第6章 -21『再誕』


「ようこそ、人類の艦船へ。お邪魔しますって言え」

「生え際が永遠に後退して死ねや日光不足野郎が」


 膝から崩れ落ちてうわごとのように「植毛・・・植毛・・・」と呟くドクターを尻目に、脚の王レッグスはデア・ヴェントゥスのタラップを上がった。あまりにも残酷な暴言だった。


 チャナによって半ば―――というかほぼ完全に———強引な形でオリヴァーと戦うことが決定してしまった一同は、作戦会議や装備見直しのためデア・ヴェントゥスに上ることになった。

 装備の提供を交換条件にした脚の王レッグスもまた、ここに加わる。


「ハァァァ・・・・・・・・・ここだ」


 死ぬほど深い溜め息をつきながらも、ドクターは脚の王レッグスを案内する。

 そこは、雑然とした倉庫のような部屋だった。棚やラックをはみ出して溢れる、様々な武器や装備。そのどれもが、今現在の戦隊メンバーが使っている各種装備品に似ていて、かつ、どれひとつとして同じではない。


「こいつは・・・?」

「新装備の試作品や、改良する前の旧仕様だ。

 有事の際に使えるかと思って、デアの中で保管してたんだ。

 ・・・まさかその有事が、こんなことだとは思わなかったがな・・・!」


 うんざりと首を振るドクターを尻目に、脚の王レッグスは床や机に転がる装備をまじまじと観察した。

 そして、その中のひとつに目が止まる。その形には覚えがあった。


「・・・アイツの使ってたクローか」

「ん?・・・ああ、そうそう。そうだよ。パルスレーザークローの試作品だ。

 最初は普通に手の上から付ける仕様で、しかも単なる赤熱ブレードだったんだ。

 義手に組み込んだから、このタイプは採用されなかったんだよ」

「ふぅん・・・」


 脚の王レッグスは右腕にクローを装着する。

 ドクターが手をグーパーする。それに倣って手を握り、開く。

 ビュン、という音がして、クロー部分が熱を帯びて光った。


 ドクターが左腕用のものを持ってくると、それも装着。

 両腕を振り回し、その場でしばし演武のような動きをする。

 ひとしきり確かめると、もう一度手を開閉し、クローの赤熱を解除した。


「———これは、悪くねぇな」

「一品決定かな」

「あァ・・・」


 脚の王レッグスはクローを外し、あらかじめ用意していたトランクに収容する。

 それを見て、ドクターは苦笑した。


「脚の装備から選ばないんだな?」

「うるせぇな、関係ねぇだろうが・・・」

「あぁすまん、どうしてもつい」

「チッ・・・!」


 脚の王レッグスは舌打ちを返すと、山積みになっている部分をガラガラと崩して物色を開始する。ドクターも、整理もされず棚に置かれた装備をひとつひとつ確認していく。


 しばし無言が続く中で、ドクターが会話を投げかけた。


「なぁその、脚の王レッグスっていうのは・・・脚なワケだよな?」

「あ?いきなりなんだ?」

「歯牙に、脚に、それから眼や甲殻だったか?

 部位分けされてるわけだろ、お前ら王位種の名前は」

「そうなるね・・・」


 ドクターは、ジェットブーツだと思われる装備を分解しながら、ぽつりと問う。




「もう意味ないんじゃないか、それ」




「———ああ・・・?」


 少しばかり殺気を含む声。返答を誤れば凶行に出るというアピール。

 しかし殺気に鈍感なドクターは、気にせず言葉を続けた。


「お前はその眼だの甲殻だのをみんな殺して、自分だけが王様になるんだろ。

 じゃあ、複数人をカテゴライズするための名前はいらないだろ。

 お前ひとりなんだ・・・何の、って分ける意味は全くないじゃないか」

「それは、———」




 ———それは実際、思ってもみない指摘だった。

 

 確かに脚の王レッグスは、ほか全ての王を殺すつもりでいる。

 しかし、その先の自分というものを、おぼろげにしかイメージしていなかった。

 沁みついたこの名前が形骸化するなど、想像だにしていなかった。


(———なら、じゃあ俺はになるってんだ・・・?)


 唯一の王になるかわり、唯一性以外を喪失する。

 想定外の事態、想像力の落とし穴だ。

 

 


 しばし沈黙。

 答えに窮する脚の王レッグスに、ドクターはさらに続ける。


、ってのもいいんじゃないか」

「決めない・・・?」

「ああ。何の王とか、どこの王とか、そういう基準は捨てて。

 ただシンプルに、『王』。『王』そのもの。

 飾りも、説明も、カテゴリーもなし。『王』だというだけ」




 それは、天啓に近いような気付きだった。


 サカナか、ヒトか。

 強者か、弱者か。

 王か、道化か。

 

 常に反するふたつの間で揺れ続けた生き様は、無意識に魂を縛っていた。

 『属する』という考えを、いつからか前提にしていた自分を、脚の王レッグスはようやく見出した。




「お前の名前を初めて聞いたとき、実は、俺は勘違いしててな」

「勘違い・・・?」

「ああ。ちょっと名前の音を聞き間違えたんだ。

 そのせいで、『それじゃ意味が被ってるだろ』と思ったワケだ。

 そのあとは『魚じゃねえじゃねぇか』とも思ったっけな」


 脚の王レッグスはさっぱり話が見えない。

 ドクターは、ドライバーを使って、壁に文字を書いた。


「新しい名前に、こんなのはどうだ?」

 


 





 ———その名は。

 かつて大地があった時代、最強を誇った存在の名であり。

 

『 REX 』


 ———その意は、ただ、『王』という存在を表す。







                           《続》

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