第6章 -20『最期の反抗期』
「———ここか」
あらかじめ決めてあった合図通り、特殊なリズムでノックをする。
「お、来た。入って入って~」
気の抜けた調子で部屋に招き入れるのは、チャナの声だ。
チャナのほか、織火とレオン、リネット、そして立体モニター越しに
「チッ、俺が最後か・・・人間の建物は慣れねえ・・・」
「安心したまえ、副隊長以外の誰も慣れてないからね」
「全員もれなく迷いました」
「それはそれでなんとなくイラつくなァ」
「ほんと沸点低いなオマエ」
「うるせぇよ赤身人間、ずっと走ってろクソが」
「なんだオイ白黒ヒステリー、喧嘩か?」
『そのへんにしておけ、同レベルだぞ』
お互いの額をゴリゴリとこすりつけながら睨み合う織火と
ほぼ同時に舌打ちをしながら離れた場所に座る。
「わざわざ集まってもらってごめん。
誰もオリヴァーには見つかってないだろうね?」
「隊長は屋上の方へ向かわれたようであります。
降りてくる様子は今のところなし」
「よし」
居住まいを正し、全員を見渡すと、チャナは一拍を置いて話し出す。
「期待を持たせないように先に言っておくと。
これは、オリヴァーを助けようっていう話し合いじゃない。
オリヴァーの状態も、事実も、決意も、ウチは変えるつもりはない」
その宣言は、幾人かの胸にわずかな落胆をもたらした。
ほかならぬチャナの口から宣言されては、いよいよ覆ることはなくなる。
「オリヴァーをあんな風にしたのはウチだからさ。
そのオリヴァーが、ウチを選ぶって言うなら、それを受け入れる。
もちろんホントはやだけど・・・覚悟を決める時間は充分もらった。
オリヴァーは死んで、ウチは生きることにする」
「前置きがなげぇぞチビ。
単なる決意表明なら俺がいる意味はねぇ、海に戻って寝るぞ」
「あぁごめん、そうだね。本題に入ろうか」
チャナはドクターに目配せをした。
ドクターは、モニターにグレイヴヤードの全景マップを表示し、マップ上の一点を点滅によって強調する。
「これは・・・避難用の船着き場か?」
『その通りだ。平時においてここからの出入りはない。
だが———』
船着き場のものと思われる監視カメラの映像が画面上に現れる。
薄暗く視認性が悪いが、係留スペースに何かが揺れている。
「これは・・・ボートですね」
「あまり大きいものではないね。乗れても一人か二人だろう」
「あれ・・・それって避難艇として大丈夫なのか?」
『大丈夫だろうな。なぜなら、それは避難艇じゃないからだ』
カメラの明度が上がる。
5~6人が乗ることができる避難艇が十数隻ほど、天井からアームでマウントされており、必要になるまでは係留の必要がない仕組みになっているようだ。
「じゃあ何なんだこのボート?」
「オリヴァーだよ・・・」
チャナは、本当にうんざりしたような、呆れたような、あるいは諦めたような声と顔で立ち上がり、ボートをじとりと睨んだ。
「アイツ・・・ひとりで行って倒す気なんだよ。
〈ダイヤモンド・フューラー〉を」
場の空気が凍る。
特に、直接あの氷壁を相手にした織火と
「・・・最後に死ぬのが目的とはいえ、単なる自殺行為だ。イカれてやがるぞ」
「無茶だ、無茶すぎる・・・!なんでそんなこと・・・!」
『———復讐のつもりだろうな』
ドクターが回答を代理する。
『あの男は―――心底からあの巨魚を恨んでる。
これまでは任務と、チャナの気持ちを理由に押し留めてきたんだろう。
だが今回、そこいらへんの兼ね合いがついちまった。
止まれる性分では・・・ないだろうな』
「オリヴァーは、ウチの運命を歪めた元凶をアイツだと思ってる・・・。
だから、自分がアイツを倒すことが、罪滅ぼしか何かだと思ってるんだ・・・」
声色が震える。
チャナは顔を両手で覆い、背を向けてうつむく。
「そんなの———そんなのさ———」
脚がよろめき、そのまま壁のすぐ前まで来る。
チャナは力が抜けたように壁に向かって倒れ込み———
「ふざッッッッッッッッッけんな————————ッ!!!!!!!!」
———思いきり絶叫し、勢いのまま頭突きをした。
脆い素材でできた壁がバゴンと音を立ててへこんだ。
額から血を流しながら、あぜんとする一同にゆらりと向き直る。
目がらんらんとギラついている。
「そりゃあ文字通り一心同体とはいえさぁ・・・!
別にオリヴァーにはオリヴァーの考えも人生もあるからさぁ・・・!
好きにするといいとは思うよ、ウチもそりゃ止めないさ・・・!」
ゴキゴキと音を鳴らしながら拳を握りしめ、そしてそこから、怒りに任せて自然とパルスがバチバチと迸る。
ついには瞳も緑の光を帯び、部屋の照明が気を利かせたように点滅する。
「けどじゃあ、あいつがそこまで好きにするってんならさぁぁぁ・・・!!
ウチが同じくらい好きにしたって構わないと思うよねぇぇぇ・・・!?」
問いかけながらドゴンと床を踏み鳴らすチャナ。
戦隊メンバーは必死に首を縦に振り、
ドクターに至っては三十数年の人生で初めて「あわわわ」と口に出して発音した。
「お、思う思う!超思う!なぁレオン、思うもんな!」
「いやぁ完全にそうでありますでありますなあーッ!!!」
「わたしたちはなにをすればころされずにすむんですか」
「聞き分けのいい部下を持って幸せだよウチは・・・!!!」
言うや否や、獲物を見つけたトカゲのように
びくりと肩をはずませた
「た、タダじゃねぇなら」
「オォォォケェイ、武器でも装備でもドクターが用意するよぉ・・・!」
『えぇ俺ぇ!?』
「どういう意味かなァ———————ッ???」
『あハイすげぇいっぱい用意しますハイ』
見事な交渉で全員の同意を速やかに取り付けたチャナは、笑顔で額の血を拭う。
傷はもうなかった。
「・・・で、実際のところどうするんスか?
追っかけて一緒に戦う?」
「それはオリヴァーが許さないだろうねぇ。
っていうか、本気のオリヴァーと連携できるのなんてウチくらいよ。
今や
「チ・・・」
「じゃあ、説得でもするんですか?」
「説得・・・まぁ、説得か。その言い回しはある意味間違ってない。
そうそう、説得してやるんだよ」
チャナは両方の拳をガツンと打ち合わせた。
「———全員でオリヴァーをブッ倒してウチらで〈フューラー〉を狩る・・・!!
名付けて・・・作戦名『ファイナル・リベリオン』だッ!!!」
ドクター・ルゥは、その場全員の血の気が引くのを見ながら。
(———反抗期をこじらせると、こうなるのか)
そんなことを考えていた。
《続》
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