第7章 -14『VS〈メイナード・マクスウェル〉①』


 15時ちょうど。

 戦艦アルゼンタムは、バイパスアーチを渡り、初の進水を果たした。


「各位報告しろ」

「計器類、正常です。周辺にも異常ありません」

「機関、正常に作動。出力60%」

「砲塔・弾薬・エネルギー問題なしだ、いつでも撃てるぞ」


 事前に訓練されていたマウナ・ケアの面々は、淀みなく報告を進める。

 レックスもまた必要な情報と用語を記憶しており、これを正しく把握していた。


 一通りの報告が済んだあと、操舵を握るカイマナが肩で振り返り、声をかける。


「風は爽快、波も穏やか。クルージング日和だな?」

「フン、なら少しテメェの舵で揺られてみるか。

 面舵いっぱい、平常速度で都市外周を進行しろ」

「アイ・アイ・キャプテン!」


 アルゼンタムは戦艦であるが故に静音性を考慮されていない。

 エンジンは船出の喜びを歌い上げるように高らかな轟音を上げ、海面を引き裂いてその巨体を前へ前へと運び始めた。


「なかなかサマになってますね」


 ヴィクトルは艦長席の横に立ち、憮然として腰掛けるレックスをそう評した。


「・・・こんなもん誰にでもできるだろ。

 記憶力はともかく、ほとんど操作はオート化されてんじゃねぇか」

「いえいえ、雰囲気というのは大切です。

 どんなに簡単なことでも、堂に入っていれば立派なものですよ」


 わざとらしく視線を斜め上に反らし、声のトーンを落とす。


「あとは有事の際ですかねぇ」

「あ?」

「あぁいえいえ、他意はありません・・・」


 訝しむレックスの方は見ずに、ヴィクトルは時計と地図をこっそり見比べた。








「———ヴィクトルさんの言う通り、こっちに来てるッスね」

「試運転のルート情報は間違っていなかったようだね。

 あの人のことだから、こちらも嘘かと警戒したが・・・ひとまず安心か」


 一方テンペスタースは、アルゼンタムの進路の少し先に控えている。

 

 『渦沿いに都市外周部を進む』という情報を事前に受け取っていた一同は、接近に合わせて最高速で飛び出し、出会い頭の一発を見舞うプランを立てていた。

 ヴィクトルはこの抜き打ちの模擬戦を以前から計画していたため、両艦の弾薬類の一部は訓練用のマーカー弾に取り換えてある。ヒットした箇所に特殊な塗料が付着、どの程度の想定ダメージがあるか目視できるというものだ。

 これで撃ち合い、先に大破圏内に入った方の負け・・・というのがルールだ。


「しかし、成功しますかね。

 向こうの方がガタイのいい船ですし、指揮経験こそないとはいえ相手はレックス。

 そうやすやすと奇襲などさせてもらえるでしょうか」

「まーそこをどうにかやってみせるのが我らがノエミさんっしょ!」

「ぜってぇーやってやるッスわ」

「頼もしい!」


 開戦に向けて燃える一同。

 ・・・だが、そこから少し離れて、織火は何か落ち着かない様子だった。


「・・・どうしたの、オルカ?」

「ん・・・あぁ。フィンか。

 なんか・・・分からないけど、落ち着かないんだ」

「具合でも悪い?」

「いや、そういうワケじゃないけど・・・なんだろうな。

 んだ。体が、全体的に」

「んん?どういうこと?」

「俺もうまく説明できないな・・・」


 胸騒ぎのようで、それでいて、何か安らぐかのような。

 模擬戦とはいえ、戦いの前にこんな気分ではいけないと分かっている。

 しかし、名状しがたい感情は大きくなるばかりだった。


「・・・ノエミさん、巨魚は出たりしないのか?」

「センサーには今のところぜんぜん引っかかってないッスね。

 テンペスタースでも、ベネツィアのシステムでも、静かなもんッス」

「弾薬もすぐに訓練用から実弾に切り替え可能だそうだ。

 有事の際にはすぐに実戦に出られる。そのためにフル装備で控えてるだろう?」

「・・・そう、だな。それなら・・・大丈夫か」


 情報を処理した脳は、正常に『安心だ』という電気信号を送ろうとする。

 だが、脳では処理できない器官が体のどこかにあって、それが必死に何かを訴え、織火を急かしつけているかのようだった。

 

 


 そうしているうち、アルゼンタムとテンペスタースの距離は間近に迫ってきた。

 ノエミはエンジンを吹かす。


 計器を観測していたクルーが、レックスに異常を告げる。

 短い報告だけで、レックスはそれが何らかの艦船であると割り出した。




 織火は・・・無意識に、右腕を握りしめた。

 ———その瞬間、右腕を中心に一気に膨れ上がった悪寒が全身を駆け巡り―――

 



「行くッスよ!!おりゃ―――」

「急速停止、やりやがったな、あのヤロ―――」





















『残念、ここでテコ入れだよ』




















 衝撃音。

 それはひとつのように聞こえたが、全く同じ音が二つ重なっていた。


「んぎゃあ!?」

「ぐ、ぁあ!?」


 テンペスタースとアルゼンタムは、お互いに動き出そうとして、その衝撃に全ての動作を押し留められた。

 どちらも、砲など撃っていない。それどころか、動いてすらいない。

 動けていない。






 ———ふたつの艦は、一瞬にして生まれた気泡に包まれ、宙に浮いていた。






「な―――なんだ、これは!?」

「何が起きたの!?」

「う、浮いとるッスがぁーっ!?」


「これは・・・!?」

「こりゃあどうしたことだ船長!?」

「テメェの仕込みか、ヴィクトルッ!!」

「ち、違う!こんなものは予定してないぞ、俺は!」


 余裕の顔が崩れ、地の口調になるヴィクトル。

 それほど異常な事態だった。


 次に訪れた異常は、互いの計器だ。


「え・・・巨魚の、反応・・・!?

 ま、真下!?ひとつ、ふたつ・・・40、50、60・・・」


 ソナーには、青い点がいくつかある。

 そのだった。


「———

 なに、これ・・・ど、どこから・・・どうやって・・・?」


 顔面蒼白になるノエミ。アルゼンタムでも、観測班が同じ顔色になっていた。

 レックスとリネットは同時に甲板に上がり、気泡に攻撃を試みる。

 ・・・が、割れない。

 定点への瞬間攻撃力では追随を許さない両者の攻撃を、気泡はたやすく防いだ。


「なんなんですか、これは・・・!」


 リネットが苛立たしげに呟いた瞬間、周囲に声が響いた。


『アハハハハハ!いきなりごめんね!

 みんなして船の中にいたもんだから、都合がよくってさぁ!』


 その声に、真っ先に反応したのは、レックスだ。

 吸い寄せられるかのように、声の発せられる場所―――上空を見る。






 





 そこにいたのは。


『はじめましてー!

 ぼくはハロルド・マクミラン!よろしくね!』


 王位種の祖。巨魚の最終統率者。

 三人の『ハロルド・マクミラン』のひとり。


『それとも・・・きみたちには、本名の方が通りがいいかな?』


 ———青髪のハロルド・・・マクスウェルだった。











 その姿は、実体ではない。

 人の形に集められた水に、プロジェクションのように投影されたビジョン。

 それがどのように声を発しているか、誰にも分からなかった。


「———父さん」

『え?・・・あぁ、えっと、誰お前?

 悪いけどぼくには搾りカスの生ゴミに知り合いがいないんだ』

「———ッ・・・!」


 苦々しい表情で沈黙するレックス。


 うんざりするほど軽く・・・同時に、底知れないほど冷たい声。

 聞いた誰もが、一言だけで理解を諦めた。

 それほどまでに、何かが欠落した声色だった。


『ていうか、どっちの船にいるたちにも全然興味ないし。

 なんかこういう共同作業みたいなイベント、ここに来て求められてないから。

 余計なことしないでよねほんとに。全員順番に五体をちぎっちゃうよ?

 ―——ぼくが今おしゃべりしたいのは、ひとりだけ・・・』


 マクスウェルの像が、テンペスタースを指差す。

 

『オぉぉぉぉぉ~~~~~~~ルぅカぁ、くぅぅぅ~~~~ン???』

「———ッ!!!」


 腕を押さえてうずくまっていた織火は、びくりと肩を震わせた。


『なぁきみィ。きみ、きみ、きみきみキミキミキミキミぃぃぃぃ~~~!!

 最近どうなっちゃってるんだい!?なあ!?』


 声のひとつ、音のひとつが発せられる度に、織火のざわめきは加速する。

 今やこの異常がマクスウェルに起因することは明らかだった。

 

「おい、オルカ。どうした、大丈夫か」

「———――――――」


 織火は答えない。

 ただ、壁にもたれるようにズルズルと、部屋を出ようとする。

 フィンがそれを背中から抑えつける。


「オルカ、どこいくの・・・!?」

「—————————」


 織火は答えない・・・否、聞こえていない。

 今、織火の脳が受け入れられるのはマクスウェルの声だけだった。


『最初の方はあんなによかったろぉ織火くぅん?

 アイツ・・・そうそう、歯牙の王トゥースを倒したあたり!

 あのへんまでは本ッ当、よかった!!ヒーローはああじゃなくちゃいけない!!』


 織火は、吐き気を無理やり飲んだ。

 だんだん、この感情の正体が、本能のところで理解できてきた。


『それがさぁ・・・ここ最近なんなの?影が薄くなっちゃってまぁ、見てらんない。

 すーっかり群像劇に飲まれちゃってさ。モブ一直線って感じ!悲しい!

 みんなで戦って、みんなで分け合って、努力友情勝利でハッピー?

 あー、まぁね?普通それは悪くないよ?結構すぎて反吐、ゲェー吐いちゃうね』


 織火は、一瞬だけフィンを見た。

 その瞳に宿る、に・・・フィンは思わず怯え、背中を離してしまった。

 他の誰も、異常さとその瞳に気圧されて動けない。


 織火はブリッジを出た。

 甲板に向けて歩き出す。気付けば、もう体を引きずってはいなかった。




『———それじゃぼくが困るんだよオルカくぅぅぅぅぅん!!

 きみはさぁ!?なぁオイ!?主人公なんだぜぇ!?

 全てを失い!!夢は潰え!!それでも立ち上がる!!

 巨魚を倒して倒して殺して倒して殺す殺す殺すぜーーーんぶ殺ぉす!!

 痛快な物語!!勝利に次ぐ勝利!!きみはどんどん成長する!!』




 ———その声を、知っていたわけではなかった。

 

 ただ、

 

 それが纏う空気を、確かに知っていた。

 覚えていた。

 そこには、確かにこれと同じものが漂っていた。




「——————え、か―――」


『何のためだい!?復讐だろ!?燃える怒りだろ、なぁーっ!?

 そのために、もっと明るい動機だって与えてやったじゃんか!!

 ヒロインを守るっていうのは、オトコは燃えちゃうよなー!!

 そのためならいくらでも強くなれる!!ひゃーーーっ!!最高だ!!

 世界は、物語はきみを中心に回るんだ!!ぼくの物語は!!』




 その日を覚えている。

 その場所を覚えている。

 その時刻を覚えている。

 その景色を覚えている。

 その光景を、その出来事を覚えている。


 覚えている。覚えている。覚えている。忘れられない。

 忘れられない。


 忘れられない。全部。




「———お―――――え、か―――・・・!」


 


 みしり。みしり。みしり。

 心と右腕、どちらが鳴っているのか。

 織火にはもう分からない。

 ひとつの心だけ。ひとつの記憶だけ。




『そういう主人公でいてもらわなきゃ、ぼくが困るんだよぉ~・・・!

 苦労したんだぁ~~~ほんとに苦労したんだよぉ~~~・・・!

 だってさぁ!何人試してもさぁ!ここまでは来ちゃくれなかったんだ!!

 きみにこのままズルズル普通になってほしくない・・・それは悲しい・・・!

 悲しい、悲しい・・・それはぼくが本当に悲しいんだ・・・!

 だって、だって、だって―――』




 





 


 ―——甲板に出て、その顔を、目にした。

 

 理解とは、これほどまでに鮮明だろうか。

 

 真っ白になる。


 真っ赤になる。


 真っ黒になる。

 

 


 こころが、それしか、なくなった。































『———そのために、君の友達、食べさせたんだからさ』






























「お前かああああァァァァァァァアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!」


 怒り。

 

 満ちる怒りのまま、織火は跳ぶ。

 右腕のアークライトは、明確な形状を成していない。

 ただ不定形の燃え盛るエネルギーとなって、気泡とぶつかり、突き破った。


「お前がァアアア―――――ッ!!!!」

『ウワアアアアアアアアアアアア――――――—ッ!!!!!!!

 それだァアアアアア――――――――――ッ!!!!』


 マクスウェルは、仰け反ってガッツポーズする。

 キラキラと瞳を光らせ、目には涙すら浮かんでいる。

 

 ・・・そして、そこまでしてもなお、その視線はあざけり、見下し、嗤っている。


『待ってたぁあああ~~~~~~・・・!!

 それそれ!!それだッそれだッ、そぉれぇだァ~~~~ッ!!

 きみはそういう姿が熱い!!美しい!!眩しいんだッ!!

 さァ、このシチュエーションに相応しい敵をきみにあげよう!!』


 マクスウェルが手を振り上げ、禍々しい銀色のパルスを放出した。

 それは次第に空間に円・・・、そこから水があふれ出す。


 あふれる水を貫くように、ひとつの影が飛び出す。

 それはぐるりと緩慢に回りながら、殴りかかる織火へと落ちて行く。


 そのシルエットを見た瞬間、右腕が震えた。

 ほとんど反射的に、右腕で胸を庇う。

 



 アークライトが、無意識のうちに形を作る。

 ———それは、刃。巨大な剣。


 落ちてくるシルエットは、全く同じ形を振りかざし、ぶつける。




『———因縁のライバル、再びだッ!!!』






 鋭い牙を生やした口。

 ざらりと鈍い銀色の鱗。

 水の抵抗を切り裂くひれ。

 飢えた狂気にぎらつく瞳。


 そして―――額から生えた、巨大な剣―――!






「〈グラディエイター〉!!?」

『しかもこいつは別個体じゃない、ちゃんと旧東京あのときの個体だ!!

 特別にぼくが地獄の底から連れ戻してやったんだ、ちょこっと強化してね!!

 うぅーん、これ以上ない主人公的シチュエーションだなぁーッ!!!

 さぁ行け、御神織火!負けるな御神織火!!

 怒りを燃やし!悲しみを振り払い!!戦え、倒せ、明日を掴め御神織火!!!』


 それは再会にむせび泣く声か、はたまた鏡のような怒りの声か。

 〈グラディエイター〉は咆哮し、織火はもつれるように水面へ落ちた。

 起き上がり、睨み合い、そして走り出す。


 


『ぼ・く・の・た・め・に・さァァァァァ――――――――ッ!!!!!

 ウフ、ハハ、アハハ、イィハハハハ!!アァーハハハハハハ!!!!!

 ヒャアアア~~~~~~~ッハハハハハハァァァアアア!!!!!』 




 もう、誰にも止められない。

 狂う笑い。狂う怒り。復讐が始まった。




                      ≪続≫

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