第6章 -23『役割と性能』
「どうだッ!!」
「オラァ!!」
衝突、衝突、正面衝突。
鋼の拳とアンカーが激突を繰り返す。
観衆が興奮に声を上げ、声援と野次を飛ばしに飛ばす。
レオンは、浅い潜水と飛び出しを繰り返しながら、絶え間なくオリヴァーに攻撃を仕掛ける。常にクロスレンジ、完全なる接近戦を挑む形だ。
レオンの姿が水中に消え、数秒と間を置かず背後から顔を出す。
背中にアンカーを回して防御、返す刀でスイングするも、既にレオンはいない。
オリヴァーの真下でタービンの音を響かせている。
「いいぞー軍人の兄ちゃーん!!やれー!!」
「情けねぇぞオリ坊、気張らんかい!!お前に賭けてんぞこっちはーッ!!」
手に汗を握る攻防にオーディエンスのボルテージも上がる。
(クソッ、コイツさすがにうめぇな・・・!
水に細工する時間を与えないつもりかよ・・・!)
レオンの戦い方は、潜水戦闘の名手であることが前提の動きだ。
今、水中はオリヴァーにすらおいそれと踏み入れない、完全にレオンの空間。
しかし―――ならば、そもそも水上に姿を現す必要はあるのか?
初手の奇襲のように、手の届かない場所から攻撃を続ければいいのではないか?
(・・・答えは断じてノーだ。
隊長殿に時間を与えれば・・・そこは、泳げる水面ではなくなる)
対
あまりに当然の事実だが、泳げるのは、そこが流動する液体だからだ。
硬化されてしまえば移動は制限され、息を整える時間を与える。
もしくは―――想像し難いが―――戦闘を放棄して逃げるかもしれない。
よって、レオンがオリヴァーに対抗する方法はひとつ。
ごく近距離の水面を移動しながらのヒット・アンド・アウェイ。
アドバンテージを活かしつつ、真っ向からのパワー勝負。
「———と、なるとよォ、レオン。
でけぇ問題があるよな、テメェには・・・!」
オリヴァーは事態と魂胆を把握し、ニヤリと笑う。
戦闘開始直後のようにアンカーを足場にし、その上で軽く腰を落とした。
積極的な攻撃姿勢ではない、防御・応戦の構えだ。
周囲で観衆がどよめく。
(・・・やはり気付かれたか・・・!)
レオンは、水中では流れないはずの冷や汗を額に幻覚した。
だが動揺を理由に足を緩めては付け入る隙を与える。
ともかく打って出るしかない―――!
「『アポロ・ドロップ』ッ!!」
初撃を与えた技。威力はオリヴァーにも伝わっている。
正確に顔面を照準。両足がバネを付けたように伸び切る。
オリヴァーはそれを、
「———ッ!!」
回避も防御もしなかった。
ただ受けて、そのかわり足を踏ん張る。その位置に居座る。
そして、アンカーを通じて水面にパルスを流し始めた。
「くっ・・・!?」
鼻血を流しながら睨みつけるオリヴァー。鬼気を帯びた視線。
それを一瞬だけ見て、レオンは水中に逃れる。
「へッ・・・組み技で来られてたらヤバかったかもな。
だけどテメェはそんなリスクのでかいことはしねぇ。
組んでる間に水面がガチゴチだったらそれまでだもんなァ」
再浮上を試みるレオンの視界を、動きを止めた水面が塞いだ。
全体にまんべんなく硬化するのではなく、放射状に作用。
———攻撃可能な方向を限定している。
「もう反撃しねぇ、我慢比べだ・・・水面が塞がる前に倒してみろ・・・!
できねぇときはそれまで、俺は悠々と逃げさせてもらうぜ・・・!」
「ぐ・・・おおおおおッ!!!」
浮上可能な地点から飛び出すと、そこはオリヴァーの真正面だった。
真っ向勝負は互いに望むところのようだ。
レオンは水面をほんの少し持ち上げ、水中のまま至近距離で目線を合わせる。
「ならばッッッ!!!!!」
そして思い切り自分の背中の方まで腕を振りかぶる。
ギリリと音が鳴るまで拳を固め、それをオリヴァーの顔面めがけてスイング。
「ならば撤退。仕事は果たしましたので」
―——そのまま、とぷん。
冗談のように静かな音を残して、レオンはあっさりと海底に消えて行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ?」
取り残されたオリヴァーは、全く意味が分からない。
ここで潔く撤退するのなら、最初からこのような戦い方はしなくてもいい。
体力を削れるだけ削るというなら今は絶好のチャンスだった。
では、海底に一発で状況をひっくり返せるような隠し玉があるのか?
それも考えにくい。なぜなら、オリヴァーはここに留まらないからだ。
個人で扱えるような武器なら、戦闘エリアを離れてしまえば問題はないだろう。
(———いや・・・・・・・・・待て。
・・・・・・戦闘エリアを離れれば、だと?)
自分は何か・・・重大な勘違いをしてはいないか。
冷え切った思考が、オリヴァーを現実へと引き戻す。
周囲の状況を残らず拾おうとして・・・オリヴァーはようやく気付いた。
———オーディエンスの声がない。
ここを戦闘エリアだと思わせていた歓声が。
ぴたりと消えている。
同時、狩人たちは散り散りに消えていく。
人の壁が崩れ、それまで隠れていた実際の戦場があらわになる。
「残念だったなァ、でかいの。
真下が見えてりゃあ、俺らに気付けたろうによ」
そこにあるのは―——黒と金。
漆黒の槍と、黄金の矢が、所狭しと整列していた。
「自分で目隠し作っちゃったもんね。
レオンの作戦、バッチリ成功だよ!おつかれさま!」
先鋒レオナルド・ダウソン。役割は目隠しと時間稼ぎ。
途中棄権につき敗北。
次鋒、すぐさま出現。
《続》
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