第6章 -07『北極上陸戦⑤~異音~』










 ―——・・・・・・・・・ぴしっ・・・・・・・・・———


 まぎれて・・・消える。










 作戦は、順調に推移していた。


 織火の孤軍奮闘は確実に効果を発揮し、マーズ部隊に余裕を与えた。

 その余裕が、ひいては接近時にマーズが織火を援護するという流れにつながる。

 混ざっては引くを繰り返し、たびたび現れるも少しずつ減らす。


 デア・ヴェントゥス本隊もまた、順調にルートを消化中だ。

 レオン操作によるヘラクレスモードと、フィンによるガーディアンモードを適切に使い分け、限りなく直線に近いルートを突き進む。

 

 荒れ気味だった天候が、少しずつ回復の兆しを見せていることも後押しとなる。

 視界が広がり、風の影響も減る。必然、大胆な移動もしやすい。










 ———・・・・・・・・・めき、ぴし、めき・・・・・・・・・———


 リカルドは中型巨魚の体当たりをマーズの両腕で受け止める。

 肩の関節部が軋みを上げるが、なんとかこれを押しのけ、ボウガンで撃退。


「あぶないなぁもう!ちょっと変な音したぞ今ぁ!」


 まぎれて・・・消える。










 この順調さに―――オリヴァーとチャナは、不安を覚えていた。


(こんなにスムーズにいくはずがねぇ)


 匂いに釣られて寄ってくる巨魚が・・・あまりに少ない。

 格上から逃げ、同格と奪い合わねば、格下のエサにありつけない北極の海。

 そこに住む巨魚の嗅覚は発達している。ガーゼひとかけの血でも、やつらはそれをめがけて集まってくるだろう。


 王位種か何かが群れを統率していることも考えた。

 しかし、それにしては頭が悪い。

 フィンがいるはずの本体に仕掛けられるのは、大味な攻撃ばかりだ。

 まだ全貌を知っているわけでないとはいえ、今までに遭遇した王位種だけでもその知能の高さは理解していた。

 ならば、これはありえない。


 ありえないのなら―――なんだ?










 ———・・・・・・・・・ばきき、みしっ・・・・・・・・・———


 轟音。

 砕氷ラムが進路上の氷山を粉砕する。


「・・・?・・・」

「どうした、ノエミ」

「・・・・・・・・・や、なんか・・・なんだろ?」


 少しずつ・・・少しずつ。

 それはまぎれを脱する。








「フィン、交代頼む!!」

「分かった!すぐ展開するから離れてね!」

「了解!!」 

 

 小型の巨魚が周囲に増えてきたため、レオンはフィンと交代し、船外に出る。

 バリアが展開されるが、速度を落とさないために出力は低い。

 船底を狙われる危険があるため、レオンが潜水してカバーする手筈だ。


(・・・だが、何だ・・・なにかおかしい)


 レオンは出撃するたびに感じていた。

 下・・・海底付近からやってくる巨魚が、少しずつだが減っている・・・?




 やや散開していたマーズ隊は、再びファランクスの陣形。

 正面からやってくる巨魚の勢いが増したからだ。

 数が急増していないにも関わらず、猛烈な圧力で盾を押す。


「なぁ、おいっ・・・ちょっと様子が変じゃないか・・・!?」

「お前らも気付いたか・・・!?うおっ、くそ・・・これは、なんか・・・」

「・・・俺らを襲いに来てるっていうよりかは・・・ッ・・・まるで・・・!」


 リカルドもまた、異変に気が付いた。

 前線を脅かす勢いが増すにつれ、自分のところに抜けてくる巨魚も増える。

 しかし・・・それを撃つのに、バンカーをあまり使っていなかった。

 ボウガンで充分に狙撃可能な動きしか、しなくなったからだ。


(・・・これは・・・まるで、ただの移動だ。

 たまたま俺たちが進路上にいるから、邪魔なだけだとでも・・・)


 


 織火は、腰の後ろから手持ちのブラスターを振り向き様に乱射。

 スピードを活かした戦い方に合わせて、威力よりも速射性に重点を置かれた専用のカスタム・ブラスターだが、追いすがる小型を散らすには充分。


(く、さすがにそろそろスタミナがキツい・・・!

 一度デアか、マーズ隊のとこまで戻るか・・・!?)


 体力温存のためには、スピードを緩める瞬間が必要になる。

 その時間を狙い、左右から囲い込まれる。

 

「チ・・・!」


 織火は進路上にライオットを投下、爆風が巻き上げた水しぶきにパルスを放射。

 展開された『ゾディアック・ゾーン』に飛び込み、回避しつつ手近な巨魚に攻撃を加える。

 

 最後の水滴は、やや高い位置に残してあった。

 水中からの攻撃に警戒し、高さを確保しつつ斜め下に速度を殺さず移動。

 今日のランで何度か功を奏した有効なマニューバだった。


「よし・・・!」


 織火はジャンプし、水滴に足をかける。

 空は、いつの間にか晴れている。今日初めて見る太陽に目が眩むのを避けるため、織火は素早く視線を着地点に送った。


 織火は気が付いた。

 水面に、太陽が映っている。

 

「———え?」


 水面の、その更に下に―――もうひとつ、太陽が反射した。




 


———・・・・・・・・・そして。


 最悪の形で、それは・・・まぎれを脱し、あらわれる。













 






       ば き り 。













 






 戦場にいる誰もが、同時に。その異音を知覚した。 


「ッひ、っ」


 電撃に弾かれたように。

 チャナの体が、びくりと跳ねた。

 恐怖と絶望に開かれる両目。


「クソがァ!!」


 オリヴァーもまた、床を踏み抜かんばかりの速度で艦を飛び出す。

 即座にジャイアントアンカーをブレイカー・モードに。 


 チャナは、蒼白の顔のまま通信装置に駆け寄る。

 この作戦に登録された全チャンネルをオン。音量を最大に。

 ノエミやドクターが止める暇もない。




「逃げてぇッ!!!!!!!!」




「———ッ!!!」


 戦隊メンバーの行動は早かった。

 チャナとオリヴァーがを告げることの意味を、肌で理解している。

 理由など考えても無意味。とにかく、のだ。

 艦内もまた同じ。フィンはバリアを全開にし、ノエミはそのまま最大加速。

 凄まじい量のエネルギーが圧力となって艦内を襲う。しかし構ってはいられない。


 リカルドも―――他の大多数よりは、それを分かっていた。

 だがそれが不足していなかったかと言えば・・・決してそうではない。

 

「総員、撤退行ど」


 彼は一瞬、理解が遅れた。

 理解が遅れたが故の、指示の遅れ。

 そして理解が遅ければ・・・全てが、遅い。



 ―——がきん。



 聞こえたのは、そのくらいの小さな音だ。


「ぎぁ」


 その程度の音で・・・は、マーズの装甲を貫いた。

 

「ぐぼっ、ああ、たいちょ」


 最後に聞こえた声も、そのくらいのものだ。

 マーズごと貫かれたパイロットをそのままに。



 ばきばきっ。めきぃっ―――ばぁん。



 そのは、膨張して・・・つい数秒前まであった命を粉々にした。

 砕けず残る赤い血さえも、凍り付いて飲まれていく・・・。




 





 オオオ―――――――ン。

 オオオ―――――――――――ンン。




 





 響く咆哮。

 天使の歌声のように、高く、遠く・・・そしてあまりに冷たい。


 太陽の光が、一瞬、海の底を反射する。

 一匹のクリオネと・・・凍り付く無数の巨魚、巨魚、巨魚。


 


 〈ダイヤモンド・フューラー〉、出現。


                      ≪続≫

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