第4章 -24『名前』

 ―――フィンの『お父さん』が、ハロルド・マクミランであること。

 エセルバート・マクミランは、この告白を想定はしていた。

 

 フィンのいたあのソーラー跡地の施設に残された、ハロルドの署名。

 その不可解な内容。


 それでも、驚愕は胸に去来する。

 世界再起の礎となったグランフリートの祖がにいたという事実を、冷静に受け止め切ることは、エセルバートにはできなかった。


「・・・・・・・・・俺と奴は、知らぬ仲ではなかった。

 まだ俺が権力を得て間もない頃、幾度として衝突したものだ。

 だが、今となっては数少ない友だと思っている」


 そして、エセルバートよりも老獪なはずの男も、それは同じだった。


「偽りであれば許されぬ告白だぞ、娘」


 剣呑な鋭さを帯びるサイラスの声色。

 フィンは臆せず答える。


「安心してください、総長さん、そして公爵様。

 私の父ハロルドと、あなたたちの知るハロルドは・・・別人です」

「それは、どういうことだ?」


 サイラスより先に訪ね返すエセルバート。強い混乱の色を声に押し隠している。


「父は言っていました。

 『私たちの仲間は、』、と」

「・・・共通の偽名・・・ということか」

「多分、そういうことだと思います。

 グランフリートで写真を見たことがあって・・・びっくりました。

 本当に、全く違う顔の人が、ハロルド・マクミランとして写ってたから」

「私の祖父はイギリス人・・・つまり白人だ。君の父上は?」

「黒髪の男性で・・・アジア人、だったんでしょうか。

 似てるってわけじゃないけど、雰囲気は織火に近いと思います」

「そう、か」


 エセルバートは、ひとまずの安堵を覚え椅子に背を深くうずめた。

 そして冷静になると―――今度は疑問が浮かぶ。


「なぜ祖父はハロルドを名乗ったのだろうか」

「そこよねえ。

 どう考えても、は沈める側とは敵対する活動だわ。

 あえてハロルドを名乗る意味が分からないわ」

「何らかの意趣返しなのか。

 それとも、俺の友には全く別の思惑があったのか」


 確証のない予想に行き当たり、議論が一瞬途絶える。

 そこに・・・これまで沈黙を守っていたジャッジが、ぼそりと呟いた。


「・・・水没そのものが矛盾してるんだよな・・・」

「矛盾・・・?」

「え、あぁ聞かれてたか・・・

 別に俺は専門的なことは分からないんだがな・・・

 発言よろしいですか、総長」

「いいだろう、話してみろ」

「では・・・えー・・・」

 

 やや言葉をまとめる間があり、ジャッジは話し出す。


「御神織火。

 お前の話では、脚の王レッグスはこう言ったそうだな。

 『巨魚が活動しやすい環境にするために世界を沈める』、と」

「・・・ああ、そう言ってた。

 アイツの父さん・・・向こうのハロルドがそれを考えた、らしい」

「そして、それは失敗した。そうだな?」

「そう、だろうな。

 歯牙の王トゥースも、脚の王レッグスもそう言ってた。

 『半分しか沈まなかった』みたいなことも言ってたか」

「やっぱりな・・・おかしいのはそこだ」

「・・・何かおかしいかしら、それ?

 人間を殺す生物兵器だって話でしょう、筋は通ってると思うんだけど・・・」


 確信を得た声色で、ジャッジはその決定的矛盾を提示する。




「―――

 それを、やるのは、おかしい」




 それは―――水没世紀で当たり前に生きてきてしまった人間にこそ、気付きにくい矛盾だったのかもしれない。

 海を脅威に感じながらも、海で死ぬはずがないと、どこかでは思っている。

 間近の世界を疑った者は、この場ではジャッジだけだった。


「確かにな・・・考えてみりゃおかしな話だぜ。

 テメェで王位種を拾い上げておいて、目的を再度奪うような計画を立てる。

 よほど異常なサディストでもない限り、ありえねえな」

「それでいて、半分沈めば今度は世界のために駆けずり回る・・・意味不明ね。

 行動の全てに矛盾があるわ」


 各々が深まる謎に頭をひねる中―――エセルバートの脳裏には、かつて施設で発見された未送信文書があった。


『フィン。

 あわれな娘、いとしい娘よ。

 どうか・・・どちらをも選ばない私を、恨んでほしい。』


「・・・どちらをも、選ばない・・・」

「公爵?」

「私はグランフリートの元首として、ずっと考え続けてきた。

 どれほどの傑物ならば、あの災害の中で多数の市民を救えたのか。

 だが・・・・・・・・・それは、買い被りだったのかもしれない」

「何が言いてぇんだ、エッセ?」

「もしも・・・」


 それは、偉大な祖父という幻想を自ら砕く発想。

 憧れの人物を切り裂くような胸の痛みを、エセルバートは覚悟した。




「水没に失敗して、世界が半分沈む。

 そしてハロルドは立ち上がり、世界は再生に乗り出す。

 ・・・この一連の流れが・・・?」




「・・・!・・・そう、か・・・そうすれば、矛盾は・・・大部分なくなる」


 なぜ水没は失敗したのか―――意図的にそうしたから。

 なぜハロルドは立ち上がったのか―――初めから準備されていたから。

 なぜ巨魚を手中に収めたのか―――人類が滅びないのを知っていたから。


 多くの矛盾が解決された一方、見えなくなるものもある。

 ジャッジは首をひねった。


「だが、新たな疑問も出るな。

 その計画にどんな意味があるのかだ」

「当人がもういないとなっちゃな・・・想像、妄想の域を出なそうだ」

「フィンよ。

 貴様の父はほかに何か情報らしきことを話さなかったか?」

「いえ・・・これ以上のことは、思い出してもありません。

 強いて言うなら、知っていそうなひとの名前だけです」

「それは?」

歯牙の王トゥースが、話してくれたことがあります。

 王位種たちの中でも中心的な存在。

 最強の巨魚。王の中の王。

 名前は―――――――――」











『――――――いるかな、鱗の王スケイル

「ここに」


 そこは、いずことも知れぬ場所。

 宮殿のような、城のような場所。


 立ち並ぶ円柱の向こうには、漆黒の海と・・・無数の巨魚。

 いずれも地上においては最上級の危険度を戴く存在である。


 その広間の中心に・・・その名を持つ者が跪いている。

 

 身に着けた騎士のような甲冑。

 表面を覆う鱗は、鈍い白のようでいて、角度によって虹を帯びる。

 兜に包まれた表情は一切うかがい知れない。


『ボクが月にいる間、みんな元気にしてるかな』


 声は、この場にいない者からのものだ。

 どこからともなく、空間そのものに響いている。


「貴方の御心配なさることはありません。

 全てこの鱗の王スケイルめにお任せ下さればよろしい」

『頼りにしてるよ~。

 ほら、脚の王レッグスなんかまた独断専行だろう?

 目に余るようなら、代わりに叱ってやってくれよ』

「御意に」

『さて、毎度数分の通信でごめん。今日もここまでだ。

 次はいつになるかな・・・直接また会えるのを楽しみにしてるよ』


 ノイズのような音と、わずかな反響を残し、声は消えた。


 鱗の王スケイルは立ち上がる。

 直後、広間には五つの気配が新たに現れる。


「―――煩わしいとは思うが、慣例だ。

 まずは私が造物主に代わり、王の名を確かめる」


 気配に背を向けたまま、鱗の王スケイルは名を呼び上げる。


甲殻シェル

「ここに・・・」


 ひとりは、真紅の瞳を細く光らせる、剃髪の大男。


アイズ

「ここにいます」


 ひとりは、羽衣に肢体を包む、妖艶な女。


テール

「呼ばれたわ!!!!!ウケる!!!!!!

 こっこでーーーーす!!!!!いまーーーーーす!!!!!!」


 ひとりは、けたたましく叫ぶ、小柄な少女。


骨格スケルトン

「ここに・・・!」


 ひとりは、落ちくぼんだ目で笑う、不敵な老人。


レッグス

「・・・チッ・・・」

「―――貴殿を除けて進めても構わんのだが」

「クソ、はいはい、ここにいるっての・・・!」


 そして最後のひとりは、苛立つ純白の青年。


「そして、スケイル

 欠番の歯牙トゥースを除き、これで全ての王が集った」


 最後に鱗の王スケイルが振り向き、六人の王は向かい合う。


「人類への布告は済んだ。

 全ての準備は整ったと言えるだろう。

 いよいよ、我らの目的、造物主の願いを果たすとき」


 鱗の王スケイルは、背負った槍を持ち、高らかに掲げる。

 兜の奥で、見えぬはずの瞳が輝くのを、その場の誰もが感じていた。




「ここに、『光る海計画』の最終段階を開始する」




 世界で最も高い場所と、世界で最も低い場所。

 たったひとつの名のもとに、全てが動き出そうとしていた。


             ≪第4章『うねる孤島の人々』 終わり≫

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