第4章 -23『そして男は登壇する』


 19時58分。

 マウナ・ケア王宮、中会議室。

 

 グランフリートと新国連のメンバーが、ロの字に並べたデスクの左右に対面して座っている。

 窓側にはグランフリート戦隊からオリヴァー、リネット、エセルバート。

 扉側には、初対面の人物が3名。

 織火とチャナの2名は通信での参加のため、室内にはいない。

 

 そして中央、上座側には議長であるサイラスと、その背後にヴィクトル。

 下座側には、本日の中心人物であるフィン。


「さて―――定刻まであと2分ほどか」


 サイラスが切り出し、視線が集まる。


「開始前に断りを入れておくのだが・・・。

 こちらの参加メンバーに関しては、名前のみの紹介とさせてもらう。

 不測の事態に備え、可能な限り手早く会合を済ませたいのでな」

「まぁ異論はねぇ。

 と別の王位種がここに来ない保証はねぇからな」

「理解に感謝する。では・・・」


 サイラスは上座側に座っている男を目線で促す。

 鉄色の軍服を着た男。目鼻立ちが良くまつげが長い、誰が異論をはさむこともないであろう美男子だ。

 

「セントラル・フォース隊長、リカルド・アーチャーです。

 またあとで交流を深めましょう」


 そう言うとリカルドは・・・オリヴァーに向けて、杯を煽るジェスチャーをした。

 オリヴァーはその意図を理解し、ニヤリと笑みを返した。

 

 満足気なリカルドは、隣の白衣を着た女性に手で順番を譲る。

 

「新国連ベルリン海洋生物研究所、チーフのマーヤ・ボルネフェルトよ。

 〈ラーゼンラート〉の修正データ、ありがとうね」


 突然挙がった名前に織火は驚いたが。ドクターが『ドイツが発見した』、と言っていたことを思い出した。


「新国連の施設だったのか・・・」

「今後もよろしく頼むわね。個人的なデートも受け付けてるわよ♡」

「んぼっほん!?ごほぉん!?」


 フィンが変なせきをしたのを見てウフフと笑い、マーヤは隣に順番を譲った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その男は無言だった。

 服装はスーツだが、フルフェイスのヘルメットのようなものを被っており、異様な佇まいだった。

 見かねたのか、最初からそういう予定だったのか、ヴィクトルが喋り出した。


「彼は僕の部下、つまり選別官だよ。

 それも彼は、ミカミオルカくん・・・の筆頭選別官だ」

「日本の?」

「グランフリートにいるとはいえ、君の国籍はまだ日本にあるからね。

 詳しいことは機密だけど、確認のためにと出席を申請してきたワケさ。

 で、選別官は担当国家の一般市民には顔を知られちゃいけないんだ」

「・・・喋らない必要はあるのか?」

「それは別に必要ないけど、まぁ・・・徹底してるんじゃない?」


 視線が集まり、マスクの選別官はどこか気まずそうに顔を逸らしたあと、溜め息を吐いてひとことだけ告げた。


「・・・・・・・・・・・・・・・ジャッジだ。仮に、そう呼んでくれ」


 明らかに作った声だった。

 全員が、この異様な男にどこか人間味を感じて少しばかり和んだ。






「それでは、始めさせて頂きます」


 ヴィクトルが進行役として定刻を告げる。


「この場の目的に関しましては、お手元の資料の通り。

 グランフリート戦隊、旗艦ブリッジ要員であるところのフィンへの・・・

 この表現を各位にはご容赦頂きたいのですが・・・『尋問』を、執り行います。

 フィンさん、異存はありますか?」


 フィンは、わずかな手の震えを、握り込んで止めた。

 深呼吸をして、真っ直ぐに前を向く。


「ありません。私の知るところ全てをお話します」

「よろしいでしょう」


 ヴィクトルは手元の資料に目を落とす。


「事前に各位より集めた質疑をもとに、会を進行します。

 まずは・・・最もシンプルかつ、重要な質問です。

 これは総長殿にマイクをお渡しするべきですね」


 ヴィクトルはそう言うと、一歩引いてサイラスに場を譲った。


「俺から問いたいことはふたつ。

 まずひとつ、この世界を沈めたのは本当に貴様なのか?」

「そう・・・・・・・・・だと、思います」


 曖昧な答え方。

 だが、その口調はハッキリとしている。

 『そうだと思う』という、確固たる言い方だった。


「確証がないのか?」

「いえ。私の力が世界を沈めたのは、確かだと思います。

 ただ・・・私は、んです」

「説明せよ」

「はい」


 フィンは、懐かしさと恐れがないまぜになったような表情になった。

 そして、ひとつひとつ確かめるように語り始める。


「私はずっと・・・あのソーラー跡地にあったような施設にいました。

 ただ、当時の外の世界のことは知識としては知っていたんです。

 お父さんと歯牙の王トゥースが、本や映像を与えてくれていたので」

「何のためにそのような場所に?」

「それは分かりません・・・普段も、お父さんや歯牙の王トゥースと話したり・・・

 何か、訓練や実験を行っていたということでもなかったんです」

「目的は知らされていなかった、と?」

「はい・・・本当にその瞬間まで、私は自分の生まれた目的を知らなかった・・・

 だけど、その瞬間は来ました」


 フィンは、少しだけうつむいて、スカートをぎゅっと握りしめる。

 そのまま血を吐くような声で語り出した。


「あの日は・・・朝から、誰も来ませんでした。

 いつも少しだけ賑やかな空間は、本当に静かでした。

 そして・・・・・・――――――」


 記憶への恐れと、罪の躊躇いに、言葉が詰まる。

 ほんのり荒くなる呼吸のまま、フィンは周囲を見た。

 



 ―――誰も、自分を責めようとする顔をしてはいない。

 ただ、真実が知りたいだけの、善良な意思を感じた。




 最後に、ホログラフの織火と目が合い・・・織火は頷いた。

 フィンも頷き返し・・・大きく深呼吸をして、前を向いた。


「―――――――――・・・・・・・・・そして。

 『水槽』が・・・突然、んです」


 水槽の上部から何かの駆動音が響き、内部に光が満ちる。

 肌にビリビリとした刺激と、激しい頭痛を覚えたことを記憶している。


「私はパルスを制御できなくなりました。

 〈ガーディアン〉が勝手に出現して、私の手を離れて。

 ひとりでにどこかへ行き、しばらくして・・・

 施設は、どこからか流れ込んできた水の中に完全に沈みました」


 その勢いは破壊的という以外なく、壁は何個もの大穴をあけ、床も天井も潰れてどこかへ流れて行ったという。


「水槽のガラスは・・・かなり最後の方まで、私を水圧から守りました。

 ですがそれも限界が来て、私は割れた水槽から外に出たんです。

 崩れた壁の外も水だらけで、水面は見えませんでした。

 それでも泳いで――――――――私は見たんです」




 暗い海に、人工の柱が出現する。

 それは石に似た、しかし石ではない材質で造られている。


「写真で、見たことがありました。

 賑やかで、華やかで、素敵なものがたくさんあって」


 最も大きい柱の付近に、それよりやや小さな柱が複数。

 その柱の下に、それよりも小さな柱が大量に。


「いつか行ってみたいと、夢見ることさえしてたんです。

 何度も見たその風景を、見間違えるわけなかったんです。

 だって私は、


 その下にも、その下にも、どこまでも、無数の柱は並んでいる

 メートルを超え、ヘクタールを超え、キロを遥かに超えて。






 


 どこまでもその柱は並んでいる。


「―――私がいなければ。

 あの都市はまだ・・・ニューヨークと呼ばれていたんです」


 存在意義を奪われた、高層ビルという柱たちが。





 



「・・・・・・・・・あとは、みなさんが知っている通りです。

 ハロルド・マクミラン公爵が起ち、あなたが新国連にスカウトされて。

 世界は、今の形になってしまった」


 息を飲み、目を伏せる。


 誰ひとり―――声など出せるはずがなかった。

 その衝撃を、その哀しみを理解できる人間が、いるはずがない。


 だが・・・フィンは前を向いていた。

 サイラスはその心根の強さに内心で深い敬意を払い、であればこそ、努めて普段の自分としてこの場に在ろうと言葉を継いだ。


「つまり。

 貴様の意志によらず、貴様の力を利用した者が存在するということか」

「はい・・・恐らくは」

「ならば、ふたつめの質問をせねばならんな。

 最もその可能性が高い者の名を、


 サイラスのオレンジの瞳が鋭利に輝く。

 誰もが脳裏に浮かべていた、そのワード。その存在。


「貴様の言う『お父さん』とやらは、何者だ?」


 


 フィンは、その質問を想定していた。

 当然、それを答えることになるだろうと覚悟していた。



 それが―――さらなる混乱を引き起こすことも。







「―――――――――ハロルド・マクミラン。

 それが、私のお父さんの名前です」


                      ≪続≫

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