第6章 -18『男はそれに名を付ける』


『ええーっ?

 脚の王レッグスが出て行っちゃったのーっ?』


 広間に響き渡る、おおげさで素っ頓狂な声。

 王位種の主・・・マクスウェルは、週に数度の通信で、いきなり脚の王レッグスの出奔を聞かされた。


「王に被害はありませぬ。防衛用の巨魚にいくらかの被害のみ。

 ガーディアンは使用権限を停止し、回収致しました」

『場所は?』

「肉体に深く痕跡を刻みました。探知は可能です。

『う~ん、そうか。困ったなぁ。

 彼には頼みたい仕事がけっこうあったのになぁ~・・・』


 マクスウェルは、造反の事実を聞かされても、調子を変えない。

 不気味なほどに軽く、明るい声色。


 眼の王アイズが一歩進み出て、意思を問う。


「連れ戻して意思を奪いましょうか?

 それとも、すぐにでも殺してしまわれますか?」

『いや・・・ほっといていいんじゃないかな。

 死んでないなら、そのうちまた使い道も見つかるでしょ』

「フフフ、お子さんに対して酷薄でいらっしゃいますね」

『お子さん~?プッ、ハハハ!も~やめてよ~!

 ぼくに子供なんかいないし、ガキなんかだいッ嫌いだって知ってるでしょ!

 眼の王アイズったら相変わらず面白いんだから!ハハハッ!』


 手を叩いて笑うマクスウェル。

 ひーひーと息を切らす音まで聞こえてくる。

 ひとしきり笑ったあと、はー、と息を吐き・・・沈黙が訪れる。




『まっ、別にどこでどう死んでもいいよ?あんなの。

 脚なんかなくても魚は泳げる。うん、もとから余計な人数だったよな!

 よぉし、もーいらないや~!そっちの好きにしちゃってよ~~~し!』




 とびきり冷たく明るい声で、マクスウェルは言う。

 発しているトーンから連想される、いかなる感情も伝わらない。

 テープの録音を口から出しているよう。


「父祖の望むままに」


 ・・・そして・・・その声にこうべを垂れ、恭順の意を示す。

 熱量もない。厳格さもない。ただそれは底なしの軽さ。

 そんな声が———どうしようもなく、恐怖を励起する。

 

 魔力と呼ぶに相応しい、奇怪な声だった。


『・・・・・・・・・ところで、なんで彼ってそんなことしちゃったのかなぁ。

 人の親としてそのあたりどうなの、甲殻の王シェル

 あっ、これがひょっとしてあの・・・反抗期ってやつ!?』


 マクスウェルは、この空間で唯一こうべを垂れなかった男・・・石柱にもたれて沈黙を保つ甲殻の王シェルに声をかけた。

 甲殻の王シェルはわずかに目線を上げると、腕を組んで答えた。

 対照的な、重苦しい声色。


「そのような幼稚な感情ではない」

『ふーん。じゃあ何?打算が効くやつには見えないけど』


 甲殻の王シェルは打算という言葉を聞いて、愉快そうに鼻を鳴らした。

 そこには多分に嘲りのニュアンスがあったが、対象者には伝わらない。


「フン、打算か。ある種、その言葉からは最も遠いだろう感情だ。

 男というものは、その感情を———












 ———『意地』と・・・呼ぶ以外にないのだろう、きっと。




 


 本当に懐かしいこの服に袖を通しながら、自嘲する。

 

 さんざん『善き戦い』などとうたっておきながら、最後はこれだ。

 未だ私は、修羅の巷でしか生きられない、無法の徒のまま。

 本来、為政者など夢のまた夢・・・それを実感し、虚しくなる。


 一方で、この虚しさには暗い喜びと・・・そして感謝もある。

 これを持っている限り、今から起きることに、躊躇は生まれないはずだ。


 


 ———思えば、八つ当たりで始めたことだった。

 

 ルールを逸脱する拳しか放てない、野獣のような闘争心。

 いくら否定しようとも、私は私の拳を止められたことがない。

 相手の顔面が血に染まり、真っ赤に汚れたマウスピースを吐き出すまで。

 否、吐き出してもなお、、私は私を止められない。


 当時の私は、それを未熟ではなく、異常さと捉えていた。

 より純度の高い闘争、より高みの暴力を目の当たりにすれば———相対的に自らの安全性、普通さのようなものを感じられるのではないか?

 そう考えて、私は路地裏に踏み込んだのだ。それこそが異常の証明でしかないと、

頭の隅、心のどこかでは知りながら・・・。




 そうして、私はようやく出会うのだ。

 自らと同種の暴力に。同種の歪み、同種の狂気に。

 

 同じではない、悲しみに。




「———お前」




 屋上に現れたオリヴァーは・・・驚いたあと、嫌そうな顔になる。

 それは、驚きの理由が『なぜいる?』でなく『まさか本当にいるとは』だからだ。

 

 その顔を見て———やはり、これは意地でしかないと再確認する。


 この男は、私がどうしようとも、止まることがないだろう。

 望むままに壊し、死に、守りたいひとを必ずや守り抜くだろう。

 そうして去っていくことに、今はいささかの文句もない。


 パーカーのフードを深く被り、ボクサーミットを強く強くはめる。




 


 許せないのは。

 

「92勝、93敗、25分け」


 このエセルバート・マクミランが。


「覚えてるだろ。戦績だ」


 






「———僕と勝負をしろ、殺し屋オリヴァー」






                          《続》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る