第6章 -22『狩りの巷へようこそ』


 この世界には、巨魚討伐に関して特筆すべき戦力が五つある。


 少数精鋭の異能力者集団『グランフリート戦隊』。

 新国際連合の直属部隊である『セントラル・フォース』。

 神出鬼没で正体不明、謎のヒーロー『ウルトラペンギン☆スクワッド』。

 無料奉仕は決してしない高級私掠船『金剛旗こんごうき海賊団』。


 これら四つの、公に活動する勢力とは一線を画す、狭きちまたの者ども。

 それが北極の地獄を庭とする狩猟民族、『グレイヴヤードの狩人』だ。


 北極の狩人は、外界に目を向けない。

 ただ、手近な巨魚を狩り、それを糧として生きている。

 長い時をかけて磨かれ、受け継がれてきたその狩猟の腕は、決して暖かく穏やかな外の世界で振るわれることはない。


 彼らを閉鎖的であると思うのは簡単だ。しかし、もしそれを声高に主張することができる者がいるとすれば、その者は無知で、かつ幸福だ。

 グレイヴヤードの狩人が日々、桁外れの力を持つ北極の巨魚と命のやりとりをし、その総数を減らし続けていなかったとすれば、巨魚の世界的平均数値はあらゆる点で現在の数倍に跳ね上がっているだろう。

 

 それが、特筆戦力に数えられる理由だ。

 彼らは北極を出て行かないかわり、巨魚に北極を出ることを許していない。

 

 もっとも・・・彼らが外界の巨魚に興味がないのは、ただ、『食いでが少ない』からでしかないのだが。サバイバルは野生的でいて、どこまでも実利の世界なのだ。




 狩人たちの朝は早い。

 水上の天候がどうであれ、水中に棲む巨魚は比較的安定したリズムで生きる。

 起きる時間、眠る時間、活発な時間と落ち着く時間、エサ場とそこにあるエサ。

 これらを徹底的に調べ上げ、狩るに最適な時間に狩りに出る。


「おい、サーフィンの手入れは済んでるか!今日はすぐに出るぞぉ!」

「へっへっへ、見ろよ、こないだの大物の骨を使った銛だ!こいつは強いぜ!」

「当たればだろ、ヘタクソ!俺によこしな、お前が持ってるよりいいぜ!」


 ———その朝、オリヴァーを起こしたのは、狩りの準備をする声だった。

 グレイヴヤードに住んで、マスター・ケイナに師事していた時期は、自分も狩りに混ざって出ていくこともあった。その頃には気付かなかったが、賑やかなものだ。


「・・・もう、聞くこともねぇ声か。

 ヘッ、そう悪い目覚ましでもねぇや」


 狩りとは、原始的に命を取り扱う行為だ。

 自らが死にに行く朝には、相応しいのかもしれない。

 そんなことを考えて、オリヴァーは軽く笑んだ。

 ・・・声は、すぐに遠ざかって行った。


 末期の煙草を一本。永く付き合った第四の友に、別れの口づけ。

 くすぶる未練が、灰皿の底をにじって焦がす。

 耐水ジャケットとジャイアント・アンカーを手に、部屋を出た。








 用意していたボートに乗り、グレイヴヤードを発って十数分。

 オリヴァーは妙な不運を感じていた。

 

 途中、獲物を探す狩人に出くわしそうになり、進路を変える。

 一度や二度ならいいが、それがかれこれ六度目。

 目指すポイントに辿り着かないまま、時間ばかり経っていた。


(ずいぶん広範囲で狩りをしてやがるな・・・何を狙ってんだ・・・!

 燃料は最低限だしな・・・今からなら戻って予備を積むのが間に合うか?)


 チャナに見つからないうちに事を済まさなければならないが、急いて仕損じるのはもっと格好が付かない。

 早急な決断は早急な改善に必須———その理念が、戻り道に舵を切らせた。


「———ん、な」


 ———そしてオリヴァーは気付き、思い出した。

 

 狩人たちは寝ている巨魚を狩る術を持つ。静かな低い波を拾い、気配を殺して海を進む技術。音も立てないその技で、目覚めたときには喉元に手斧を刺されている。


 そんな彼らにとっては、難しいことではないのだ。




 




 モーターボートの音に紛れて、オリヴァーを尾行することなど。

 彼らにとっては容易いことなのだ。

 

 オリヴァーの戻り道を、狩人たちが完全に封鎖していた―――!








「て、てめぇら!?なんのつもりだ!?」


 問いかけに対して狩人たちは、あからさまにわざと首をかしげてみせる。


「なーんのつもりだぁ!?べーつにぃー!?」

「お前がぐーーーぜん、俺らの狩りのちまたに迷い込んだだけだがぁ!?」

「オリ坊がいるなんて知らねぇしなーっ!?みんなそうだよなぁーっ!?」

「「「なぁーっ!!!」」」

「んがァァァ!?」


 ———間違いない!ハメられた!


 そうでなければ、これほど速やかに、連携の取れた包囲などできない。

 狩人の囲い込みは、あくまで巨魚に対するものであって、オリヴァーほどの戦士に通用するものではない。

 それを簡単にやってのける背景には、他者の介在が不可欠だ。


 そして、こんな妨害を仕掛けてくる他者など、この状況でひとりしかいない!


「チャナだな・・・!?アイツの差し金なんだな、オイ!!」

「ガッハッハ!!半分アタリの半分ハズレだ!!」

「確かにこいつはチャナっ子の意思だが、指揮を取ってるのは別人だぜ!!」

「何ィ・・・!?」

「言ったろう、ここは狩りのちまただと!!

 ちゃんと水中に意識を集中しろ、そうでなきゃ怪我してオシマイだぞぉ!?」




「水中だァ?———ッ!!?」


 思い当たった瞬間には、もうは動き出していた。


 肩に担いだコンテナを真上に発射。

 水上へ爆進するコンテナが展開し、その中から多弾倉の魚雷が発射される。

 網目を描くように水面に殺到する大群。爆発。


「おおおッ!!」


 咄嗟にジャイアントアンカーを盾にして爆風を防ぐオリヴァー。

 ボートは完全に大破。パルスを流したアンカーを足場に水上に着地。

 しかし直後、魚雷の非ではない直接的な圧力がアンカーを襲う。

 丸太のような両腕が、オリヴァーごとそれを持ち上げる―――!


「———レオン、かッ!!!」

「隊・・・長ォ、殿ッのおおおォォォォォォオオオッッッッ!!!!!」


 真下から全力で殴打。超重量のアンカーを突き抜けて伝わる衝撃。

 続けざまに二度、三度、四度・・・のまま殴り続ける。


「おッ、がッ、ぐあ・・・!!

 てめ、調子に・・・乗ンじゃねぇゴルァ!!!」


 今度は上からオリヴァーが踏み付ける。

 ずばん、と音を立てて水中に押し戻されるレオン。アンカーから手が離れる。

 それも束の間、真横の水面から飛び出したレオンは両足を縮め、オリヴァーの顔に照準を合わせていた。


「『アポロ・ドロップ』ッ!!!!」

「ぐぶほォっ!?」


 スクリューの加速を付けたドロップ・キックがオリヴァーを吹き飛ばす。

 飛ばされる瞬間、アンカーの鎖を掴んで自分の方に手繰った。

 武器を失うワケにはいかない。


 水面を飛び石のように一度ホップして、オリヴァーはようやく止まった。

 肩にジャイアントアンカーを担ぎ、ようやくの臨戦態勢。


「おいおい何のつもりだテメェ・・・!!なァ、オイ!?

 マジでやって俺に勝てるとでも思ってやがんのかァ!!?」

「先に説明を放棄したのは貴君であるッ!!よって応答を拒否ッ!!

 部隊の長ならば戦況に即応されよ、グラッツェル戦隊長ォォォオッ!!!」

「いい度胸だブッ殺ぉぉぉぉぉす!!!」


 突進。接触。中央で掴み合い。

 ———腕力は、完全に拮抗。


 取り囲む狩人たちが沸き立つ。先鋒戦、開始。


                        《続》

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