・・・・・・申し訳ありません、大王。
酷な提案でした。やはり、ここは別の策を検討して―――』
そう言って通信を終えようとするリネット。
だが、大王の背後から―――聞き覚えのある声がした。
「―――『ホライゾン・ピーク』だよな、リネットちゃん」
『その声・・・カイマナさん?』
「おう!無事でよかったぜ!
―――といっても、こっちは二度も助けられちまったからな。
もう、普通の恩返しじゃ足りないってもんだ」
カイマナは群衆から進み出て、大王の前に立つ。
大王も、気付いて弱弱しい顔を上げた。
カイマナは、大王への礼の尽くし方を知らない。
ただ自分なりに、真摯に言葉を選ぶ。
「大王。
確かにあの白い砂浜は、歴史の象徴だよ。
この国の100年を、あの綺麗で広くて穏やかな砂浜がどれだけ助けたか。
それは俺だってわかってるし・・・アンタもそうだろ、大王?」
「う・・・」
大王の目にわずかに意思が灯った。
「私は58だ・・・。
まだこの国が国として起きたばかりの頃を知っている・・・。
旧い世界を知る誰もが・・・誰もが、あの浜を求めた!
思い出の一部を形に残したあの浜を見て、誰もが涙を流し笑った!
幸福を思い出してくれたんだ!」
大王は両手を付いて崩れ落ちてしまう。
本人が思い出す誰より、今、大王は泣いている。
「そ、それをっ!!
・・・それを、自ら落とすことなど、私にはっ・・・!!」
その涙を。
カイマナは―――真っ向受け止めた上で、自分をぶつけることにした。
「この国で一番美しいのは、砂浜か?」
カイマナは今日を思い返す。
漁に出て、巨魚に襲われた。
誰も、自分だけが助かろうとしなかった。
手を取り合って、窮地を脱しようと足掻いてくれた。
「この国が残さなきゃいけないのは、綺麗で広い島なのかよ?」
カイマナはこの十数年を思い返す。
妻と結婚したとき、誰もがそれを喜んでくれた。
妻が死産で亡くなったとき、誰もがそれを悲しんでくれた。
残された娘のことを、誰もが自分の娘のように一緒に育ててくれた。
いい子に育ったと思う。それは、この島のおかげだった。
「違う。違うはずだろ。
この国で一番綺麗で、一番残って行かなきゃいけないのはさ―――」
そしてカイマナは、人生のはじまりを思い返す。
両親が自分を捨ててどこかへ消えたとき、残ったのはこの国だった。
近い空と遠い海が、縛られず生え茂る木々が、新鮮な食物が。
善良な人々と、そこに生まれる暖かな交流が。
「―――『感謝する』ってことだろ」
この、うねる孤島の人々が。
カイマナという天涯孤独の男を、人の親にまで育て上げたのだから。
「感謝の輪を、こんなところで絶やしちゃいけねえんだ。
助けて、助けられて、もっと助けて・・・!
そうやっていつか、砂浜なんかよりもっと綺麗なものを生み出せる!
マウナ・ケアっていう国が残さなきゃいけないものは、それだろ!
そうだろみんな!!そうだろ、大王様!!」
怯えていた群衆に、熱の気配がした。
ハッキリ口にしないまでも、誰もがカイマナを認めている。
暗い海に灯される
目指すべき場所は示され、心はひとつになりつつあった。
カイマナは、手を貸そうとしたが―――大王は、自ら立ち上がった。
汗と涙をハンカチで拭い、ハンカチで足りず袖で拭った。
盛大な音を立てて鼻水をすすり上げ、深呼吸をひとつ。
「―――わ、私の、任期終了は・・・2年先です・・・!
それまでは・・・!私が物事を、きッ、決めなければいけませんね・・・!」
眉毛は八の字だったが、視線はしっかりと前を向いていた。
他ならぬ国民の投票によって選ばれた、善良な大王。
大それた政策はなくとも、きっちりと現状維持をしてきた、優れた為政者。
―――今日までは、ただそれだけでよいはずだった人物だ。
「リネットさん。
私、マウナ・ケア大王が正式に決定しました。
―――『ホライゾン・ピーク』を、貴方達に提供します」
『感謝します、大王。
私たちが必ず、この国をお守りして・・・』
「いいえっ!それは結構っ!」
『えっ?』
大王はカイマナと、その背後の群衆を振り返る。
ある者は拳を打ち鳴らし、ある者は腕力を誇示していた。
普段は穏やかなこの国の住民は、その実、かなり血の気が多い。
リネットたちは知らないが、国技は武器を使った格闘技だ。
「私どもの島をぶつけるつもりでしょう?
・・・つまり、それは私どものパンチですっ!
叩き込むのは私どもですから、どうぞお気になさらずっ!
いいですねっ!」
『―――ぷっ』
思わずリネットは噴き出してしまう。
なんて懐かしい。
本当に―――どうして海の男とは、どこでもこんな感じなのか!
『それでは―――ここからは、共闘ですね。
あのゲテクソ、ブン殴ってやりましょう』
「「「「オオオオオーーーーーッ!!!!!」」」」」
交渉はなった。
あとはもう―――滑り落ちるまま、決着へ進むだけ。
今日は海鳥が鳴かないが、夜明けはもう近付いていた。
≪続≫
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