第4章 -18『VS〈脚の王〉〈カナロア〉②×②』


 織火と脚の王レッグスの戦闘は今度こそ拮抗を見ていた。


「ちょこまかとよォーッ!!」

「ふ・・・ッ!!」


 触手が織火の行く手を塞ぐ。

 少し前までは決死のスライディングを敢行していたが、今は必要がない。

 横に方向転換、その場で回転加速し、体操の鉄棒競技の要領で跳躍。

 別のレーンに飛び移るのに準備を必要としなくなったことで、もはや脚の王レッグスは触手では織火を捉えることができなくなっていた。


 が、それで織火に有利になったわけではない。


「着地すぐ全速とはいかねェだろ・・・!」


 脚の王レッグスは両手から黒い液状の分泌物をにじませる。

 それは銀のパルスに反応すると空中に浮かびあがり、細かな玉に分裂していく。

 波打ちながら次第に意味のある形を成していく―――矢だ。


「『黒射ティロ・ネェロ』ッ!!」


 一斉に射出される漆黒の矢。

 触手のように細かなコントロールはされていない。射られた角度のままバラバラの着弾点へ飛んでいく。

 だが速度は触手の比ではない。即座にフルブーストをかけた織火のすぐ背後、今の

今まで織火がいた地点に矢の気配が滑り込む。

 加えて・・・織火にとって脅威なのは、この黒い矢の性質だ。


「くぅ・・・ッ!!」


 回避が成功してもなお、織火はブーストをやめない。

 重いダメージに膝が軋んだが、それでもこの速度を保つ必要があった。


 ほんの一瞬、ちらりと後ろを伺う。

 黒い矢は

 

 それだけを確認すると織火は前に向き直り―――そして、黒い爆発が起きた。

 

 矢がはじけ、破壊力と同時、黒い煙が爆心から広がっていく。

 黒い煙の中は少しも視認することができない。


 ―――よく見れば、黒い煙は今回の爆発だけではない。

 戦闘区域のそこかしこに、視野を奪う黒い煙が漂っている。


 煙まみれの戦場のどこからか、声が響く。


「オイオイどうしたんだよオルカくぅーーーん!!

 さっきの『スピードスター』とやらを叩き込みに来ねェのか!?

 このままじゃ俺の『ネェロ』でお先真っ暗だぜ!?」


 言うや否や、黒煙の塊のひとつから大量の黒い矢が飛来する。

 回避するが爆発、再び黒煙が広がった。

 バック走行をしながらカノンを構える。

 銃口を絞り、連射を可能にする。


「『スプレッド・シュート』!」


 乱射。なるべく広範囲にバラ撒く。

 数発が黒煙の中で弾かれる音がしたが、位置を割り出すには至らない。

 ただただ景色に黒だけが増えていく。

 脚の王レッグスの姿がかき消えていく。

 

「くそっ、野郎が!」

「俺はの王位種だ!!

 ハッ、でもまぁ別に間違えてもいいぜ?

 決して晴れねぇ煙に巻かれて死ぬだけだからなァ!!」


 


 ・・・そう。

 爆発によって生じた煙幕は、のだ。


 


 何度かパルスカノンでのチャージ射撃を試みたが、逃げて走りながらの中途半端なチャージでは、銀のバリアに阻まれ攻撃は通らない。

 かといって、このまま逃げ続ければ脚の王レッグスの言う通り。


 幸い、未だにスピードの優位だけは譲っていない。

 逃げられるうちに打開する必要がある。

 

(選択肢はふたつ・・・!

 黒い煙を消す方法か、ヤツの居場所を見つける方法か・・・!

 ―――といっても・・・)


 考えながら、前者は危険だと織火はすぐに思い直す。

 

 織火は脚の王レッグスと戦う中でパルスの応用性、そして巨魚という存在の得体の知れなさを痛感していた。

 今、たまたま黒煙の姿をしているあの『ネェロ』とやらが・・・自分がそこへ突入したあと、同じ姿をしている保証はない。

 閉じ込められればアウトだし、そうでなくとも全ての対応が後手に回るだろう。


 肉薄しなければ戦えないにも関わらず、近寄らない対抗策を要するジレンマ。

 

 一瞬の思考の隙。

 ほんのわずか緩んだ加速に、殺意は冷酷に反応した。

 足元から追い付いてくる銀のパルス。


「ぼんやり運転は死ぬぜ・・・!」

「ぐ、しまっ・・・」


 足元から触手が生じ―――ようとしたその水面が、瞬間的に沸騰する。

 温度の急変によってパルスが散り、触手が崩れる。


 ・・・触手だけではない。水面自体が崩れ、何かが生えてくる―――!


「うおッ・・・!?」


 咄嗟にバックダッシュで回避。

 出現した・・・否、下から飛んできたのは、熱された岩だった。

 内側からマグマがにじんでいる。


「クソ、〈カナロア〉ァアアッ!!!

 デカバカが、起こした俺の邪魔すんじゃねェよォ!!!」


 言われて下を見ると、数分前まで鈍重な動きしかしていなかった〈カナロア〉が、何か苛立ちや必死を感じるような動きで荒れ狂っていた。

 よく見れば、脚が一本足りない。


「誰か戦ってるのか・・・?」


 目を凝らす。

 〈カナロア〉が噴き出すマグマの色に交じって、鮮やかなオレンジの炎が見えた。

 鳥のように炎をはためかせ、マズル・フラッシュを光らせる。


 あんな炎は見たことがない。だが、オレンジ色、そして銃。


「リネットか・・・!?」

『はい、私です。あとちょっとそこどいて下さい』

「え?」


 嫌な予感がして再び飛び退くと、さっきまで眼下にいたはずのオレンジ色の炎が、すさまじい速度でこちらに向かってきた。

 きりもみのように回りながら通り過ぎ、炎を逆噴射して空中に停止。

 良く見るとリネットはだらだらと鼻血を流している。


「だ、大丈夫か!?」

「すいません、大丈夫です。一発イイのをもらいました。

 ―――こっちも大変そうですね」

「あ、ああ・・・速度は負けないが、敵が見えない」

「なるほど」


 言うや否や、リネットは肩越しに一発トリガーを引く。

 黒煙の向こうで弾のはじける音が聞こえたが、バリアの音ではない。

 とっさにベルトで弾いた音だった。


「・・・テメェ、見て撃ったな」


 織火に掛けるものとは違う、冷静な疑問を孕む声。


「オレンジの瞳・・・眼の王アイズのお気にってのはテメェか」

「別に答える義務はありません」

「そうかよ」


 黒い矢が飛来する。織火は回避。

 リネットは撃ち落とすが、爆発の場所が変わるだけだった。


 そのまま並走しつつ会話する。


「しかし困りましたね・・・今のが入らないとなると。

 私は逆に、見えるのに決定打がありません。手持ち武器がこれだけです」

「かといって、二人がかりでやろうとする、とッ!」


 下から飛んでくる墳石を殴り壊す。

 触腕が届かなくなり、噴き上げる石の数が増えつつある。


「・・・こっちがおろそかになってヤバイ、と!」

「はい。どうにか一挙両得ができればいいのですが」

「そんなこと考えてる余裕はねェんだよ、テメェらにはッ!!!」


 どこからどう飛んできたのか、真上から織火の進路上に黒い塊が落ちてくる。

 今度は矢ではない。大きな投げ槍のような形をしている。


「回れ!!」


 銀のパルスが水面を伝って表面に一瞬走る。

 突き刺さった槍は、不快な金切り音を響かせながら高速回転を始める。

 回転が早まるごとに、周囲の黒煙が次々に吸い込まれていく。

 やがてそれは大きなひとつの黒い球体になった。


 最初にその意味を理解したのは織火だった。

 アンカーをリネットに向けて伸ばす。


「上だ!!距離を!!」

「・・・ッ!!」


 最低限の言葉で意図を汲んだリネットは織火のアンカーを両手でキャッチすると、炎の翼を全力で吹かせて急上昇。


 直後、再び銀のパルスが流れ、黒い球体が膨れ上がる。




「―――『黒嵐テンペスタ・ネェロ』ォオッ!!!!」




 ―――破裂。

 嵐のように回転しながら巻き起こる、黒い爆発。

 周囲のいくつかの浮き島と、落ちてきた墳石、その全てを粉々に消し飛ばす。


 そしてそのあとには・・・先ほどまでより更に広範囲を黒い煙が埋め尽くした。


「く、っそ・・・!

 時間をかけたら何度かこれが来るってことかよ・・・!」


 上空のラダーに逃れたふたりは、その威力に身震いする。

 わずかでも離脱が遅れていれば間違いなく死んでいた。


 だが、その一方で―――リネットの目は確信に燃えた。


「ひとつ、作戦があるんですが。

 うまくいけば一挙両得、ふたり同時に倒せるかもしれません」

「聞かせてくれ。素人の俺じゃ何も浮かばない」


 リネットは―――何か罪悪感のような、遠慮のような感情を含む声色で。


「えーと・・・これはすごく乱暴な作戦で。

 どうにか上の方々に連絡を付けないといけないんですが・・・」


 崩れていく浮き島を見つめながら、ハッキリと口にした。






「―――上の・・・メインの島の中に。

 ブッ壊していい島ってあるんですかね?」





                        ≪続≫

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