幕間『御神織火に関する全てのこと』


「はぁ~~~~・・・」

 

 ジャッジこと真川春太郎は、膨大な資料を前に深い溜息をついた。


 資料は全て、御神織火に関するものだ。

 何も自分の趣味で集めているわけではない、と、誰にでもない弁明をする。

 

 選別官は、要注意人物に関して全てを把握しなければならない。

 本人のプロフィールや人格面、家族構成。

 友人関係や恋愛遍歴、賞罰に至るまで。

 何の誇張でもなく全てを把握しなければならないのだ。


「やってることはストーカーと変わりねえんだよなぁ~」

〔・・・グフフ、感情が大きなことだな・・・〕

「うるせえよ!どこで覚えたその言い回し!?」

〔インターネットよ・・・お前が寝ている間に少し、ちょっと、わずかにな・・・?

 なかなかどうして興味深い、グファファ、知識欲、探求心・・・〕

「うわぁ、マジかよ!?あんまり変なこと覚えるなよ・・・!?」


 春太郎と歯牙の王トゥースは、肉体を共有している。

 能動的な交代も可能だが、睡眠中などに歯牙の王トゥースが体を動かすこともできる。

 

「脳内でネットスラングとかずっと言われた日には発狂すっぞ俺は・・・」

〔今狂っていないとでも言うか、自己理解が足りんことだ〕

「マジうるせ~コイツ、顔面殴りたい」

〔自傷行為よな〕

「分かってるわ!」


 やかましい同居人の言葉は一旦無視して、資料の閲覧を再開する。

 文字の資料を一通りクリアしたので、次は動画ファイル群だった。


「赤ん坊の時代はさすがにないとして・・・お、入園式。

 こういう映像ってどうやって電子の海に流れるんだろうなぁ・・・」


 友人の歴史を盗み見るというのは、何か冒涜的で、良い気分はしない。

 それでも、職務であれば、そういう部分を自発的にシャットアウトできるのがジャッジ、ひいては選別官という人種だ。


「あっ、スプリント。こっから始めたんだな・・・」


 アクアスプリント。

 御神織火の根幹を作ったもの。

 今もなお、あらゆる意味で御神織火の魂はスプリントのリンクにある。


「うわ、速いな。小学生でこれかよ

 聞いちゃいたけどマジで天才なんだな」


 織火の映像は、ほとんどがスプリントのものだった。

 真剣そのもののトレーニング。ラップタイムに一喜一憂する様子。

 今の、やや影のある織火からは考えられないくらい、その笑顔は眩しい。


「・・・キツいよな・・・これがトラウマに変わっちまうってのは・・・」


 モニターに映る織火はたくましく成長していく。

 小学校を卒業し、中学生になり、地元チームへ入団。

 

 そして、世界ジュニア選手権大会。

 招待状を手にガッツポーズする織火。

 そして映像はドバイのスタジアム、人生を変えてしまうあの悲劇を―――






「——————————あれ?」






 ———悲劇を、映さなかった。

 

 招待状を手にしている映像の次のファイル。

 そこには、地元警察に聴取を受ける織火の様子が記録されていた。


「いや、そんなバカな。世界大会だぞ?

 ないワケあるかよ、取りこぼしだ。珍しく凡ミスだな俺」


 ジャッジはそうひとりごちて、当該大会に関して検索をかける。

 優秀な専用人工知能は、一瞬でこの世全てのネットワークを駆け巡り、











【 映像記録を発見できません 】











「・・・ッ!?」


 瞬時に人工知能を停止し、手動で調査を行う。

 該当年度の、世界ジュニア選手権大会。

 

 事件に関しての記事はいくつも見つかった。

 そこには、織火の名前も、死亡者の名前も、正確に記されている。

 

 だが・・・映像の記録だけが、ない。

 写真、動画・・・ただのひとつも、この世には存在しない。


「バカな、どうなってる・・・!?

 軍事やら政治的な記録とは違う、一般行事の出来事だぞ・・・!?

 一体、何で―――——————


























 ———―――何故だ・・・!?

 何故、こんな映像がにある・・・!?」


 ドクター・ルゥは、旧式のコンパネの前で愕然と声を上げた。


 映っているのは・・・惨劇だ。

 

 スタジアムに押し寄せる、巨魚、巨魚、数えきれない巨魚。

 観客、選手、大会スタッフ。

 誰もが区別なく食い散らかされ、あたりを真っ赤に染める。




 そして・・・その、中心部。

 泣き叫びながら体を抱える、ひとりの少年。




「何でオルカの映像が、にあるんだ!!

 ———!!」






 


 突然に浮かび上がる過去は、得体の知れない魚影に似ている。

 正体を失う御神織火の過去。


 悪夢の鱗は、ついに、その実像を帯び始める―――。








≪次章『終わる海の少年』へ続く≫

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