第6章 -06『北極上陸戦④~勇者誕生~』
織火のエントリーによって、群れは三つのグループに分かれた。
未だマーズと押し合っているグループ。この戦線はしばらく維持される。
織火が引き連れて走るグループ。こちらに関しては、状態を見て本体側へ合流することが考えられる。逆に、織火にも一定数の直接討伐は許可されていた。
そして残る1グループは、本体・・・デア・ヴェントゥスを目指している。
この乱戦、轟音と暴威の響く中―――デアの存在を正確に感知して、向かってくるだけの嗅覚と知能があるグループだ。ある意味、もっとも厄介と言える。
それでも、デアはこのグループとだけは正面から当たらなければならない。
この北極では、かけた時間がそのまま死のリスクと比例する。
天候をはじめとする数々の不確定要素と、膨大にして無尽の巨魚。
乱れる海流の中で最短ルートを抜けるには、迂回など一度たりともできはしない。
全ての障害を真正面から砕いて進む。
これ以外に成功条件はない。
ただし・・・それも、真の意味で万全のメンバーで受けるわけではなかった。
「事前に確認した通り・・・俺とチャナは基本的に戦闘に出ない。
不測の事態が起きた状態を肌で知ってるのは俺たちだけだ。
それまで温存しておきたい」
「ごめん、みんなウチに楽させてくれ。養って♡」
確信の込められた声だった。
『起きるかもしれない』ではない・・・『それは必ず起きるぞ』と確信している声。
「まぁ、要するに私たちで全部やればいいんでしょう。
あと養うのは嫌です」
甲板で銃座式のバルカンを調整しながら、リネットが返す。
「頑張ります!パワー全開でいっちゃうから!
あと養うのは嫌です」
フィンも既に戦闘モードで―――『ウィッチ・スタイル』と名付けらたしい―――デアと並行して泳いでいる。
デアの形状は、これまでと少し異なっている。
正確に言えば、見慣れない装備が各所に増設されている。
リネットの座っている銃座もそのひとつ。
船首部分には、内側に畳まれたブレードのようなものが見える。
左右の装甲にも、用途不明の箱型のパーツがある。相当のサイズだ。
「え何お前らウチに対してひどくね?」
「日頃の行いですね」
「ひどくね!?」
「悪いがよろしく頼む。船外で戦えるのはお前らだけだ。
サポートは俺とノエミでやるからよ」
「オリヴァーは養ってくれるよね?」
「あー・・・じゃあカード貸してやっから駄菓子屋でも行けよ」
「あーん鬼!駄菓子屋でカードが使えるワケねえーッ!
ノ、ノエミーッ!!お前ならーッ!!」
「声優付きの高身長イケメンになって出直してくれたら考えるッス」
「存在を構成する全要素が否定された」
チャナは部屋の隅で大の字になり死んだ。
「バカは放っておいてだ
———その席、座っててどうだ?レオン」
「ハッ、問題ないであります」
オリヴァーは返事の聞こえた方・・・管制席の後方に視線を送る。
そこは、フィンのための『水槽』がある場所。しかし・・・今、それはない。
かわりにあるのは、重く厳めしい、メカニカルなシート。
座っているレオンは、頭と両腕に何かの装置を着けている。
頭のヘルメットのような装置から、両腕―――肩口から指先までに張り巡らされたワイヤーのような装置が繋がっている。
いつもほど声を張らないレオン。緊張しているのか、はたまた集中か。
自分の手を握っては開く。
「しっかし、マーズの裏でこんなモン作ってたとはな。
ドクターも大胆なこと考えるなァ」
「さほど大胆というほどではない。
オルカのバトルアームやフィンの『水槽』のひねくれた応用だ」
「理論さえ立てばノエミさんがチョチョイのドカーンてもんッスよ」
「チョチョイのあとに何か不穏なインシデントが起きてはいませんか?」
急に不安げな顔で自分を囲む装置を見回すレオン。
「まぁ、デアで色々考えてたのはずっと前からッスからね。
ちょうどいい実戦テストってことッス」
「この戦場には何人実戦テストをやっている人間がいるんだ・・・」
「まぁ我慢してくれや。まじまじ見られちゃたまンねェからな」
自分たちが何らかの手段で目視偵察されていることは、既に誰もが知っている。
ならばせめて重要なシーンの監視が少しでも難しくなるように、非実戦的な実験はこの数を減らし、極力実戦の混乱の中でデータを集める方針になった。
結果、この戦場にはテスト段階の兵器が複数個存在する。
そのうちひとつが、レオンの繋がれているこの装置なのだった。
アラートが響き、モニターが魚影を表示する。
「接近中。数2、中型。下位種。種族照合は?」
「いらん、倒せ」
「アイ・アイ」
短いやりとりの直後、デアの左右を囲むように巨魚が出現した。
クエの巨魚、中型下位種〈マスラオ〉だ。
合わせて、前方と後方、水中からも小型種が押し寄せる。
「前後は私が」
「オッケー!下は任せて!」
リネットが『ポルター・ガイスト』で背後をけん制しつつ、機銃を掃射。
毎分7500発の砲弾が次々に巨魚のシルエットを崩壊させていく。
水中もまた、フィンの『硝子の盾』に守られ、その安全を脅かされない。
しかし、左右の〈マスラオ〉は、小型の氷山をその身で粉砕しながら、デアをその大顎で噛み砕こうと迫っていた。
まさにその歯が届かんとした瞬間、
「———アーム発動」
「イエス・サー」
デアから生えた腕が、〈マスラオ〉の喉笛を鷲掴みに押し留めた。
それは、左右装甲のボックスが展開したもの。
五指を備える手は、巨大さをまるで感じさせない動きだ。
まるで本物の人間と見紛うほどの精密さ。
それは何故か?
「レオン、トレースシステムの調子はどうだ?」
「何ら問題なし!握力すら自分のもののようであります!」
実際それは人間の動きだからだ。
レオンの両腕の動きを脳を通じてデアに入力、アームに反映する。
デアの弱点だった至近戦闘を行うための新装備。
「ノエミ!前方に大型氷山!」
リネットから報告が入る。
進路上に、壁のように横並びする氷山。
「まっかせろーーーい!!
砕氷グライディエイトホーン、起動ぉーーーう!!」
ノエミの掛け声に合わせ、船首に畳まれていた砕氷ブレードが前にせり出す。
それは、あの〈グラディエイター〉の刃角を模していた。
「全国のオルカくん、許せ!!」
「ついでだからコイツらも氷山に叩きつけてやります!!!
正面最大加速をッ!!!」
「ヨーーーソローーー!!!ヒアッハーーーー!!!」
ノエミはアクセルペダルを(着いてないが)全力で踏み込み、デアは氷山に向けて死の加速を開始する。
アームは〈マスラオ〉を進路上、ホーンの横へ突き出して掲げる。
衝突。
超振動と炸薬による爆発を表面で同時に起こすホーンはビスケットでも砕くように氷山を粉砕し、その機能を備えていなかった〈マスラオ〉は砕ける氷に埋め込まれてそのまま沈んでいった。
「これがデア・ヴェントゥス強行突撃形態!!
名付けて『ヘラクレス・モード』じゃーーーーーーい!!!!!!」
死の氷を抜け、勇者と船は死地を進む。
作戦の全てがいよいよ動き出した。
≪続≫
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