第6章 -19『友』
「ふッ!!」
「がッ・・・!?」
返事も待たないエセルバートの急接近、そして
初手からKO狙いの、殺す一撃。
問答をしようなどという考えを即座に破棄し、オリヴァーは迎撃態勢を整える。
続く一発、ダッキングで視界から消えてのアッパー・カット・・・を、先読みしてのオリヴァーのショルダータックル。
「ぐあっ!」
「いきなり何しやがんだ、てめェ!!」
体勢を崩したエセルバートの顔面をめがけて振り下ろされるオリヴァーの剛腕。
「ッおおお!!」
エセルバートは地面に着きかけていた背中を膝の力と上半身のバネだけで無理やり起こし、ぐるりと身をひねってこれを回避。空を切るオリヴァーの拳は地面にヒビを入れて止まった。
(しまった、
「空いたなッ!」
回避と同時にオリヴァーの右横へと流れ込んだエセルバートは、振りぬいたままの姿勢でガードが空いたこめかみへとコークスクリューを放つ。
避けるも防ぐも間に合わないと判断したオリヴァーは、相手の腕が伸び切るまでに勢いを付け、その拳を頭突きで迎撃した。
「おらアアッ!!」
「がッ!?お前!?」
「づぅ!!・・・ッ今度はてめェが、ガラ空きだッ!!」
頭を拳に押し付けたまま、肘をエセルバートの肩口へと落とす。
ぼぐり、という鈍く猟奇的な音。
「グァッ!?!!?」
痛みに体が硬直する・・・が、覚悟した追撃は来ない。
オリヴァーは血のにじむ頭を押さえながらゆらりと立ち上がる。こめかみを外したとはいえ、エセルバートのパンチを頭で受ければ少なからず脳が揺れる。
それを見るエセルバートもすぐに反撃に出られる状態ではない。肩をかばいながら後退、慎重に距離を置き、呼吸と足並みを整える。
絶えずステップを踏むエセルバートと、足を地に付け不動の構えのオリヴァー。
両者は対照的な佇まいだが、そこには共通する獰猛さが見て取れた。
「はぁ・・・はぁ・・・おい、マジで今、決着までやる気かよ・・・!」
「・・・フッ、フッ、フッ・・・!最初から、そう言ってる・・・!
勝ち逃げなんか許さないぞ、オリヴァー・・・ッ!」
「聞いてただろうが、てめェも!!
俺にとって明日からは人生でいちばん大事なんだ!!
チャナには時間がねぇ、ミスは許されねぇんだぞ!!」
「・・・・・・・・・・・・知ってるさ・・・」
エセルバートはステップを緩め、やがて完全に止まった。
そして・・・歯をぎりりと鳴らし、血が出るまで拳を握る。
「知ってる・・・!僕が一番知ってるぞ・・・!
お前は決めたら止まるやつじゃないし・・・!
やると決めたらやる、守ると決めたら必ず守るだろう・・・!
それを止める気なんかない、僕にはできやしないさ・・・!」
「おい、分かってるんなら、」
「お前はァッ!!」
ノーモーションから、神速の踏み込み。
一切の反応を許さず、オリヴァーの頬に拳をめり込ませる。
オリヴァーは・・・その拳の、驚くほどの軽さに、何一つ身動きが取れない。
「お前はいいさ!大事な人を守って死ぬんだろ!?
本望だよな!!」
殴る。殴る。殴る。
それはもう、ボクサーのパンチではない。
ただ、感情が脳に出させているだけの、ただの拳。
オリヴァーは、もう回避も防御もしない。
ただ、言葉を拒否しなければいけないかわり、痛みを引き受ける。
エセルバートの何万分の一かも分からぬ、心の痛み。
「そうやって満足して死ぬだろう、お前はっ!!
チャナくんは生き残って!!お前は笑顔で死んで!!
そして!!・・・そして・・・僕はッ!!」
ついに、それは拳の形をしているだけになった。
両の拳が力なく胸を打ち、エセルバートはくずおれる。
「―――友達をひとり、失くすんだ。
僕にとっては、それだけだ———」
そして———その喪失を、エセルバートは止められない。
誰より自分が、その喪失の成功を、願っている。
矛盾を拳に潰して、コンクリートを叩いたまま、エセルバートは泣いた。
オリヴァーは・・・泣く友に、手を差し伸べることもせず、屋上を去る。
決着は―――永遠に、氷の海へと消えたのだった。
《続》
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